死んだふり 第70話 11日目③
川向こうの森。続き。
アコ 「子供達は、無事だよ。全員、村にいる。」
シロクンヌ 「そうか! それなら良かった!」
アコ 「矢を取りに、村に戻ったら、スサラがいたんだ。
で、話を聞いてみたら、
ホムラがオオカミのフンを見つけたから、ホムラの先導で戻って来たって言ってたぞ。」
シロクンヌ 「なるほど! ホムラは、おれの予想以上に、優秀な犬なんだな。」
アコ 「だな(笑)。伝えたからな。あたしは眼木作りでテンテコ舞いだから、これで戻るぞ。」
シロクンヌ 「良かったな。ヤシム。」
ヤシム 「うん・・・」
シロクンヌ 「どこか、痛むか? つらい思いをさせてしまったな。」
ヤシム 「痛い所はないけれど、少し休ませて。」
シロクンヌ 「これなら、楽か?」 お姫様だっこして、村に向かって歩きだした。
ヤシム 「このまま、ここにいたい。」 シロクンヌに、抱きついた。
シロクンヌ 「ヤシム・・・」
ヤシム 「シロクンヌ、お願い・・・」
作者の思い描く縄文人像・・・
他人の物を盗んだりしないし、弱い者いじめもしない。
ただ、性に対する倫理観は現代人とは大きく異なっていて、自由でおおらかで、開けっぴろげであったと思う。
もしかすると、性というものの捉え方そのものが違うのかもしれない。
石棒を祭り、そして何と言っても、クリの木が大好きなのだ。
三内丸山遺跡から出るクリ花粉化石の量(比率)たるや、恐るべき数値である。
クリの木に囲まれて生活していたとも言われている。
作者には、クリの木信仰とすら見える。
開花時のニオイを想像すると・・・
クリの木に、石棒的なものを見出していたのではないか。
出土しないだけで、クリの木で出来た[木棒]を、そこら中に祀(まつ)っていたのではないか?
それはともかく、今、森の中で、シロクンヌとヤシムは二人きりだ。
ヤシムは大人の魅力を備えた女性だ。
この状況ならば、いたすのが普通だろう・・・と言われれば、その通りだとも思う。が。
シロクンヌ 「すまん。わかってくれ・・・」
村に向かって、足を速めた。
じらしプレイをしている訳ではない。
曲げ木工房。
テイトンポ 「オオカミの姿は見たか?」
シロクンヌ 「相当歩き回ったが、見てはいない。
フンは、あった。タヌキの死骸も見た。新しい物だ。
ヤシムを疲れさせてしまった。気付けのお茶か何か、持っていないか?」
テイトンポ 「マムシ酒なら、良いのがあるが。」
シロクンヌ 「いや、水にしておく。」
アコ 「あたし、ヌリホツマのお茶持ってるよ。
ヤシム、好きだったろう? 淹れてあげるよ。」
サチ 「ヤシム、だいじょうぶ?」
ヤシム 「サチ。」 涙が一筋、こぼれ落ちた。
テイトンポ 「群れなら、調子づかせると厄介だ。
初っ端にがつんと脅すに限る。」
シロクンヌ 「《死んだふり》使うのか?
おれは死体役はごめんだぞ。」
アコ 「死んだふりって何だ?」
テイトンポ 「村の者は知らんようだな。
となると、死体役が務まるのは、おれか、おまえかだ。」
シロクンヌ 「あれだけは、嫌だ。勘弁してくれ。」
テイトンポ 「では、どっちにあるか? で決めるぞ。
この小石・・・どっちにあーるか!?」
シロクンヌ 「・・・こっちだ!」
テイトンポ 「はずしたな。死体役は、おまえだ。」
サチ 「おじちゃん、すごい!」
テイトンポ 「じきに皆、帰って来るだろう。
シロクンヌ、それまでの間、送り場(ゴミ捨て場)に浸かっておけ。」
シロクンヌは、一人トボトボ歩いて村に帰って行った。
アコ 「テイトンポ、教えてくれよ、死んだふりってどんな作戦なんだ?」
テイトンポ 「まず森に入り、適当な場所で死体役が寝そべる。
そこを中心にして百歩の位置に他の者は分散する。
均等に散らばるのがいい。
そして手近な樹に登り、息を殺し身をひそめる。
やがて群れたオオカミが現れ、死体を喰おうとする。
ここで死体役は、群れを出来るだけ近付けねばならん。」
ヤシム 「シロクンヌ、噛まれちゃうんじゃない? 噛まれたら、病が移ったりするでしょう?」
テイトンポ 「病が移れば、死ぬな。しかしヤツはそんなヘマはしない。」
ヤシム 「でも、あれだけ嫌がってたのに・・・」
テイトンポ 「ヤツが嫌がってた理由は、臭いだ。あとで分かる。
出来るだけ近付けたら、そこでオオカミの度肝を抜く。
いきなり狂ったような雄叫びをあげ、
立ち上がりざまに、驚いているオオカミを、
大声で叫びながら、棒を振り回してぼい回すんだ。
オオカミは散り散りになる。
それを合図に他の者は、樹の上で大声を張り上げる。
オオカミは逃げ場に惑う。
そして樹から飛び降りて、逃げてきたオオカミを、棒を振り回してぼい回す。」
アコ 「なんだか、すごいね。」
テイトンポ 「一度逃げ腰になったオオカミは、滅多なことで反撃して来ない。
頭(ず)に乗せるのが、一番いかんのだ。
これがハマれば、やつらはこの土地からいなくなる。」
テイトンポ 「うまくいったな! 10頭の群れなんて、珍しいぞ。」
ヤッホ 「アニキの雄叫び、すごかったな。
ちょっと笑えたけど。」
ムマヂカリ 「ぼい回す時は、普通に走ってはいかんのか?
あんなヘンテコな動きが必要なのか?」
シロクンヌ 「この世の者ではない動きが必要なんだ。」
ハギ 「確か・・・ヒャヒョヒャヒョヒャヒョ・・・
とカン高い声で叫んで走っていたが、ヒャヒョには、どんな意味が?」
シロクンヌ 「ヒャヒョに、さしたる意味はない。
だが、この世の者ではない者が、発しそうな気がしないか?」
ハギ 「なるほどなあ・・・
確かにおれの方に逃げて来たオオカミは、小便を漏らしていたからな。」
シロクンヌ 「うまくいったから、オオカミは他に移動すると思うぞ。
ヤシム、一緒に村に帰ろう。」
ヤシム 「臭い! こっちに来ないで!」
シロクンヌ 「やっぱりか・・・
川でさんざん、洗ったんだけど・・・」