翌日。北の湖の手前。
今、川に沿って、北の湖に近づいている。
キサヒコ、カゼト、マサキが見送りで同行していて、シップウは、天高くを飛んでいた。
キサヒコ 「眼木は大助かりだよ。これからの季節、湖面がまぶしくてかなわんのだ。」
シロクンヌ 「テーチャが弾けておったな(笑)。」
カゼト 「何やら妙な葉っぱを付けて喜んでいた(笑)。」
マサキ 「あんな葉っぱ、どっから持って来たんだろうな。」
イワジイ 「いきなり尻を突き出して踊り出しおって、突き飛ばされたぞい。
サチも転かされておったろう。」
サチ 「うん。お尻でやられた。」
ミツ 「私も危なかった。」
タカジョウ 「ああいうカクカクした踊りは初めて目にしたが、こっちではああやるのか?」
キサヒコ 「ハハハ、あんな怪しげな踊り、テーチャにしか出来んぞ。」
シロクンヌ 「おれはヤッホを思い出したよ(笑)。」
キサヒコ 「そうそうこの川だがな、大雨でも水嵩が増さんし濁らんのだぞ。」
シロクンヌ 「そうだってな。神が施す水なんだろう?」
タカジョウ 「どういう事だ?」
カゼト 「北の湖には神が住んでいて、無限に水を吐き出してくれているんだ。
だから、北の湖に流れ込む川が一本も無いのに、
この川はこれだけの水を湛(たた)えている。」
キサヒコ 「この川の水は、村の命の水だ。
北の湖は、真冬でも凍らんのだぞ。」
ミツ 「えー!何だか不思議。」
カゼト 「全く凍らんと言う訳ではないが、全面に氷が張ったりはせん。」
キサヒコ 「村にとっては、北の湖は聖なる湖だ。
魚も水鳥も獲らんのだよ。
まあ、もともと魚はほとんどおらんし、水鳥の数も少ないが。」
シロクンヌ 「恐ろしいほどに水が澄んでいて、筏で漕ぎ出したら不思議な気分になるぞ。」
マサキ 「湖底に筏の影が映るからな。」
キサヒコ 「船着き場の横に、見守り杉と言う御神木があって、
みづ神の話し相手だと言い伝えられている。
だから見守り杉に祈りを捧げてから、舟に乗るようにしておるんだ。」
サチ 「流れ込む川が無い湖なのに、こんなに水が流れ出しているの?」
キサヒコ 「そうだよ。不思議だろう?
シロクンヌもマサキもみづ神祭りを見ておらんよな?」
シロクンヌ 「ああ、行き合わせていない。」
マサキ 「おれもだ。綺麗だそうだな。」
イワジイ 「わしは見ておるぞ。蛍祭りじゃ。すごい数の蛍じゃぞ。」
サチ 「蛍がいるの?」
カゼト 「いるなんてもんじゃないぞ。もの凄い数だよ。
見守り杉の下が浅瀬になっていて、ニナ(巻貝)だらけなんだ。
ニナを喰う生き物がおらんのだな。」
ミツ 「そうか!蛍の幼虫はニナを食べるんだったね。」
サチ 「そうなんだ。だから蛍が・・・わー、見てみたいなー。」
キサヒコ 「本来、わしらがみづ神に感謝を捧げる祭りなのだが、
みづ神の方が、わしらを楽しませてくれておる・・・」
カゼト 「舟に乗って蛍を見るんだぞ。湖面に光が映るし、漂う光に囲まれる。」
タカジョウ 「そりゃあ綺麗だろうな。」
サチ 「ミツ、いつか来てみたいね!」
ミツ 「うん!セリも誘って、三人で来たいね!」
カゼト 「話は変わるが・・・
昔あったカゼの里の横には、真っ白な水が流れる川があったと言うぞ。
この川の水とは大違いだよな。
そっちは乳の川と呼ばれていて、水浴びすると乳の出が良くなったそうだ。」
ミツ 「白っぽい水が流れる川のそばで、昨日の朝、不思議な物を見つけたよ。」
サチ 「あ!そうだ。忘れてた。
イワジイ、これと似たのを掘り出したの?」
イワジイ 「おお、サチも掘ったか。わしも三つ持っておるぞい。
そう言やあ、白っぽい川が流れておったの。岩が溶け出したんじゃろう。
ほら、これじゃ。こりゃあ一体、何じゃろか?」
カゼト 「あ!どこにあったんだ?」
サチ 「野営した所。昨日の朝、魂送りの穴を掘ったら出て来たの。」
マサキ 「おれがイワジイと出会った所だよ。」
カゼト 「そこだ!そこに昔、カゼの里があったんだ。
マサキ、明日そこに案内してくれ。祈りを捧げる。」
マサキ 「ああ良いが、これは何なんだ?」
カゼト 「これは、カゼの証しだ。
もう今は使っていないが・・・」
タカジョウ 「カゼノアカシとは?」
カゼト 「カゼの者である証しだよ。こうやって紐をからめて、こうやって髪に結ぶ。
知らん者が見ても、ただの髪結いにしか見えんだろう?
