縄文GoGo

5000年前の中部高地の物語

シロクンヌの狩り 第56話 9日目②

 

 

    三人は歩いて湖に向かった。
    途中、シロクンヌは道をそれ、山の斜面を駆け登った。
    一度姿が見えなくなったが、すぐに戻って来た。
    大きな肉芽をつけたムカゴの蔓(つる)が腰に巻かれ、
    手には背丈ほどの長さの、細い枝が握られていた。
 

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ムカゴ
 
    歩きながら枝の両端を削ると、
    フトコロから弦(つる)を取り出し枝に結び、たちまち弓を作った。
 
    そして手近な樹の枝を一本折ると、小枝を掃(はら)った。
    まあまあ真っ直ぐな枝だ。
    その枝の幹に近い側を少し削り、
    先端側を折って、近くの石に擦りつけ平らにした。
    矢のつもりらしい。
 
    平な方に爪で溝をつけ弦につがえると、
    少し離れた斜面の落ち葉に向かって矢を放った。
    矢は癖のある飛び方をして斜面に当たった。
    矢の癖を読んだようだ。
 
    シロクンヌは矢を取りに行き、
    傍らの樹の枝から、赤漆の櫛(くし)を、つる草のツルで腰の高さに吊り下げた。
    そしてそこで二度、キジ笛を吹いて戻って来た。
 

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発情期の雄雉、頭頂部まで赤い  あきた森づくり活動サポートセンター
    少し様子を見ていると、オスのキジが現れ、赤漆の櫛に向かっていった。
    赤漆の櫛は、オスキジの頭部にそっくりだ。
    自分の縄張りを荒らしに来た、オスキジに見えたのだ。
 
    シロクンヌは、矢を放った。
    そして素早くキジに向かって走った。
 
    矢はキジに当たりはしたが、刺さりはしなかった。
    しかしそれで十分だった。
    シロクンヌは逃げ足の遅くなったキジを、弓を使って取り押さえた。
 
シロクン  「ハニサ、鴨は食い飽きたろう?
        ムカゴとこいつを使って、キジ団子鍋でも作るか?」
サチ  「父さん、すごい!」
ハニサ  「なんかあっけなく、食料を手に入れちゃったね。」
シロクン  「まずかったか?」
 
 
          湖畔
 
ハニサ  「あれー? シロクンヌ、肝心の鍋が無いよ!
      あたし、昨日器を借りて、ムロヤに置いておいたんだけど、
      持って来るの、忘れちゃった?」
シロクン  「割れるといかんから、持って来なかったんだ。
        木の椀とシャクシだけ持って来た。」
サチ  「父さん、木の皮鍋を作るんでしょう? 
     さっきのサワグルミの皮で。」
シロクン  「そうだ。サチは旅をして来たから知ってるんだな。
        こうやってな・・・」
 
ハニサ  「えー!すごい!
      小枝を裂いて、折り重ねた皮に、裂け目をパッチンと挟むだけで、もう外れないんだ!」
サチ  「父さんの皮の折り方、すごく上手! 
     まるで笹舟みたい。
     木の皮鍋って、こんなに上手にできるんだね。」
ハニサ  「えー! 直接火に掛けちゃうの? 燃えちゃわない?」
シロクン  「内側に汁が入っていれば、外が焦げるだけで済む。
        朝と昼、2回使う分には大丈夫だ。」
サチ  「私、棒で叩いて魚を獲るのって初めて見た。」
ハニサ  「ねー! びっくりしたね!
      弓の弦を外したと思ったら、
      バシャバシャ水に入って行って、バンバン叩くんだもん。」
シロクン  「身には当てておらんから、崩れていないぞ。
        おお、いい匂いがして来たな。
        魚の串焼きもムカゴの塩茹でも、二人で食べていいからな。   
        残ったムカゴで、後でキジ団子を作ろう。
        砂抜きをしておきたいから、おれはまず、シジミを採って来るよ。」
 
    そう言うとシロクンヌは、全裸になり、袋を持って水辺に走って行った。

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市立函館博物館 樹皮製手桶 
 
ハニサ  「サチ、キジの羽根を差してあげるね。
      帯の下で、脚が剥き出しになったら恥ずかしいでしょう?
      あの人ね、素っ裸になるのが好きなの。」
サチ  「え!ほんと?」
ハニサ  「ほんとだよ。村の女の人四人の前で、真っ裸になっちゃったんだから。」
サチ  「いやだ・・・」
ハニサ  「ほんとはね、川で溺れて沈んじゃった男の子を助けるためだったの。
      その時のシロクンヌもかっこ良かったんだよ。
      あたしのお友達なんて、二人ともシロクンヌのことが大好きになっちゃって、
      あたし、すごくヤキモキしたんだから。
      詳しく聞きたい?」
サチ  「うん、聞きたい!」
ハニサ  「ほら! 4枚ずつ羽根を差したから、服がよじれても、お尻が見えないよ。
      お魚が焼けたから一緒に食べようか。食べながらお話してあげるね。」
サチ  「ありがとう! お姉ちゃん、大好き!」
 
