夕食の広場。続き。
サチ 「父さんは、村はあっという間に沈んだと言いましたが、そこが少し違います。
最初の地震では沈まなかった。
でも小屋は崩れて、地面もドロドロになってしまいました。
アヤをはじめ、20人の女達は全員、泥で身動きが取れなくなってしまったの。
冷たい泥の中に肩や胸まで浸かってしまって、自力では全く動けない。
助けが来るのを待つしかありませんでした。
千本征矢の村の男達は、アヤの村の異変に気付いて、すぐに舟を出しました。
でも泥の中から人を引き上げるのは、大変な作業です。
それに、時間が掛ると、娘達は凍えて死んでしまいます。
村のあった場所には、舟でしか近づけません。周りがすべて、泥ですから。
村に面した湖の湖底も泥でした。
渡し板になるような物や、長い縄なども手元にはありません。
途方に暮れた男達は、一つの方法を考え付きました。
舟に男二人が乗って、助けに向かう。
そして女二人を舟の上に助けあげる。
でも四人が乗っていては、舟が泥にうずまって動きませんから、
男二人は、舟から降りる。
女二人は、近くの固い陸地に向かって舟を漕ぎ、男の子が途中で待ち受けて舟に乗りこみ、
舟を漕ぐのを手伝って岸にたどり着く。
その舟に、新たに男二人が乗って・・・
舟は三艘ありましたが、これを繰り返して、とにかく女達を陸にあげようとしました。
こうして16人の娘達は助け出されました。
その中には四姉妹の娘もいました。
でも四姉妹はすでに高齢でしたから、寒さで死んでしまっていました。
ここで、二度目の地震が起きました。
湖が大きく波立って、いっぺんに水が濁ったと言います。
この時、村がゆっくりと沈みだしたのです。
泥の中には、千本征矢の男達が、取り残されたままです。
泥の上に湖水が流れ込んできました。
舟の男達は泥の中の男達を救い出して、白樺の樹にしがみ付かせました。
そうやって何人かは救い出すことができたのですが、
6人の男が犠牲になってしまいました。
10人の亡骸(なきがら)は、湖底から引き揚げて、手厚く弔ったといいます。
村は完全に沈んでしまって、すぐに冬が来て、辺り一面、氷に閉ざされてしまいました。
私が伝え聞いた話は、ここまでです。」
サチの話は終わったが、しばらくの間、言葉を発する者はいなかった。
ササヒコ 「わし達は、とんでもない間違いを語り継いでおったのだな。」
ヌリホツマ 「サチ、よくぞ教えてくれた。礼を言うぞよ。
あのままでおったら、この村にも、
いずれ何かの災いが降りかかっていたであろう。
恐るべき伝承違いであった。」
ヤッホ 「人助けした英雄達じゃないか! それを、殺し合いがあっただなんて!
サチ、娘達は、無事に故郷に帰ったのか?」
サチ 「おそらく、そうだと思う。
男達が助けに入って、その段階で生きていた女は、全員助かったはずだから。」
カタグラ 「兄者。」 泣いている。隣でナクモも泣いている。
モリヒコ 「今の話、しっかりと覚えたぞ。
サチ、わしは村に戻ったら、全員の前で、しっかりと言って聞かせる。
何度でもな。」
おれはてっきり、矢の根石の村の女達が、大勢死んだとばかり思っていた。」
テイトンポ 「この矢じり、確かに贄(にえ)を射る矢に使う、そんな矢じりだ。
サチ、アヤの村には、かなり遠方から学びに来ていたのか?」
サチ 「私が聞いてるのは、男の人に付き添われて、半月歩くくらいは普通だったみたい。」
アコ 「半年学べば、いっぱしになれたの?」
サチ 「それは・・・」
テイトンポ 「その答えが、ここにあるであろう。
これらは、娘達が故郷に持ち帰ろうとしていた矢じりだぞ。」
アコ 「そうか!」
マグラ 「おそらく、故郷に帰る為の、荷作りが終わっていたのだと思う。
そしてその荷は、小屋の中に置かれていた。
だから、矢じりが固まった場所で見つかったし、
沈む時に、湖水が入り込んでも流されなかったんじゃないかな。」
サラ 「助けに入った男達は、大半の娘達と、面識がなかったんでしょう?」
サチ 「そうだと思います。面識があったのは四姉妹とその娘達。
それ以外の娘達とは、初対面だったと思います。」
ハニサ 「サチはさっき、10人の亡骸を湖底から引き揚げたって言ったでしょう?」
サチ 「はい。」
ハニサ 「四姉妹は、死んでしまっていたから、その場に放っておかれたの?
男一人がアヤの亡骸を舟に乗せて、優先的に陸に運ぶとかは、しなかったの?」
サチ 「お姉ちゃん、それはしなかったの。
アヤの遺言をアヤの娘が聞いていて、アヤが死んだ後はその娘が男達に指示を出したの。
学びに来ている娘達から救えって。」
カタグラ 「ナクモ・・・」 泣いている。
ナクモ 「悲しいお話ね。」 泣いている。
マグラ 「サチ、ありがとう! よく聞かせてくれた!
大昔のスワの地は、誇るべき者達の棲みかだったのだな!」