明り壺の祭り 第97話 14日目⑩
祈りの丘。
ササヒコ 「ようこそウルシ村へ。
ようこそ祈りの丘へ。
もうすぐ陽が暮れる。
さあ、みんなで、この丘を埋め尽くす、囲い筒の中の漆ロウに灯をともそう。
火付け棒なら、そこにたくさん用意した。
遠方から来られた方も、おいでだろう。
火付け棒を手に取って、祈りの丘に進まれよ。
一昨日の夜、地震があったのは御存じだろう。
この日の為に用意しておいた明り壺が、実はその地震で、すべて粉々になった。
それは凶兆なのだろうか?
そうではあるまい。
その証拠が、この丘の天辺にある。
明り壺は壊れたが、知恵を出し合い、協力しあって、
こんなに立派な灯りの樹ができた。
それは、地が揺れたところで、月の誕生を妨げることが出来ないのと同じだ。
もうすぐ西の空に、産まれたての針月が姿を現す。
月こそは、とこしえだ。
只今より、この祈りの丘において、明り壺の祭り、とこしえの祭りを執り行う。
月が見ている。
祈りの丘に灯をともし、産まれたての針月を寿(ことほ)ぐことにしよう。」
人々は、粛々(しゅくしゅく)と囲い筒のロウに火を点けて行った。
やがてすべての囲い筒に灯がともり、人々は供宴の場へと戻って来た。
厳粛な空気に包まれて、声を発する者はいない。
西の山々に陽が翳(かげ)り始めた。
テイトンポ 「囲い筒を倒すなよ。」
クマジイ 「脚立を立てる向きを考えるんじゃぞ。」
マグラ 「こんな役ができるなんて、光栄だ。」
カタグラ 「おれにとって、今日は一生の思い出だ。」
ハニサ 「マグラとカタグラ無しでは、この灯りの樹は出来なかったよ。」
シロクンヌ 「全員、脚立は立ったな。
クマジイ、号令を。」
クマジイ 「下からじゃぞ。
下から順に、芯に点火せい!
順々に、上の明り壺に点けて行くんじゃ。
脚立から落ちるでないぞ。」
灯りの樹に光りの花が咲いた頃、太陽は翳り針月が姿を現した。
祈りの丘には、無数とも見える灯がともっている。
そしてその天辺には、赤白くに浮かぶ、妖しげな光りのオブジェが姿を現した。
闇が深まるのに反比例して、灯りの樹は、輝きを増してゆく。
風によって、ロウソクの炎が揺らぐ。
すると囲い筒がまたたいて見える。
灯りの樹に点灯した六人も、脚立と火付け棒を持って、供宴の場に戻って来た。
祈りの丘の左手で、やがて針月も山々に沈む。
それまでの間、光りまたたく祈りの丘で、厳粛な気持ちで月を寿ぐ。
それが明り壺の祭りであった。
しっとりと、情緒あふれる祭り。
別の言い方をすれば、極めて日本的な祭りと言えた。
しかしその根底には、天変地異に立ち向かおうとする、縄文人の心根が潜んでいた。
日本文化を特徴づけているものの中に、細やかな機微を愛でる素養があるとするならば、
それは果たして大陸からもたらされたものなのであろうか?
作者は、そうは思っていない。
その素養の源は、縄文人にあると思っている。
ササヒコ 「針月も隠れた。
明り壺の祭りも、無事おこなえた。
月も喜んでくれたに違いない。
これよりは、祝いの宴(うたげ)に入る。
明り壺の炎は夜半(よわ)まで消えぬ。
みなさんは祈りの丘を、自由に散策してくれていい。
宴の用意が整えば、太鼓を鳴らしてお知らせしよう。
それから、後に折を見て、シカ村太鼓衆の方々による鹿太鼓の演奏もある。
皆の衆! これより先は無礼講!
飲んで踊って、大いに楽しんでくれい!」
大歓声が、巻き起こった。