サラ持参の生物 第89話 14日目②
祈りの丘。祭りの準備。
ムマヂカリ 「この囲い筒並べというのも、結構気を使うよな。
うっかり蹴倒したら割れてしまうかも知れんからな。
・・・囲い筒の中の灯りは、ヌリホツマの漆ロウ。
明り壺にはエゴマ油。
両方とも、他の村では貴重品だぞ。
それを惜し気もなく使う祭りなんだよなあ。
おれは子供時分、この祭りを見に来るのが楽しみでな・・・」
ハギ 「なあ、何をつかまえたのか、教えてくれよ。」
ムマヂカリ 「子供時分に、おれとハギは会ってたかもしれんな。」
ハギ 「もう、話をそらすなよ。」
ムマヂカリ 「ハギ、石亀には、名前があるらしいな。」
ハギ 「ああ、ハエタベルって名だったが、ギラに変えてもらった。」
ムマヂカリ 「そうか・・・5歳の時につかまえた生き物にも名前がついておってな・・・」
ハギ 「早く教えてくれよ。ムマヂカリ、おまえ、楽しんでいるだろう?」
ムマヂカリ 「名前は、ユビチギルと言うそうだ。
大切に育てておってな、かなり大きくなっておるらしいぞ。」
ハギ 「ユビチギル! なんだそれは! 飼うとか言いだすんじゃないだろうな。
ユビチギル・・・
指を千切る・・・
スッポンか! スッポンだな?
ちょっとサラに聞いて来る。」 駈け出した。
ムマヂカリ 「ハギ、ちょっと待て!
いかん! 身動きが取れない!」
ハギ 「サラ!」
サラ 「ねえハギ、今いろり屋に行ったら、タマが、」
ハギ 「ユビチギル、連れて来たのか?」
サラ 「・・・うん。」
ハギ 「スッポンか?」
サラ 「そうだよ。」
ハギ 「スッポンは、だめだぞ。」
サラ 「何で? 嫌いなの? せっかく育てたのに・・・」
ハギ 「サラ、分かってくれ。」
サラ 「私、一生懸命育てたんだよ。」 涙ぐんでいる。
ハギ 「大きいんだろう?」
サラ 「うん。タマもほめてくれた。」
ハギ 「大きければ、なおさらだ! ん?
何でタマに見せたんだ?」
サラ 「私、前に、嫌いな食べ物、あれば教えてって、聞いたでしょう?
あの時、スッポンって、言わなかったから、タマに、これを料理して、
ハギに食べさせてって、お願いして来たの。」 泣きだした。
ハギ 「え? スッポンは・・・食べるのか?」
サラ 「食べるに決まってるでしょう。
私、元気な赤ちゃんが生まれるって聞いたから、
旦那さんになる人に食べてもらいたくて、一生懸命育てたのに・・・」
ハギ 「お、おれはスッポンは、大好きだ。
サラ、泣くな。
悪かった。おれの勘違いだ。」
現代においては、牛や豚など、飼育された動物を食すのは当たり前になっているが、
当時としては画期的な発想であった。
サラ 「ムマヂカリが悪いんだ。
私、姉さんには、スッポンは食べるって言ってあったんだから。」
ムマヂカリ 「すまんすまん。
ネタバラシしようと思ったら、ハギが駈け出してしまったんだ。
追っかけようと思ったが、
おれの周りは囲い筒だらけで、身動きが取れなかったんだよ。」
ハギ 「道理でムマヂカリの様子がおかしいと思ったよ。
おれは完全に、誘導されてたんだな。」
サラ 「姉さんに、言い付けるからね!」
ムマヂカリ 「サラ、すまん! この通りだ、謝る!」
ハギ 「サラ、すぐに誘導された、おれも悪かったんだよ。
大の男が二人、こうして謝ってるんだ。
勘弁してくれよ。」
サラ 「分かった。ハギがそう言うならもういいよ。
そう! さっき言い掛けたんだけど、タマが言うにはね、
アマゴ村の人達が、栗実酒をたくさん持ってくるって!
トツギのお祝いなんだって!トツギって私達だけでしょう?」
ムマヂカリ 「おまえらだけだ。良かったじゃないか。
ヌリホツマも言っていたし、親父さん達もお祝いしてくれるんだよ。」
サラ 「あ! そうだ。私、ヌリホツマの手伝いしなきゃ。
ロウソク運ぶんだった。ハギも手伝ってよ。」
ハギ 「おれは囲い筒並べがあるんだ。」
ムマヂカリ 「こっちはいいぞ。アコが来たから手伝わせるよ(笑)。」
アコ 「何を手伝えって?」
テイトンポ 「サラ、ちょっと待て。
いろり屋で聞いてきたんだが、あのスッポンはおまえが育てたのか?」
サラ 「そうだよ。ハギに食べてもらうの。」
テイトンポ 「あとで、スッポンの育て方を教えてくれ。
おれはスッポンには目が無いんだ。」
サラ 「わかった。一緒に育ててあげてもいいよ。
あ! でもこの村の近くに温泉はないよね。
父さんごめん。私、急いでるから、あとで説明するね。」
テイトンポ 「おう、頼む・・・
温泉とスッポンに、何の関係があるんだろな・・・
アコ、分かるか?」
アコ 「分からない。にしても、テイトンポは、マムシだとかスッポンだとかが好きだよな。」
ムマヂカリ 「効果、あるのか?」
テイトンポ 「シカダマシ、今夜、マムシ酒の特級を飲ませてやる。
効果は、自分で確かめろ。
アコも飲んでみるか?」
アコ 「あたしは遠慮しとくよ。」