 
 
ハニサ  「あたし少しムクレちゃって、下だけは履いてて欲しかったって言ったの。
      だって、あたしの目の前で、裸のシロクンヌに抱きついたりするんだよ?」
サチ  「お姉ちゃん、かわいそう。」
ハニサ  「ムロヤで二人きりになったとたん、あたし、大泣きしちゃったの。
      シロクンヌのバカーって。
      そしたらね、シロクンヌがね、小さい事だって言ったの。
      大事なのは、助ける事だって。
      他の事は、全部小さいって。」
シロクン  「おい! 二人とも!」
ハニサ  「もう! シロクンヌ、早く服着てよ!」
シロクン  「小さい事だ。これを見てみろ!」
 
    シロクンヌの手には、色とりどりの石の鏃(やじり)が、30個ほど載っていた。
    形はさまざまであるが、どれも見事な出来栄えであった。
 
シロクン  「サチ、矢の根石の村は、あそこに沈んでいるぞ!
        砂利に生える藻の下だ!」
 
 
          ━━━ 幕間 ━━━
 
1908年(明治41年)。 
2年前の調査に加わっていた小学校の代用教員、橋本福松は固い湖底がどうしても気になり、諏訪湖の疑問の水域にふたたび舟を浮かべた。
当時の諏訪湖シジミの漁場となっており、漁師達は蜆鋤簾(しじみじょれん)を使って湖底を掻(か)いていた。
それは長い竿の先に幅50センチほどの鉄製の網カゴを付けた物で、シジミは残るが泥土は網目から落ちる。
橋本はその蜆鋤簾で固い湖底を掻いた。
すると小石がたくさん入り、その中には美しく輝く石が混じっていた。
黒曜石やチャートだ。
それからなんと、矢じりの形をした石もあった。
見事な石鏃(せきぞく)だ。
こうして諏訪湖底曽根遺跡が発見された。
 
縄文gogo24話に登場した、サツキとメイのお父さんのモデルと目される藤森栄一氏。
氏の生家の本屋で売られていた諏訪みやげは、この遺跡から蜆鋤簾で掻き出された物でした。
諏訪湖底から引き上げた色とりどりの石鏃を、ボール紙に括り付けて売っていたと言うのですから、なんとも、今との時代の差を感じさせるエピソードですね。
大正時代の当時としては、それは何の問題も無い行為であった訳ですし、おそらく何ヶ所かで売られていたのでしょう。
現在は埋蔵文化財保護法が制定されていて、出土品が文化財と認定されれば、それは国民の共有財産であるという観点から、所有者が判明しない物は、都道府県に帰属されます。
 

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 ※ 諏訪湖シジミは江戸期に放流されたもので、5000年前には棲息していません。
 
 
 

 

縄文GoGoでは絵を描いてくれる方を募集しています。詳しくは『縄文GoGoの開始にあたって』で。

 

登場人物 シロクン 28歳 タビンド 特産物を遠方の村々に運ぶ シロのイエのクンヌ  ササヒコ 43歳 ウルシ村のリーダー  ムマヂカリ 26歳 ヒゲの大男   ヤッホ 22歳 ササヒコの息子   ハギ 24歳 ヤスが得意  タホ 4歳 ヤッホとヤシムの息子 ヤシムと暮らしている  タヂカリ 6歳 ムマヂカリとスサラの息子  クマジイ 63歳 長老だが・・・  テイトンポ 40歳 シロクンヌの師匠 その道の達人   クズハ 39歳 ハギとハニサの母親   タマ 35歳 料理長  アコ 20歳 男勝り テイトンポに弟子入り   ヤシム 24歳 タホの母親  ハニサ 17歳 土器作りの名人 シロクンヌの宿   スサラ 25歳 ムマヂカリの奥さん  ヌリホツマ 55歳 漆塗り名人 巫女  ホムラ 犬 ムマヂカリが可愛がっている

      

追加アシヒコ 56歳 アユ村のリーダー  マグラ 27歳 アユ村の若者  カタグラ 24歳 マグラの弟  フクホ 50歳 アシヒコの奥さん  マユ 25歳 アユ村の娘  ソマユ  19歳 マユの妹  サチ 12歳 孤児 シロクンヌの娘となる 

   

用語説明 ムロヤ=竪穴住居  大ムロヤ=大型竪穴建物  カミ=村のリーダー  コノカミ=この村のリーダー           グリッコ=どんぐりクッキー  黒切り=黒曜石  神坐=石棒(男性器を模した磨製石器)  塩渡り=海辺の村が作った塩を山の村に運ぶ塩街道があった。ウルシ村から東にシカ村→アマゴ村・・・七つ目がシオ村  御山=おやま。ウルシ村の広場から見える、高大な山々  コタチ山=御山連峰最高峰  トコヨクニ=日本  蚊遣りトンボ=虫除けオニヤンマ ここではオニヤンマの遺骸に竹ひごを刺し、竹ひごをヘアバンドで頭部に固定する  トツギ=一夫一婦の結婚