秘技・らせん剥ぎ 第37話 6日目④
森の入口の作業場。昼食。
臼の材料である丸太を立て、切り口に焼き石をのせ、そこを焦がしてはコゲを削り取り、
また焦がしては・・・ そうやって窪ませて、臼を作る。
今はその途中なのだが、二つの丸太は適度に離れて置かれ、
窪みには焼き石がのせられ、焼肉の調理台となっている。
おのおのが、石にジュッと肉をつけて好みの焼き加減で食べるのだ。
辺りには、肉が焼けるいい匂いが漂っていた。
一つの丸太の周りには、
シロクンヌ、ハニサ、ムマヂカリ、スサラ、ヤッホ、ヤシム、ハギが、
もう一方の周りには、
テイトンポ、クズハ、アコ、クマジイ、ササヒコがいる。
そしてテイトンポの頭部には、
相変わらずオニヤンマが刺さった竹ひごが、鉢巻きに挿してある。
蚊よけらしいが、頭上でユラユラ揺れる姿は、なんだか滑稽であった。
スサラ 「たまにはこうして、村の外で食べるのも気持ちいいものね!」
ムマヂカリ 「そうだな。スサラは子供係りだから、村からあまり離れんのだ。」
シロクンヌ 「近くの林で、どんぐり拾いや栗拾いが多いんだな?」
スサラ 「そうなの。ねえそうそう、テイトンポの黒切り、
アマゴ村のノムラ爺さんが作る黒切りに似てなかった?」
ムマヂカリ 「ノムラ爺さんの黒切りだよ。シカ村のカミからもらったそうだ。
ひどく気に入っていて、御守りみたいにして首からぶら下げている。」
シロクンヌ 「ノムラ爺さんと言うのは?」
スサラ 「黒切り細工の名人なの。」
ムマヂカリ 「テイトンポのは半透明だったろう?
他にも白縞(しろしま)とか、
爺さんの所には黒切りの里から良い原石が直接届くみたいだな。」
スサラ 「塩の礼になっているから、こっちにはあまり来ないのよね。」
シロクンヌ 「なるほど、塩街道を海に向かって渡るんだな。」
ハニサ 「スサラはアマゴ村の出身だから、その辺、詳しんだよね。」
ヤシム 「もうヤッホ!こぼさずに食べれないの?私の靴に、タレが付いたでしょ!」
ヤッホ 「おまえが近くにいるからだよ。
アマゴ村の向こうにはツルマメ村があって、豆作りが盛んだって聞いたぞ。」
スサラ 「そうよ。豆料理もいろんな種類があるわね。ネバネバっていう食べ方もあるわよ。」
ハギ 「それ、一度だけ食べたことあるよ。
最初は、何だこれ、腐ってないか?って思ったけど、食べ出すとクセになるんだよな。」
シロクンヌ 「ネバネバ?いったいどんな・・・」
テイトンポ 「うまい!このタレは、絶品だ!」
クズハ 「これは、アコが作ったタレなのよ。」
テイトンポ 「そうか!アコ、これはうまい!今度作り方を教えてくれ。」
アコ 「だめだよ!
これは死んだ母さんから教わったタレなんだ。
あたしも娘にしか教えない。」
テイトンポ 「そ、そうか。では仕方あるまいな・・・」
ムマヂカリ 「おいシロクンヌ、アコはあんな高飛車な態度でいいのか?」
シロクンヌ 「・・・おれがあれを言っていたら、間違いなく半殺しだったな。」
ササヒコ 「ところで、テイトンポは、向こうに荷物とかは無いのか?」
テイトンポ 「それなんだ。コノカミ、荷物は少しだが、半年世話になった礼がしたい。
この村では、もうすぐ祭りだろう?
