子宝の湯 第55話 9日目①
アユ村の近く。下弦の月明かりの道。
シロクンヌ 「ハニサ、眠そうだが大丈夫か?」
ハニサ 「うん。」
シロクンヌ 「背負うからな。どうせまだ暗い。背中で寝ていていいぞ。」
ハニサ 「うん。」
シロクンヌ 「サチ、寒くはないか?」
サチ 「はい。」
シロクンヌ 「だっこしたら、眠っていいからな。」
サチ 「はい。」
小さな山の中腹。未明の子宝の湯。
シロクンヌは湯の傍に立っている。
走って来たら、早く着きすぎてしまった。
他に人影はない。
ハニサは背負われたまま眠っており、サチはだっこ帯で眠っている。
まだ薄暗いからこのまま寝かせておこうと、シロクンヌは思った。
湖に向かって左手、東の空が明らんで来た。
シロクンヌ 「ハニサ、着いたぞ。」
ハニサ 「ごめん寝ちゃった。今から出るの?」
シロクンヌ 「ここ、もう温泉だぞ。子宝の湯だ。
背中から降ろすからな。」
ハニサ 「あたし、何してた?」
シロクンヌ 「眠ってた。サチは寝かせておくか?」
ハニサ 「よく寝てるから、起こすの可哀そうかな・・・
ここなら見えるから、ここに寝かせて上からあたし達の服を掛けてあげようか?
寒くないように。」
シロクンヌ 「じゃあ二人で湯に浸かるか。」
ハニサ 「朝の湖って表情がいろいろ変わるんだね。こうやっていつまでも見ていられる。
あたし来て良かった。全部シロクンヌのおかげだ。」
シロクンヌ 「おれは湖と、湖を見ているハニサを見てた(笑)。
そろそろサチを起こそうか。
起こす前にサチの傷を看てやらなきゃな。」
シロクンヌ 「こうして三人で湯に浸かってると、幸せな気分になるな・・・
サチ、もう傷は痛くないか?」
サチ 「はい。痛くない。父さんありがとう。
ずっと痛かったんだけど、父さんがお薬塗ってくれたおかげで、治ったよ。」
シロクンヌ 「よかったな!」サチを抱きしめた。
ハニサ 「ヌリホツマの薬ってすごいんだから。」
シロクンヌ 「ほんとにそうだな。一発だった。
おっと、忘れるところだった。」
シロクンヌは湯から出て、新聞紙くらいの大きさの物をゴシゴシこすり始めた。
ハニサ 「洗濯なら、あたしがやろうか?」
シロクンヌ 「これか? 来る途中にサワグルミの倒木を見つけたから、皮を剥いだんだ。
温泉に浸けておいたのを忘れていてな。
こうやってな、ザラザラした外皮部分だけ剥いでおくんだよ。
ところで、ハニサはシジミ汁って食べたことないだろう?」
ハニサ 「シジミってなあに?」
あの辺にうじゃうじゃいはずだ(笑)。
サチは食べたことあるだろう?」
サチ 「はい。私、大好き。」
シロクンヌ 「よし! じゃあ昼はそれだ。」
サチ 「でも父さん、シジミはこれから採るの?」
シロクンヌ 「そうだが、砂抜きの心配をしてるのか?」
サチ 「はい。」
シロクンヌ 「サチ、見てみろ。湖のあそこ。
黒っぽく色が変わっているだろう?
ハニサも見えるな?」
ハニサ 「横長に色が違うね。あれは何なの?」
サチ 「藻だと思う。」
シロクンヌ 「あの藻は、きっと砂利に生える藻だぞ。
だからあそこにだけ生えている。
他の湖底は砂や泥だろう?
だからあそこでシジミを獲れば、砂抜きの時間は短くて済むはずだ。
それに、砂利のシジミの方が旨いしな。」
ハニサ 「あそこまで泳いで行くの?」
シロクンヌ 「おれは向こう岸までだって泳げるよ。
それはいいが問題は今だ。
腹が減ったろう。何が食べたい?」
ハニサ 「あたし何でもいい。」
サチ 「私も。」
シロクンヌ 「なんだ、やり甲斐の無いやつらだなあ。
もう温まっただろう?
湖まで下りて、めしにしようか。」
━━━ 幕間 ━━━
近代湖沼学の導入により、諏訪湖の調査が行われる。
長い竿を湖底に突き刺し深さを測っていると、多くの場所は泥土であるのだが、一ヶ所だけ竿が刺さらない固い湖底の場所があった。
そこは湖畔から500メートルほど離れた所であり、
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