109話 16日目①
朝の広場。
ヤッホ 「アニキは暗い内からやってたのかい?」
ハギ 「おれ達が供宴の場に行った時には、長い一本皿が2本、残ってるだけだったからな。」
ムマヂカリ 「おれは薄々、こうなんじゃないかと思っていたよ。
昨日のシロクンヌの様子を見ていたら。」
ナジオ 「短い一本皿は、一人で担いだ訳か・・・」
カタグラ 「あれだけあった焼き石まで片付けるとはな。」
シロクンヌ 「おれは、体を動かすのが苦にならんのだ。」
ササヒコ 「おいおい、もう片付いたのか?」
ヤッホ 「アニキに気合が入ると、こうだよ。」
ササヒコ 「ハッハッハ。シロクンヌが初めて村に来た時のことを思い出すな。」
ムマヂカリ 「そうだった。あっと言う間にムシロを洗濯して、カッチカチに絞ったよな。」
シロクンヌ 「そんな事もあったなあ。
そうそう、コノカミ、言っておかねばならん。
今日からサチに訓練を施そうと思っておるんだ。」
ササヒコ 「訓練だと?
それはまた・・・?」
シロクンヌ 「と言っても、かしこまって特別な事をする訳ではなく、
おれと行動を共にするだけだよ。
一緒に狩りをしたり、木を運んだり、芋掘りをしたり・・・
体を使って何かをするのは確かだが。」
ササヒコ 「それなら構わんだろう。
サチはおぬしを慕っておるのだし。
ただ、怪我をするような無茶は避けてくれよ。」
シロクンヌ 「それは気を付けるようにする。
いろり屋の仕事はできんが問題無いか?」
ササヒコ 「一応、タマには伝えるが、何も問題無いと思うが。
それから、タカジョウ、ちょっとよいか?」
タカジョウ 「おはよう。コノカミ。」
ササヒコ 「シロクンヌらと、旅立つそうだな。
それで女衆が餞別を渡したいと言っておってな。
何か希望の物はあるか?」
タカジョウ 「餞別などと、そんなものは・・・
いや待てよ、ねだっておくか。
暖かい寝袋が欲しい。無理か?」
ササヒコ 「無理なもんか。
おぬしが使うのか?」
タカジョウ 「いや、60くらいの爺さんだ。
黒切りの採掘場の山師だよ。
恩義があって、旅立つ前に挨拶に行くつもりだった。」
ササヒコ 「分かった。なるべく早めに用意する。
それから、マグラとカタグラ、渡す物がある。
少し待っておってくれ。」
ハニサ 「シロクンヌ、見てよ!
サチの嬉しそうな顔。」
カタグラ 「本当に嬉しそうな顔をしておるな。」
エミヌ 「可愛い。」
ヤッホ 「サチはアニキから訓練を受けるのが、そんなに嬉しいのか?」
サチ 「だって父さんは凄い人だもん。
訓練してもらえたらって思っていたの。」
シロクンヌ 「なんだ、それなら早く言えばよかったじゃないか。
サチは今まで訓練して来たのだろう?」
サチ 「はい。10歳から。」
ヤッホ 「へ? サチは、訓練をしてたのか?」
シロクンヌ 「木登りは、やったか?」
サチ 「はい。」
シロクンヌ 「あそこの樹に登ってみろ。
ただしサチも年頃だ。股が見られないように登れるか?」
ハニサ 「そんなの無理だよ。
サチ、止めときな。恥ずかしいよ。」
サチ 「お姉ちゃん、私、できるよ。」
そう言うと、サチは勢いよく走り出した。
そして階段を駆け上るように、靴底で樹の幹をポンポンと二回蹴り、
一番下の枝に飛び付きざま、あっと言う間に懸垂で体を持ち上げ、
そのままクルリと向きを変えて、ちょこんと枝に腰掛けた。
そのあまりの鮮やかさに、皆あっけに取られ、一瞬言葉を失った。
シロクンヌ 「な? アヤクンヌだからな(笑)。」
ヤシム 「びっくり! シロクンヌはサチにこれが出来るって見抜いていたの?」
シロクンヌ 「まあ、そうだな。」
ハニサ 「そう言えば、泳ぎはとても上手だったよ。
潜るのも出来るよね。
沈んだ村まで泳いで行って、矢じりを取って帰ってきたもの。」
カタグラ 「なんだと! 歩けば1000歩の距離だぞ。
・・・驚いたな。うちの村で、それができる女は一人もいない。」
シロクンヌ 「その時は、おれもサチのそばを泳いだんだ。
いいか? カタグラ。
サチはまず、1000歩の距離を泳いだ。
そこで5~6回もぐっている。
そして祖先の矢じりを手に入れた。
問題は帰りだ。
サチは矢じりを両手に握ったまま、泳いで帰って来たんだ。
手を握って泳ぐということが、どれほど大変かは分かるだろう?
しかもあの時、サチは手を怪我してはおらんぞ。」
カタグラ 「そういう事か・・・
女どころか、男でも出来ん事だな。
少しでも強く握れば、たちまち手は切れる。
足だけで泳ぐようなものか・・・」
ハニサ 「そんな大変な事だったんだ!
あたし、言われなきゃ分からなかった!」
タカジョウ 「なるほど・・・
やはりイエとは、端倪(たんげい)すべからざるものなのだな・・・」