光の丘④ 第102話 14日目⑮
供宴の場。続き。
アコ 「さっき、旅に出るって言ってたでしょう?行き先は?」
タカジョウ 「特に決めてはいない。
が、シップウと共にだから、行かれぬ所も多い。
シップウを見ると、カモやガン(雁)がいなくなる。
すると猟師に迷惑が掛るからな。」
ハニサ 「シロクンヌはサチと一緒に旅立つんでしょう?」
シロクンヌ 「そうだ。フジの向こうに寄って、その後に北のミヤコに行く。」
ハニサ 「タカジョウも一緒に行ったら?」
タカジョウ 「サチ、ミヤコにおれの父は居るのか?」
サチ 「いいえ、ミヤコには居ません。でも健在なはずです。
ミヤコにはタカのイエの出先があるから、そこに行けば詳しい事が分かります。」
タカジョウ 「テイトンポ、さっきの話の続きだが、母のムロヤが囲まれた後、どうなったんだ?」
テイトンポ 「知らせを聞いて、・・・ややこしいな。
今から言うシロクンヌとは、全部、こいつの父親の方だぞ。
シロクンヌとおれは、その村に駆け付けた。
すると丁度村の出口で、ハタレと出くわした。
ハタレは15人ほどいて、娘・・・おまえの母親だな、
を抱え上げて連れ去ろうとしていた。
何人かは、石斧や槍を手にしていた。
そこいらのハタレには、まだシロクンヌの名が知られていなかったから、
おれ達はあえて丸腰で、やつらを油断させる作戦に出た。
シロクンヌはおれに、隙があれば娘を奪い、そのまま抱えて走り去れと命じた。
ただ娘は宿しているから、そこだけは注意しろと念を押されたがな。
そして娘を抱えていた男二人の前に、黙って立ちはだかったのだ。
当然、シロクンヌは取り囲まれた。
そして小突かれたり、突き飛ばされたりしていた。
シロクンヌは物も言わず、無抵抗にされるがままだった。
そうしてるうちに、男二人が娘を地に降ろしたのだ。
その瞬間、シロクンヌは娘の周りの男を四人、打ち倒した。
おれは、今だと思って割って入り、娘を抱えて走りに走った。
だからそのあとの事は見ていない。
娘を連れて、最初に連絡を受けた場所に戻ってみると、
ほとんど無傷のシロクンヌが先に帰っていた。」
クマジイ 「なんとも凄まじい男じゃのう。」
ヤッホ 「残りのハタレはどうなったんだ?」
テイトンポ 「おれも聞いてはおらんが、おそらく・・・二つの玉が握り潰されておるだろうな。」
ヤッホ 「ひぇ。」
ナジオ 「シロクンヌは、武器を持った15人相手に、一人で戦ってやっつけたってことか?」
テイトンポ 「油断している15人だ。シロクンヌの敵ではない。
おれが駆け去った後、6人は一息に倒しているはずだ。
それに武器など、あの密集状態では簡単に振えるものではない。
おれが驚いたのは、ほとんど無傷であったところだ。
無抵抗でいた時に、おれの眼には、
二度ほど槍で、脚を刺されたように見えたのだ。」
タカジョウ 「テイトンポ、ありがとう! 礼を言う。
テイトンポも、母親とおれの命の恩人だ。」
タカジョウはテイトンポの前で、跪(ひざまず)き、頭を下げた。
テイトンポ 「よせ! あの時のおれは、何もできん小僧だ。
すべてはシロクンヌだ。」
シロクンヌ 「今の話は、おれも初耳だ。父とタカジョウの間には、そういう縁があったのだな。
だがそうとなれば、おれはこのウルシ村やこの明り壺の祭りに、
何か運命的なものを感じずにはいられない。
そもそもおれは、あるハグレから明り壺の祭りの噂を聞いたから、この村に来たんだ。
あのハグレも、今にして思えば、何か唯ならんやつだった。
そして、ハニサに出会った。」
アコ 「ハニサだって、普通じゃないもんね。」
ヤッホ 「そうだ。ハニサが一番、普通じゃない。」
ハニサ 「どういう意味よ!」
シロクンヌ 「テイトンポともここで再会した。
そしてハニサと旅に出て、サチと出会った。
そして祭りの当日に、タカジョウと出会った。
これは、果たして偶然なのだろうか?
