縄文GoGo

5000年前の中部高地の物語

ハニサが光った! 第38話 6日目⑤

 

 

 

          森の入口の作業場。続き。

 
ハニサ  「あたし、焚火のこの辺の場所、使ってもいい?」
シロクン  「いいよ。そこなら邪魔にもならないから。器やるのか?」
ハニサ  「そう。灰でまず乾かして、それからちょっと焼く。」
シロクン  「出来上がりが楽しみだな。
        おれたちは、臼を完成させようか。
        窪みが付いたら、最後はコゲをサメ皮で擦りあげよう。」
ハギ  「シロクンヌはサメの歯をたくさんくれただろう。サメ皮も持ってるんだな。」
シロクン  「ああ、結構持っているぞ。村にはあまり無いのか?」
ムマヂカリ  「サメ皮は重宝だから、使う頻度が多いだろう。だから消耗も早いからな。」
ササヒコ  「シオ村でサメは時々獲れるようだが、サメ皮はなかなかここまでは届かんのだ。
       途中、どの村も欲しがるからな。」
シロクン  「それならおれが持っているのをやるよ。
        ここにもあるが、もっと大きいのをやる。
        アオザメの皮だから、ヤスリ使いなら最高だぞ。」
ハギ  「見せてくれ・・・ 
     本当だ!おれ達が普段使うサメ皮とは全然違う。」
ササヒコ  「いいのか?こんな貴重なものを。」
シロクン  「ああ、いいさ。あの歯も、アオザメの歯なんだよ。
        椎骨(ついこつ。背骨)も持ってるから、後でやるよ。
        この村で、サメの椎骨飾りは見かけないから。」

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千葉県市原市 西広貝塚出土 サメ椎骨垂飾 市原市
 
    こうしてサメ皮談義をしながら作業をしていると・・・
 
ヤッホ  「アニキ、ハニサを見てくれ! ハニサから光が出てないか?」
ヤシム  「すごい・・・」
ササヒコ  「これか! ヌリホツマが言っておったのは、この事か!」
テイトンポ  「シロクンヌ。お前、神に子を宿そうとしておるのか?」
ムマヂカリ  「ハニサの美しさは・・・」
アコ  「ハニサ・・・」
 
    居合わせた全員が、ハニサのあまりの美しさに息をのんだ。
    それはまぎれもなく、シロクンヌが作業小屋で見た、あのハニサであった。
    見た者を、ひれ伏したくなる気持ちにさせる、
    光を放ち自信に満ち溢れたハニサがそこにいた。
 
    ハニサは皆に見られていることにまったく気付いた様子もなく、
    熱い灰を竹さじですくい取り、器の中に入れている。
    丸太の一つに腰掛けて脚を大きく開いているから、
    貫頭衣の両裾から腿が剥き出しに見えている。
    しかし、それすら美しいのだ。
 
    言葉も無く、誰もがうっとりとハニサを見つめている。
    ハニサはひとしきり、灰を器の中に入れ、外にも灰をまぶし、
    中の灰を外にこぼし、再び灰を入れ・・・
    竹さじを使ったその作業を繰り返していた。 
 
ハニサ  「シロクンヌ、見て、乾いたよ!」
    「フー」 息を止めて見ていた者達の、やっと呼吸が自由になった。
 ハニサ  「あれ? みんな、どうしたの?」
 
 
ササヒコ  「みんな御苦労だった。ここまでにして、そろそろ引き上げようか。
       それからこの時期になると毎年そうなんだが、冬場の熾(お)き不足が心配されている。
       今日はかなりの消し熾きが取れたが、一度皆で話し合いたいと思う。
       今日の夕食後、場所は大ムロヤ。
       テイトンポとシロクンヌは必ず来てくれ。
       それからアコも。アコは今、畑組だったな?
       テイトンポの弟子になったということで、組変えも考えたい。」
 
 
          帰りの道中。
 
テイトンポ  「そうではない。こうだ。」
アコ  「この《スリ足》というのができると、何かいいことあるの?」
テイトンポ  「ある!」
アコ  「でもちょっと、恥ずかしい歩き方だね。」
テイトンポ  「蚊遣りトンボを落とさんようにやるんだぞ。」
アコ  「・・・・・」(アコの頭部には、オニヤンマが刺さった竹ひごが縛ってある)
 
ヤッホ  「さっきのハニサには驚いたなあ。ハニサ、おまえ、光ってたんだぞ。」
ハニサ  「そんな訳ないでしょ!」
シロクン  「ハギ、イワナの夜突き大会があると言っていたが、松明は何を使うんだ?」
ハギ  「ダケカンバ(岳樺、白樺に似た樹)の皮だよ。
     台風の後に風倒れが大量に出てね、作業小屋だけじゃなくて、
     大屋根の吊り棚にも皮がいっぱい積んであるんだ。」
シロクン  「やっぱり台風の後には、森を歩き回るんだな(笑)?」
ムマヂカリ  「風倒木は、森の恵みだからな。
        ダケカンバはもちろんだが、白樺や桜の倒木を見つけたら、とりあえず皮は剥ぐよ。」
ハニサ  「ダケカンバの皮って、特別なの? 今朝だって、わざわざ持って来たんでしょう?」
シロクン  「特別だな。とにかく火付きがいいんだ。それさえあれば、雨でも火をおこせる。
        タビンドの七つ道具の一つだよ。
        ダケカンバの倒木の前を素通りするタビンドはいない(笑)。
        平地には生えてないんだぞ。」
ハニサ  「そうなんだ。知らなかった。」
 
