ハニサのムロヤ
ハニサ 「アーンアンアンアン、アーンアンアンアン」 大泣きしている。
シロクンヌ 「・・・・・」
ハニサ 「アーンアンアンアン、シロクンヌのバカー、アンアンアン」
シロクンヌ 「ハニサ、もう泣くなよ。」
ハニサ 「アンアンアン」
シロクンヌ 「湯を沸かそう。そして、体を拭いてくれ。」
ハニサ 「アンアンアン」 泣きながら、種熾きをおこしている。しかし消えていて熾きない。
シロクンヌ 「熾きをもらってくるよ。」
ハニサ 「あたしが行く。あたしがお世話するんだから。」
涙を拭いながら、ハニサが出て行った。
ハニサ 「川の水、冷たかった?」 湯布でシロクンヌの背中を拭いている。
シロクンヌ 「冷たかったぞ。
だから足を踏み入れた時、正直、これでは助からんかもと思ったな。」
ハニサ 「次は足を拭くね・・・
シロクンヌ!どうしたのこの足!傷だらけじゃない!」
シロクンヌ 「クマザサだな。あとササヤブを突破したから、その時に切ったんだ。
大した事ではない。」
ハニサ 「薬あるから、塗ってあげる。・・・そう言えばあの時・・・」
ハニサは思い出した。
(そっちじゃない!右に曲がって!) ハニサがそう叫んだ時だった。
シロクンヌは何の迷いも無く、クマザサの茂みに飛び込んで行ったのだ。
村の者なら、そこで右に曲がる。
それは、そこにクマザサが茂っているからだ。
その先にササヤブがあるからだ。
そのササヤブに、シロクンヌは地を走る速さで突っ込み、そのまま突っ切ったのだ。
ハニサ 「クマザサを、ちょっとかわそうとかは、思わなかったの?」
シロクンヌ 「子供の命がかかっていた。
そうでなければ、かわしているよ。」
ハニサ 「ねえ、シロクンヌのイエって、人の命を救うイエなの?」
シロクンヌ 「大きく言えば、そうも言えるかもな。」
ハニサ 「10歳から受けた訓練も、そっちの訓練なんでしょう?」
シロクンヌ 「その通りだ。
その訓練を受ければ、タビンドでも役に立つ事が多い。」
ハニサ 「そっかー!クマザサに飛び込んだシロクンヌ、今思うと、すごくかっこいい!
そういう目で見たら、あの時の全裸のシロクンヌって、すごくかっこよかったんだ!
傷を受けるのを気にしないのと同じ意味で、人からの見た目も気にしない。
そうなんでしょう?」
シロクンヌ 「そうだな。どっちも小さい事だ。気に掛ける必要はない。
大事なのは、助ける事だ。
あとの事は、小さい。
おれはそう教わったし、今自分で考えても、その教えは正しいと思っているよ。」
ハニサ 「ヤシムからは、誘われたの?」
シロクンヌ 「ああ。露骨にな。それがお礼らしいぞ。」
ハニサ 「そう・・・」
シロクンヌ 「ハニサ、おれ達、平気でイチャイチャしてただろう?
だからきっと、ヤキモチを焼かれたんだよ。」
ハニサ 「そうなのかな・・・」
シロクンヌ 「おれは今日、子供を救おうと思った。
そして、それができた。
それだけで、おれは満足なんだ。
おれの中では、あとはすべて小さい事だ。
ハニサからどう見られたか、も含めてな。」
ハニサ 「そうだね!今日、シロクンヌはすごい事をやったんだよね!」
シロクンヌ 「ハニサは、どんと構えていろよ。
ハニサには、おれがついてるじゃないか。」
ハニサ 「うん!」
夕食の広場に向かって歩く二人。
「シロクンヌー」 ヤッホが駆け寄ってきた。
ヤッホ 「シロクンヌ、ありがとう!タホを救ってくれたんだろう。」何度も頭を下げた。
シロクンヌ 「ああ、運が良かったよ。」
ヤッホ 「シロクンヌはすごいんだってな!これからは、アニキと呼ばせてくれよ。」
シロクンヌ 「くすぐったいな(笑)。」
ササヒコがやって来て、シロクンヌの手を取った。
ササヒコ 「シロクンヌ、わしからも礼を言う。
タホはわしにとってはかわいい孫だ。
本当にありがとう!