何かに導かれたような気はしないか?」
ヌリホツマ 「偶然であろうはずがなかろう。
祈りの丘は、とこしえを願う者が集(つど)うところじゃ。
祈りの丘は、特別の地なのじゃよ。
今ここに集っておる者達は、集うべくして集っておるのじゃ。
おそらくじゃが・・・大いなるものの意志が働いておるのじゃろうな。」
ムマヂカリ 「クニト山・・・思い出したぞ!」
ヤッホ 「何だよ、いきなり。」
ムマヂカリ 「御山だ。御山で一番高い山。
おれ達はそれを、コタチ山と呼んでいるだろう?
ところがスワではそれを、クニト山と呼ぶのだ。」
シロクンヌ 「クニト山・・・
確か今朝、カタグラがクニト山がハッキリ見えるとか、
近くに見えるとか言っていたな・・・
あれはコタチ山のことだったのか!」
ヌリホツマ 「クニトコタチの山か!
御山で一番高い峰は、クニトコタチの山じゃったのか!」
サチ 「八ヶ岳!
ここがそうだったんだ・・・」
ハニサ 「ヤツガタケって?」
サチ 「昔、八王子が伝道師となってトコヨクニ中に散らばって行くときに、
何かあった時に集まる場所を決めておくことになったの。
その場所が、八ヶ岳。
でも八王子の代では集まる事は無くて、永い年月がたつ内に、
八ヶ岳の場所が忘れ去られてしまっていたの。」
エミヌ 「何も知らずに住んでたけど、ここって凄い場所なんだ・・・」
テイトンポ 「そうか。あの、神が棲むという山が・・・
そういう謂われがあったのだな。
ところでタカジョウ、この先は、どうするのだ?」
タカジョウ 「シロクンヌさえよければ、旅に同行したい。
もちろんおれだけが、山辺の道を歩むこともあろうが。」
シロクンヌ 「おれは大歓迎だ。サチは?」
サチ 「私も賛成です。とにかく一度、ミヤコには行った方がいいと思います。」
テイトンポ 「ここで出会ったということは、ミヤコへ行けという天の意志かも知れんな。」
タカジョウ 「出立はいつだ?」
シロクンヌ 「ふた月半ほど先なんだ。」
ハニサ 「違うよ! もっと早いよ!
シロクンヌ、こんな所でゆっくりしてちゃ駄目!
あたしのことなんか、放っておいていいんだよ。
ハタレをやっつけて!」
シロクンヌ 「ハニサ・・・」
サチ 「お姉ちゃん・・・」
ハニサ 「あたしはシロクンヌが大好きだから、ずっと一緒にいたいよ。
でも知ってるもん。
シロクンヌにしかできない人助けがあるんだ。
シロのイエのクンヌって、トコヨクニでたったの一人だけなんだもん。
あたしなんかに構っていちゃいけないよ。」
シロクンヌ 「・・・・・
サチ、膝に来い。
スワの旅で、ハニサとおれは三人組のハタレと出くわしたんだ。
通りすがりに、いきなり襲われる羽目になった。
サチの両親は、そいつらに殺されていて、サチも恐ろしい目に遭っていた。
アユ村の娘達にも、ひどい仕打ちを繰り返していた奴らだ。
そいつらはおれが片付けたのだが、
ハニサには、余程心に刺さるものがあったのだろうな。
ハニサの気持ちが、おれにはよく分かる。
だがハニサ、いますぐおれに、何をしろと言うのだ?
ハタレを探し回れと言うのなら、それはおれの仕事ではない。
規模の大きな乱が起きれば、おれの耳には必ず入る。
イエの者は、今おれがここにいるのを知っている。
ハニサがそういう心根でいることは、頼もしく思いはするが、
もう少しおれを置いていてくれ。
おれは、何があっても、ハニサにおれの子を宿してもらいたいのだ。
きっとおれは、ハニサと結ばれる為に、ここに来たんだよ。」
ハニサ 「シロクンヌ!」