いつ戻ったらいいだろうか?」
ササヒコ 「祭り明けがいいと思うが、クズハはどう思う?」
クズハ 「私もそう思います。」
テイトンポ 「祭りには向こうからも大勢来るようだし、
そこで顛末を説明して、一緒に戻ってもいいな。
それにしても・・・この松茸グリッコ、おれとシロクンヌしか食っておらんが、
こんなにうまいのに、何故みんなは食わんのだ?」
ヤッホ 「おれたちそれ、食べ飽きちゃったんだよね。」
テイトンポ 「そ、そうか・・・
おいシロクンヌ、ここはあなどれん村だぞ。」
クマジイ 「アコや、別れの盃じゃ。遠いところに行ってしまうのう。」
アコ 「あたしはどこにも行かないよ。
あたしのタレは、ウルシ村を出ると死んでしまうの、知ってるくせに。」
クマジイ 「いかん!悲しゅうなってきおった。
気付けに一杯くれい!」
アコ 「酒が飲みたいだけだろ!」
賑やかな昼食も終わり、作業が再開される事となった。
テイトンポ 「臼ができるのなら、杵(きね)も作っておくか。
アコ。 地面に溝を掘って、そこで火を焚く。
そしてこの枝をその上でころがす。
すると枝の中ほどが焦げて細くなるだろう?そこが杵の持ち手だ。
溝の幅は、こぶし二つ。長さはこぶし四つ。深さはおまえの肘まで。
この石を使って、ここに溝を掘ってみよ。」
アコ 「わかった。」
アコが掘るようすをテイトンポはしばらく見ていたが・・・
テイトンポ 「アコ。おまえは腕で掘っておるだろう?」
アコ 「だって、腕で掘らなかったら、どこで掘るの?」
テイトンポ 「背中と腰と腹と腿だ。まずそこの使い方だ。それが出来れば、肩甲骨を教えてやる。
いいか、腹に触れるぞ。腹のここ。おれの指が分かるな?」
アコ 「うん。」
テイトンポ 「腰のここ。おれの指が分かるだろう。おれの指の動きに合わせて、体を下げろ。
よし。このまま足を少し後ろに・・・それでいい。すこし強く押さえるぞ。
このままで、掘ってみろ。」
アコ 「あ!すごい!ざくざく掘れる。」
テイトンポ 「よし、次はな、この指をはずす。だが指に押されている今の感じは忘れるな。
指に押されていると思って、掘ってみろ。」
アコ 「すごい!ざくざく掘れる。 ・・・それに腕が全然疲れないね!」
テイトンポ 「今の腹と腰の場所、忘れるなよ。
腕を使って何かする時は、そこをおれに押されていると思うんだぞ。」
アコ 「ありがとう!凄いことを教わった!」
テイトンポ 「要領は分かったな?
それをだな、この蚊遣りトンボを頭に付けてやってみろ。
姿勢が悪いと、トンボが竹ひごから落ちてしまうからな。」
アコ 「えっ!」
シロクンヌ 「コノカミ、オオ豆畑が鳥に荒らされると聞いたが、らせん皮は張り巡らせないのか?」
ササヒコ 「らせん皮?なんの皮だ?」
シロクンヌ 「桜の皮を、らせんに剥ぐんだよ。
畑の周りに棒を刺し、らせん皮を張り巡らせるんだ。」
テイトンポ 「鳥除けだな。風で皮がひらひらして、嫌がって鳥が近づいて来なくなる。」
ヤシム 「えー!そんなの知らない。」
シロクンヌ 「祈りと祓いは済ませてあるから、この桜の若樹でやって見せるぞ。
本来、皮剥ぎは夏前にやるもんだが、若樹ならいけると思う。
こうやって黒切りで皮に斜めに切り込みを入れながら樹の周りを回るんだ。
横剥ぎでななく、斜め剥ぎをするんだよ。できるだけ長く。
幅は狭くてもいいから、できるだけ長く皮を剥ぐんだ。」
ヤッホ 「アニキ、凄いな!そんな剥ぎ方、知らなかったよ。」」
シロクンヌはリンゴの皮を長くむく様に、桜の樹皮を螺旋に剥いで行った。
(ちなみに、螺旋剥ぎの桜の樹皮は、実際に縄文遺跡から出ています。)
アコ 「杉の縦剥ぎよりも長く採れそうだな。」蚊遣りトンボが揺れている。
ササヒコ 「それがひらひらすると、鳥が嫌がると言うのか?」
テイトンポ 「そうだ。完全とはいかんが、荒らしは随分減るんじゃないか。
やるとやらんでは、大違いだぞ。」
スサラ 「こんなのツルマメ村の人も知らないと思うわ。
お祭りで来たら、教えてあげなきゃ。」
シロクンヌ 「らせん剥ぎは、覚えておくといろんな物をくくれるし、何かと便利だと思うよ。」
ササヒコ 「なるほど! 今度試しに、弓に巻いてみるか!」
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