さよならアユ村 第63話 10日目②
昼の見晴らし広場。
フクホ 「はい。シジミ鍋だよ。
ハニサが昨日、また食べたいって言っていたからねえ。」
ハニサ 「ありがとう。美味しそう。
あたし、シロクンヌにだまされるところだった。」
フクホ 「うん? どうかしたかい?」
ハニサ 「シジミって、精が付くって言うでしょう?
シロクンヌったらね・・・」
フクホ 「アーハハハー、ハニサは半分その気になってたのかい?」
ハニサ 「えっと・・・」
シロクンヌ 「ハニサは、暗示が効きやすいな(笑)。」
ハニサ 「もう! ソマユにも笑われたんだよ。でもそれって、神坐がいたずらしたんだって。」
フクホ 「あー、手火をお供えしなかったんだね? それを言うのを忘れていたよ。」
シロクンヌ 「何の話だ?」
フクホ 「アハハ、そうかい。シロクンヌは、サチに見られちゃったんだね。」
サチ 「うん。父さん、お姉ちゃんにしかられて、恥ずかしがってた。」
シロクンヌ 「そういう訳だったのか。いたずら好きな神坐の話は方々で聞くが、
まさか自分がいたずらされるとは思わなかったよ。」
フクホ 「あの神坐は寂しがり屋なんだよ。人の輪に加わりたいんだね。
夜は照らさないと見えないだろう?
すると仲間外れにされたって思うらしいよ。
まあ、それにしても、ウチの男連中は情けないね。
まだ呆(ほう)けの様に座り込んでるよ。
ウチの人は湖に向かって何やらブツブツ言ってるし・・・
カタグラ、ヨダレがたれてるよ!
・・・聞こえてないね。腰を抜かしているのかね?
私はずっと調理場にいたから、
ハニサの周りのモヤが光ってるのしか見てないんだよ。
あれは焚き火の明りとは全然違ったね。」
シロクンヌ 「ああ、美味しかった。
フクホ、いろいろ良くしてもらってありがとうな。
おれ達はおいとまするよ。」
フクホ 「そうだね。待っておいで、渡したい物があるから。」
ハニサ 「みんながこうなったのは、あたしのせいだってシロクンヌは言ったけど、
あたし、何かしたの?」
サチ 「お姉ちゃん、ものすごくきれいだったんだよ。
体から光が出てたし、私、お姉ちゃんは女神様だって分かったもん。」
ハニサ 「体から光・・・以前、ヤッホがそんなこと言ってたけど・・・
ほんとなのシロクンヌ?」
シロクンヌ 「本当だ。最初にそれを見たのは、おそらくおれだ。
あの雨の日だよ。
覚えてないか? おれが突然居なくなったと言って泣いただろう?」
ハニサ 「覚えてる。あの時あたし、どうしようかと思ったもん。」
シロクンヌ 「あの時作業小屋で、ハニサは光ったんだ。
まだ朧(おぼろ)げではあったが。
ハニサは器を作ろうと思った時に、光を放つんだ。
そして自信に満ちた美しい顔になる。
それも日を追うにしたがって、輝きが増しているんだ。
おれはそれを見て、骨抜きにされたんだぞ。」
ハニサ 「シロクンヌが? あたしに?」
フクホ 「これを持って行っておくれ。
これはサチの着替え。
いろんな毛皮をつなぎ合わせて、私が作ったんだよ。
靴もあるよ。着てごらんな。」
ハニサ 「サチ!かわいい!」
サチ 「ありがとう!」
フクホ 「こっちがハニサの。お揃いだよ。」
ハニサ 「あたしにも? ありがとう! 着替えてくる!」
フクホ 「シロクンヌには、ウチの人から、これ。
すごい切れ味だから、革で包んであるの。」
シロクンヌ 「黒切りが、大、中、小、三つもある。
こりゃあすごいな! ありがとう!」
ハニサ 「見て!」
フクホ 「まあまあかわいいねえ!
みんなに見せてやりたかったねえ。
それからこれは村の人達に。
シジミグリッコ。
甘辛く煮たシジミが入ってるよ。
ほんとはもっとたくさんあげたいんだけど、荷物になるから、
お祭りでお邪魔する時に持たせるよ。」
シロクンヌ 「ありがとう。それから、おれが掘りだして来た物だが、
ウルシ村でも説明しなきゃならないから、鏃(やじり)をいくらか持っていく。
残りの処置はコノカミにまかせたいんだ。」
フクホ 「了解したよ。
沈んだ場所は分かったから、こちらでも調べてみて、
近隣の村が合同で、なにかお祭りしなきゃねえ。」
シロクンヌ 「お世話になったな。
おれ達はこれで出立するよ。
コノカミやあの兄弟、姉妹にも、よろしく伝えておいてくれ。」
フクホ 「ハニサ、ハニサが作ったあの器。
あの素晴らしい器は村の宝にして大事に使うよ。」
ハニサ 「うん。いろいろ親切にしてくれて、ありがとう。」
フクホ 「サチ。大きくなったら、サチはハニサのようにきれいになるね。
沈んだ村は、私達で弔って、お祭りしていくからね。」
サチ 「はい。お世話になりました。
ありがとうございました!」
フクホ 「気をつけて、お帰りよ。」
蛇体装飾付釣手土器(諏訪市有形文化財)
穴場遺跡から出土した、蛇をかたどったとみられる飾りが特徴的な縄文時代中期の土器。住居跡から石棒をくわえるようにしてほぼ完全な形で発見され、当時の祭祀にかかわる資料と考えられている。(諏訪市博物館ホームページより)
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