カゼの者が見ると、仲間だと分かるんだ。
カゼのイエは、イエの者の他にも仲間を作っていた。
旅先で出会った仲間を、そうやって見分けていた訳だ。
カゼの里で、これを作っていたらしい。
模様が綺麗だろう?色石(チャート)で作るんだ。」
キサヒコ 「カゼの里には、風の塔の言い伝えもあるぞ。
一日で、高い塔を組み上げたらしいな。
それでもって、風占いをしていたのだろう?」
カゼト 「風祭りだな。」
ミツ 「風占いって、どんなの?」
カゼト 「占いと言うより、願い掛けだな。
もう、うんと昔の話だぞ。
風祭りでは、風の塔を組み上げたと言うんだ。
今はもう組み手がいないから、どんな塔か分からんが、高かったらしい。
長い木の組み合わせなんだが、柱は埋めない。
礎石の上に載せただけだったらしい。
その塔に風が当たれば、塔が声を出す。
そしたらいくつも穴を掘って、その声を埋めたそうだ。」
サチ 「それで何の願いを掛けるの?」
イワジイ 「子宝じゃろう?」
カゼト 「うん。子宝とか安産とかだったようだな。
声を埋めた後に、そこで女衆が踊ったと言うから。」
イワジイ 「産む、産める・・・埋めるは産めるじゃ。
丈夫に産まれるようにと、神の声霊(こえだま)を埋めたのじゃろう。」
タカジョウ 「なるほど。そこで踊って体の中に声霊を取り入れるのだな?
そうすれば、元気な子を産めると言うわけだ。」
━━━ 幕間 ━━━
さて、くだんのトロトロ石器ですが、「カゼの証し」と言う事にしてしまいました。
ハッキリ言って、苦し紛れですね(笑)。
これではあの形である必然性がありませんし。
まあ、祭祀に使われていた可能性も大ですから、呪術的な何かだったかも知れません。
ここで長野県大町市の山の神遺跡について、少し説明しておきます。
現在は「国営アルプスあづみの公園」の敷地内となっています。
特徴は集石遺構の存在。
動画を貼っておきます。
この遺跡は少なくとも3回の土石流被害を経験していて、8千年前は、石列部分のすぐ横を乳川が流れていたらしいです。
石列と川との高低差も少なかったようなので、川の水を取り入れた作業場か加工場、もしかして工場があった?トロトロ石器は工具?などと空想してみるのですが、革なめしの作業場くらいしか具体的には思い付いていません。
「縄文ランドスケープ」・・・そんな言い方をする人もいます。
各地に点在する配石遺構や石柱、環状列石、巨大環状木柱列・・・
石柱の影が指し示す物、星座の写し取り・・・
などなど、大自然の営みを人工造営物に反映させ・・・
天文や地動の予見を図ったのか?
祈りのパワーの強化装置にしたのか?
邂逅や融合の場にしたのか?
神が降りたのか?
謎めいていて推測するしかないのですが、まるで宇宙の中のこの地点、というよな捉え方で、大勢が協力して構造物を創り上げ・・・
とにかくそこには、その一時代、その地域共通の精神性が現れています。
もしかすると、時としてカリスマが現れ、宗教的な何かを説いて人々を導き、そして消えて行ったのかもしれません。