テイトンポ  「次は《カニ足》だ。やって見せるぞ。あそこの樹まで、これで歩け。」
アコ  「やるけどこれ、すごく恥ずかしいね!」
テイトンポ  「これは腰と膝の関節をやわらかくする。」
アコ  「じゃあ何で、手まで添えて指まで動かすんだよ?
     これじゃあカニ足じゃなくて、カニ手だろ。」
テイトンポ  「連動しておるんだ。指の動きが重要だ。」
アコ  「・・・・・」
 
    連動という言葉に納得したのか、恥ずかしそうではあったが、
    アコは黙って、チョキチョキしながらガニ股で横歩きして行った。
    頭の上では、オニヤンマがユラユラ揺れている・・・
 
 
          ━━━ 幕間 ━━━
 
サメ皮についてですが、私達が普段目にする鮫皮と呼ばれる物・・・ワサビおろしのあれ・・・あれはエイの皮で、サメ皮ではありません。
南シナ海に棲むエイで、日本刀の柄(つか)をくるむ鮫皮も実はこのエイの皮です。
室町時代には、大変高価な輸入品だったようです。
現代の日本で、本物のサメ皮を道具として使う事はほとんど無いようなのですが、縄文人が頻繁に使った道具の中で、遺跡から出土しない物の一つがサメ皮だと、作者は踏んでいるのです。
 
サメの鱗(うろこ)は皮歯とも呼ばれ、歯と同じ成分なのですが、非常に小さいために溶けやすく、歯ほどは遺跡に残らないと思います。
サメやエイは軟骨魚類と呼ばれ、タイやマグロなどの硬骨魚類と区別されます。
軟骨は水分が多く、放っておけば腐ってしまいますから、硬骨ほどには残らない。
保存が効かないから、サメの骨格標本は、作るのがとても難しいのです。
ただし、椎骨の椎体には鉱物質が含まれ、椎体や歯は遺跡から出ています。
それも、装飾品に加工された状態(ヒモを通す穴が開けられている)で出る事が多いようです。
 
普通、大きなサメは水揚げした浜で解体したでしょうから、骨はそこに置き去りにされた可能性が高いと思われます。
必要な部位(食べるための肉やヒレ、皮、歯や椎骨、肝臓から油を採ったかも)だけを村に持ち帰ったのだと思います。
 
石川県の真脇遺跡では、足の踏み場もないほどの大量のイルカの骨が出ています。
これは、イルカの骨ないし遺骸が投棄された浅瀬が、縄文海進・海退などの現象により低湿地となるなどの特殊な条件が整って、数千年にわたって骨が保存されたのだと思われます。

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前期末葉から中期初頭にかけての地層からはおびただしい量のイルカの骨が発見されました。第一頚椎をもとにカウントすると、個体数にして286頭にもなります。イルカ層自体は調査した範囲よりも広がりを持っているので、実際には何千頭ものイルカの骨が地中に眠っている可能性があります。 石川県能登町 真脇遺跡縄文館
 
しかし同条件にサメの骨を置いたとしても、軟骨であるがためにすぐに腐敗してしまい、遺跡から出土することはなかったと予想します。
もしかすると、見た目以上に、縄文時代にサメは獲られていたのかも知れません。
 
ヤスリ使い以外でも、サメ皮には毛穴がありませんから、防水機能が期待できます。
耐水性もありそうですし、水をためる袋や水を汲む道具、あるいは防水シート・・・ 
サメ皮を使えば、それらが出来そうな気がしませんか?
 
 
 
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登場人物 シロクン 28歳 タビンド 特産物を遠方の村々に運ぶ シロのイエのクンヌ  ササヒコ 43歳 ウルシ村のリーダー  ムマヂカリ 26歳 ヒゲの大男   ヤッホ 22歳 ササヒコの息子   ハギ 24歳 ヤスが得意  タホ 4歳 ヤッホとヤシムの息子 ヤシムと暮らしている  タヂカリ 6歳 ムマヂカリとスサラの息子  クマジイ 63歳 長老だが・・・  テイトンポ 40歳 シロクンヌの師匠 その道の達人   クズハ 39歳 ハギとハニサの母親   タマ 35歳 料理長  アコ 20歳 男勝り テイトンポに弟子入り   ヤシム 24歳 タホの母親  ハニサ 17歳 土器作りの名人 シロクンヌの宿   スサラ 25歳 ムマヂカリの奥さん  ヌリホツマ 55歳 漆塗り名人 巫女  ホムラ 犬 ムマヂカリが可愛がっている

      

用語説明 ムロヤ=竪穴住居  大ムロヤ=大型竪穴建物  カミ=村のリーダー  コノカミ=この村のリーダー           グリッコ=どんぐりクッキー  黒切り=黒曜石  神坐=石棒(男性器を模した磨製石器)  塩渡り=海辺の村が作った塩を山の村に運ぶ塩街道があった。ウルシ村から東にシカ村→アマゴ村・・・七つ目がシオ村  御山=おやま。ウルシ村の広場から見える、高大な山々  コタチ山=御山連峰最高峰  トコヨクニ=日本  蚊遣りトンボ=虫除けオニヤンマ ここではオニヤンマの遺骸に竹ひごを刺し、竹ひごをヘアバンドで頭部に固定する  トツギ=一夫一婦の結婚