ハニサ、一喝 第76話 12日目⑤
作業小屋のそばの焚火。
ササヒコ 「どうしたもんだろうかな・・・」
シロクンヌ 「ハニサ、明り壺は、何個あったんだ?」
ハニサ 「100個。今から作っても、間に合わない。粘土も足りない。」
ヤシム 「ヤッホ、私たちはとりあえず、あそこを片付けよう。」
ヤッホ 「そうだな。」
クマジイ 「無事じゃったか?」
ヌリホツマ 「やられたのか?」
シロクンヌ 「見ての通りだ。
ハニサ、そもそも100個の明り壺を、どうする予定だったのだ?」
シロクンヌ 「そうか、クマジイの磨き木と組み合わせるんだな・・・
針月の宵(よい)に、それは美しいだろうな。」
ハニサ 「取っ手付きで、ぶら下げられるように作ってあったんだけど、
今から作っても粘土が乾かないから、取っ手は無理だね・・・」
シロクンヌ 「明り壺は、お祭りの為に、毎年一から作るんだろう?」
ハニサ 「そうだよ。焼く必要はないから、わりかし簡単にできるの。
お祭りがすんでお客さん達が帰った後で、村の人達で壺送りをするの。
飛び石の所から、夜、灯の点いた明り壺を流すんだよ。
見えてるうちは火がともっていて綺麗なんだよ。」
シロクンヌ 「それもまた、情緒があっていいな。」
ハニサ 「でも焼いてない粘土だから、すぐに崩れて沈んじゃうと思う。」
シロクンヌ 「なあハニサ、ぶら下げるのが駄目ならば、木に載せてしまえばどうだ?
クマジイの磨き木に、粘土を貼り付けてしまうんだよ。
木にいっぱい、明り壺をくっ付けるんだ。
今日見つけただろう? あの粘土なら、くっ付かないか?」
ハニサ 「そうか! くっ付くね! 一日だけなら落ちずに持ってると思う。」
シロクンヌ 「灯をともすのは、祭りの日の夕方なんだろう?
それならハニサ、あさっての祭りの当日、朝からクマジイと二人で、
祈りの丘のテッペンに、いきなりそういう物を作ってしまえばどうなんだ?」
ヌリホツマ 「面白い!」
ササヒコ 「ハニサ、それでやれそうか?」
ハニサ 「粘土さえあれば、やるよ。」
クマジイ 「となると、何か、芯柱がいるんじゃが・・・」
ヌリホツマ 「ウルシ林の横のサルスベリはどうじゃ?」
クマジイ 「おお! あれを出してくれおるか!
わしは前からあれが欲しゅうてのう。」
ヌリホツマ 「出しはするが、ぬしにやるとは、言うてはおらんぞ。」
クマジイ 「なんじゃと! くれてもよかろうが!」
ヌリホツマ 「ぬしにやらねばならん、いわれなぞなかろうが。」
クマジイ 「相変わらず、分からんおなごじゃのう。」
ササヒコ 「わかった! 待ってくれ! ここはひとつ、抑えてくれ。」
ヌリホツマ 「ササヒコは黙っておれ。分からんのはどっちじゃ。」
クマジイ 「ひがみ婆さんが減らず口をたたいてからに。
分からんのは、ひがみ婆さんじゃ。」
ハニサ 「もう! いい年して!
あたしは、一生懸命作った明り壺が壊れちゃったんだよ!」
クマジイ 「そうじゃったのう。すまんかった。」
ヌリホツマ 「そうじゃハニサ、かわいそうにの。」
ササヒコ 「あのサルスベリは夏に満開の花をさかす。
切り倒すこともあるまい。
明日、剪定した上で、そのまま祈りの丘の天辺に植え替える。
それで、よいな!」
ハニサのムロヤ。
ハニサ 「大変な事になっちゃったなあ・・・
でも、囲い筒が無事だったから良かった。」
シロクンヌ 「おれが言ったやり方で、何とかなりそうか?」
ハニサ 「どんなものが出来るかは、やって見なくちゃ分からないけど、粘土掘り、大変だよ?」
シロクンヌ 「それは任せておけって。
ところで、クマジイとヌリホツマって・・・」
ハニサ 「どうもね、あの二人は、以前に付き合っていたってウワサなの。
そしてお互いに、自分が相手を振ったって言って譲らないの。
面白いでしょう?」
シロクンヌ 「なるほど。
それも面白いが、おれにはハニサの一声で、
二人がおとなしくなったのが面白かった。」
ハニサ 「そんなことあったっけ。」
シロクンヌ 「ハニサ、昼の話の続きだけど・・・」
ハニサ 「ハタレの話ね。教えて。」
シロクンヌ 「ハタレに立ち向かおうなんてことを、普段から考えている者は、いないだろうな。
ハタレと関わらざるを得なくなって、初めてハタレを意識する者がほとんどだと思う。」
ハニサ 「でもシロクンヌは普段から考えているんでしょう?」
シロクンヌ 「まあ、そうだな。」
ハニサ 「それは、トコヨクニのみんなの為なんだよね?」
シロクンヌ 「そうだ。」
ハニサ 「あたし凄い人を好きになっちゃったんだな・・・
ソマユはシロクンヌに凄く感謝してた。
シロクンヌがハタレ三人をやっつけてくれてなかったら、
マグラもカタグラも、大怪我していたかも知れないって。
最初に行き会った時、マグラ達は決死の覚悟で戦いを挑みに行く途中だったんだよ。」
シロクンヌ 「気負った様子が見て取れたからな。」
ハニサ 「シロクンヌは、トコヨクニにとって大事な人なんだ。
シロクンヌでなければできない人助けが、たくさんあるんだよ。
その為に、シロクンヌは訓練したんでしょう?
あたしなんかが、シロクンヌの旅立ちを邪魔しちゃいけないんだよ。
あたし、それに気づいたもん。
シロクンヌ、思い立ったら、いつでも旅立っていいよ。」
シロクンヌ 「ハニサ・・・」
━━━ 幕間 ━━━
縄文ランプ。続き。
粘土で簡単にランプができるのは分かりました。
粘土は乾かす必要などなく、形作れば直ちに油を注ぎ、ランプとして使えます。
そこで次の問題は、それが遺跡から出るかどうかです。
結論から言えば、アズキかダイズ、それ位の大きさの黒い土の粒が出る可能性があります。
見た目は焦げた土器の破片、そんな感じの物です。
ランプとして灯をともしているうちに、芯のそばはススが付き真っ黒になります。
油をつぎ足しながら、10時間連続で点灯させた場合、
焼成されたと思われる部分が、芯のそばのそれ位の大きさでした。
火を消して、熱湯をかけて(油を落とす意味で)、その後水に浸けておいたら、
粘土のその他の部分は、すべて崩れ去りました。
しかしその黒い粒でさえ、完全に焼成されているかどうかは、怪しいと思っています。
油によって固まっている可能性もある。
年月を経て油が分解されれば、もろくなるかも知れない。
とにかく、出たとしてもその程度なのです。
その粒を見て、ランプを連想する考古学者は、おそらく一人もいなかったのではないでしょうか?