祈りの丘、よそおう 第90話 14日目③
祈りの丘。サルスベリの樹の周り。
クマジイは脚立の上で、サルスベリの枝から枝に渡すように磨き木を組み、麻ひもで縛っている。
シロクンヌは脚立に立って左手に粘土の塊を持ち、右手でそれをちぎってハニサに手渡している。
そして、芯を通したフタを容器に落とす。
フタは容器の中ほどで止まり、容器の上部が風よけになるのだ。
マグラとカタグラは遮光器式の眼木をかけて、必要な物をクマジイやシロクンヌに手渡している。
クマジイ 「(明り壺の)フタは割れずに無事じゃったから良かったのう。」
ハニサ 「そうだね。湿った粘土のフタでは、芯が湿っちゃうもんね。」
クマジイ 「それでも昨日、予備を作ったんじゃろう?」
ハニサ 「そう。油はいっぱいあるって言うから、100以上作ろうと思って。
作業中に割れちゃうかも知れないし。
フタは薄いから、灰ですぐに乾くしね。」
ヤシム 「なんだかすごい物が出来そう。
クマジイは地面にいる時より動きが素早いね(笑)。」
ハニサ 「サチ、粘土が硬くなってきてるから、少し水を加えてこねてみて。」
サチ 「はい。」
ヤシム 「私も手伝うよ。」
テイトンポ 「やっとるな。何か手伝うことは無いか?
シロクンヌ、髪が粘土で真っ白だ。代わってやるから払え。」
シロクンヌ 「いや、この役だけは、人には譲れんのだ。」
テイトンポ 「そうか。なるほどな。それにしても、クマジイにこんな特技があるとはな。」
クマジイ 「おぬし、わしを見くびっておったじゃろう。」
テイトンポ 「おお、見直した! これはまるで、巨大生物の骨のようでもあるな。
骨だけのくせに、今にも動き出しそうだ。
踊り出すように見えるぞ。
この木は全部クマジイが磨いたのか?」
クマジイ 「そうじゃ。光っておろうが。」
テイトンポ 「灯りに照らされて、赤白く浮かび上がるだろうな。
これは夜が楽しみだ。」
ハニサ 「クマジイ、粘土が練り上がるまで、一度休憩しない?」
クマジイ 「ほうじゃな。一息でここまで来てしもうたのう。
夢中じゃったわい。」
テイトンポ 「ところで、火付け木はあるのか?」
クマジイ 「そうじゃった! 有りはするが、これでは短いぞい。」
テイトンポ 「よし、おれが作ってやる。
どれくらいの長さで、何本あればいい?」
ハニサ 「長さはこれの倍。
本数は・・・なるべく同時に付けたいよね?」
クマジイ 「6人でやるとして、6本か。
予備に1本で7本あれば、有り難いの。」
カタグラ 「そうすると、脚立も足りないんじゃないか?」
テイトンポ 「カタグラ、一緒に来い。
工房で脚立も作るぞ。」
クマジイ 「大体の要領は掴んだのう。
この調子で行けば、何とかなりそうじゃのう。」
ハニサ 「うん。ねえ、この大きさに、粘土を丸めてくれる?」
ヤシム 「いいよ。これが見本ね。
下で丸めて、それを手渡しするんだね。」
シロクンヌ 「見ていると、明り壺の配置も、均等って訳じゃ無いんだな。
4個連続で置いたり、マバラだったり。」
ハニサ 「うん。そっちの方が、見る位置によって、色々違ってみえるかなと思って。」
マグラ 「なるほどなあ・・・女神の器も、見る角度によって、表情が変わるからな。
それにしてもみんな、女神を相手に、よく平気な態度でいられるな。」
ヤシム 「あんまり見ないようにしてる(笑)。」
クマジイ 「わしもじゃな。まあ作業中は夢中じゃがな。」
マグラ 「お、水が足りないか。汲んでくるよ。」
いろり屋。
タマ 「こんなりっぱなスッポンは見たことないね。」
スサラ 「サラが10年以上育ててたの。」
クズハ 「どこで育ててたの?」
スサラ 「父にねだって、村はずれにちいさな池を掘ってもらって、そこを囲って。」
タマ 「テイトンポが、血を飲みたがってたねえ。クズハ、体はもちそうかい(笑)。」
クズハ 「最近はアコが何でも引き受けてくれて、私は助かってるの。」
タマ 「アコとハニサは同時に宿すかもしれないね。ああ、サラもいた。」
スサラ 「私も、もう一人欲しいんだけど、あの人も、血を飲んでくれないかしら。」
タマ 「御無沙汰なのかい?」
スサラ 「眼木の効果で、ここ数日はあるんですけど。」
祈りの丘。
ムマヂカリ、アコ、ハギ、そしてサラが、丘全体に囲い筒を置いて、
その中にヌリホツマのロウソクを置く作業をしている。
囲い筒は焼かれていない粘土製で、小さな穴がたくさん開いている。
ロウソクの炎の風よけで、小さな穴から光が漏れだす仕組みだ。
サラ 「先生が言うにはね、ウルシの実って女樹にしか生らないんだって。」
アコ 「そうだよ。オスの樹には生らないね。」
ハギ 「うちのウルシ林にはメス樹が多いんだろう?」
アコ 「うん、実から蝋(ろう)を採るからね。500本以上あるって言うよ。」
ムマヂカリ 「花の咲く春に、ホコラからミツバチを借りるんだよな。」
サラ 「ホコラって?」
ムマヂカリ 「ハグレの人だよ。洞窟に住んでおるそうだ。
もう来てる頃じゃないか。祭り好きだから(笑)。」
アコ 「タマの、いい人だよ(笑)。」
ハギ 「半年に一度だけ、会うんだよな(笑)。
ミツバチで思い出したけど、シロクンヌとサチは、ハチの子を知らなかったな。」
アコ 「テイトンポも知らなかったって。
シカ村で初めて食べて、美味しくて感激したってよ。」
サラ 「じゃあ、今度みんなで、ハチの子を獲りに行こうよ。」
ハギ 「ああ、行こう。サラが巣の見極めが上手いんだ。
ハチを見たら、巣の育ち具合が分かるんだろう?」
サラ 「うん、なんとなく分かる。」
アコ 「へー、そんな特技があるんだ。
幼虫も蛹(さなぎ)も孵(かえ)りたても、全部いる巣がいいもんね。」
ムマヂカリ 「ハチの子グリッコにすると、テイトンポは喜ぶだろうな(笑)。」