縄文人、歌を詠む 第94話 14日目⑦
広場。
ムマヂカリ 「ハニサ、その光ってるの、何とかならんのか?」
ハニサ 「まだ、自分で調整できないの。」
ムマヂカリ 「みんながホウケの顔になって、こっちを見ているぞ。」
ハニサ 「ホントだね。何でだろう。」
ムマヂカリ 「・・・・・」
大ムロヤの中。 奥にある神座の前。
神座(考古学者から石棒とよばれている、男性器を象った石。)の高さは、人の腰ほどだ。
その周囲は神域とされ、妊娠・出産にまつわる儀式が行われた。
その神坐の前に、
ササヒコ、マスヒコ(アマゴ村のカミ・男)、ヌリホツマ、
ハギ、サラ、
テイトンポ、クズハ、サラの父、サラの母、
ハニサ、スサラ、ムマヂカリが揃っている。
ハニサはいまだに光っていて、花嫁のサラよりも目立ってしまっている。
ヌリホツマ 「トツギの儀を取り行う。ハギ、前にいでよ。
神座に我がものを着け、魂(たま)を託せ。
ハギは下がれ。
サラ、前にいでよ。
神座に我がものを着け、魂を受け取れ。
よろしい、下がれ。
サラ、ふところに、カメを隠しておるな?
サラ 「ギラも、身内だから・・・」
ヌリホツマ 「よろしい。カメは縁起ものじゃ。
神座に似ておるしの。大切に持っておけ。
一人ずつ順番にいでて、神座に跪(ひざまず)き、・・・」
いろり屋
アシヒコ 「シジミグリッコはお口に合うたかいのう。」
タマ 「美味しくいただいてますよ。特に、シロクンヌの師匠が大好きでねえ。」
フクホ 「それなら、あんた、追加で差し上げたら。これはアユの甘露煮。
あの時、立派な櫛を頂いたから、本当はこっちをシロクンヌに持たせたかったのよ。」
サチ 「父さんは、お姉ちゃんを背負って、私を抱っこして帰って来たから、
他に荷物が持てなかったんだよね。」
フクホ 「ちょっと味見してみて。サチも食べてごらんよ。」
タマ 「美味しい! ワタ入りなんだね。
お腹の所が甘苦い。
ホコラもよばれたら。」
サチ 「頭も甘苦いけど、ほろほろで美味しい。尾びれも美味しい。」
ホコラ 「これは旨いな。アユワタは、おれの大好物だ。」
アシヒコ 「ホコラや、日々山々と語り合うておるそうじゃが、心の眼は、まだ開かんかや?」
ホコラ 「五つほどは、開いたな。」
アシヒコ 「なんと、五つと言うたか? 心に眼は、いくつあるんじゃ?」
ホコラ 「最初は、二つだと思っていた。
二つ目の眼が開いた時に、そいつが三つ目の眼を見つけた。
それが開いた時に、四つ目が見つかった。
今は、心に眼は、六つあるとしか答えられんな。」
アシヒコ 「なるほど、そういうものなんじゃろうな。
哲人と見込んで頼みがあるんじゃ。
沈んだ村、矢の根石の村の歌を詠んでくれ。」
ホコラ 「ふむ、よかろう。
『矢切り立つ スワの湖 妻籠めに 矢頭(やがしら)作る その矢頭を』
女どもが作っておったのは、矢尻ではない。矢頭だ。」
タマ 「よく即興でそんな歌を作れるもんだね。」
ホコラ 「心の眼が、五つ開いておるからな。
その眼で見ると、タマほどの美人はこの世におらん。」
タマ 「上手い事言うよ。」 真っ赤になっている。
アシヒコ 「やぎりたつ スワのみずうみ つまごめに・・・」
縄文人が歌を詠んでいたとしても、遺跡からは出て来ない・・・あたりまえか。
サルスベリの樹。
ヤッホ 「カタグラ、本気でやってくれよ。八百長にしか見えないぞ。」
カタグラ 「馬鹿を言え。おれはずっと本気だ。」
ヤッホ 「じゃあなんで、アコが居ない、アサッテの方向に飛び掛かって行くんだよ。
そこで体勢を崩すから、簡単に背中を取られるんだ。
おれが代わりにやってやる。」
シロクンヌ 「ヤッホとアコか・・・
アコ、自信あるか?」
アコ 「無い。ヤッホには勝てそうもない。降参する。」
ヤシム 「ヤッホって、そんなに強いの?」
ヤッホ 「どうだ、見直したか?」
アコ 「ヤッホは弱すぎて、引っ掛からないよ。」
ヤッホ 「へ? 降参したくせに、何言ってるんだ。」
アコ 「背中合わせなら、あっと言う間にひねってやるよ。」
ヤッホ 「いや、あれはアコの方がおれより強い。」
マグラ 「ではアコ、おれと背中取りをやってくれ。」
アコ 「マグラならいいよ。強いから。」
シロクンヌ 「よし、合図するぞ。
始めぃ!」
ヤッホ 「またアサッテだ。カタグラと同じだ。」
クマジイ 「あやかしみたいなものか?」
シロクンヌ 「二人はアコを捕まえようとしてる。
捕まえてから、腕ずくで背中を取ろうと。
アコは横に逃げる振りをしてるんだ。
ほんのわずかな、体の動きで。
二人はその動きを見逃さない。
二人の眼には、その先に、アコの姿が見えてしまうんだ。
そこに飛び掛かって、しかしアコが居ないから、体勢を崩す。
二人にはアコが一瞬で消えたように見えたはずだ。」
カタグラ 「その通りだ。
一度などは、おれの腕の中から消えたぞ。」
シロクンヌ 「だから、最初の動きがすべてなんだ。
その動きを見逃すやつには通用しない。」
ヤッホ 「おれは見逃すってことか・・・」
アコ 「惑わされないとも言えるよ。」
ヤッホ 「アコは、時々、やさしいんだよな。」
タカジョウ 「アコ、元気そうだな。
この樹は一体・・・これはクマジイの木だろう。
粘土はハニサか。今年の祭りは、すごい事になりそうだ。」
アコ 「タカジョウ!」 抱きついた。