何か礼をせねばならん。
何がいい?言ってくれ。」
シロクンヌ 「水臭いぞ。礼などはいらんよ。
待てよしかし、一つ頼んでもいいか?」
ササヒコ 「言ってくれ。」
シロクンヌ 「おれは今夜はずっと、このハニサに横にいてもらいたい気分なんだ。
今夜に限って、ハニサの炊事仕事を免除してもらえんか?」
ササヒコ 「あいかわらず、中(あ)たらせおるのう(笑)。
わかった。それとなく皆に言う。
ハニサにも礼を言わねばな。
ありがとう。
シロクンヌを呼びに、走ってくれたんだな。」
ヤッホ 「今夜はおれが仕留めた鴨の鍋だ。
アニキ、ハニサと一緒につつこうぜ!」
シロクンヌ 「五切れ食えば、一切れがヤッホなんだろう?(笑)」
ヤッホ 「ハニサ!ばらしたな!」
ハニサ 「イーだ!」
ササヒコ 「ワッハッハッハ」
四人は広場に向かって歩き出した。
シロクンヌは、ハニサの耳元でささやいた。
「みんなに見せつけてやろうぜ。ヤキモチを焼かせてやろう(笑)。」
ハニサは胸が一杯になった。
みんな、タホの名を呼んでいる。
相変わらず、全裸だ。
やがてタホが水を吐いて、意識を取り戻した。
今度こそ、全員が歓声を上げた。
ヤシム 「ありがとう!」
シロクンヌに抱きついた。
アコ 「カッコよかったよ!」 アコも抱きついた。
クズハ 「ハニサ、これを
シロクンヌに羽織っておあげ。」
タマ 「ハニサ、さっさとしないと、
シロクンヌが取られちまうよ(笑)。」
タマ 「見納めだ。みんなしっかり拝んでおきな(笑)。」
アコ 「ケチくさいな!
シロクンヌ、うちに宿に来い。」
一同、村に向かって歩いている。
シロクンヌも服を着て、タホはヤシムに抱かれている。
ハニサ 「あの崖を渡ったの?」
アコ 「カッコよかったんだぞ!」
シロクンヌに腕をからめた。
ハニサ 「アコ、もっと離れて!」
アコ 「いーじゃないか!今だけこうさせろよ。」
ヤシム 「じゃあ、私も!」 腕をからめた。
タマ 「アッハッハッハ。両手に花だね。」
大体なんで、全裸になんか、なったのよ。下だけは、はいてて欲しかった。」
シロクンヌ 「いやハニサ、全裸の方が泳ぎやすいんだよ。
それにこういう時は、濡れてない布は貴重だろ?
実際、取りあえずおれの服で、タホの体を拭いたんだから。」
ハニサ 「そっか・・・」
でももう遅い(笑)。
ヤシム、しっかり見たよね?」
ヤシム 「うん!」
ハニサ 「もう! 母さんも?」
クズハ 「そりゃあ、まあ、ね・・・」 赤くなっている。
タマ 「アッハッハ。 あたしゃ、惚れ惚れしちまったよ。」
ハニサ 「えー! 母さんも?」
クズハ 「そりゃあ、まあ、ね・・・」 さらに赤くなった。
ハニサ 「イヤだーーー!」
ヤシム 「
シロクンヌの作業場は、あの向こうでしょう?」
アコ 「村の連中なら、あそこには、こっちからこう、ぐるっと周って行くよね。」
ヤシム 「うん、平坦だし。そもそもこんなとこは通れないよ。」
クズハ 「
シロクンヌは、あの丸太を持ったまま、ここを越えたの?」
アコ 「石斧も、持ってた。
丸太の横ベタに、ガツンと石斧を打ち込んだ時には、何事かと思ったよ。」
ヤシム 「錘(おもり)だったんでしょう?」
子供と同じくらいの大きさと重さになろうかと思ってな。」
ヤシム 「それをタホが落ちたのと同じ場所から流したんだよね。
タホの居場所に流れつかないかと、考えたんでしょう?」
シロクンヌ 「確実とは言えんが、おれとしてはやるべきことの一つ目が、それだった。
時間もくわんしな。」
タマ 「そういうことだったのかい。
でもそんなこと、よく思いつくもんだねえ。感心するよ。」
クズハ 「咄嗟にひらめくの?」
シロクンヌ 「たまたまその二つを手に持っている時に、ハニサが駆け込んで来たんだ。
なあ?ハニサ。」
ハニサ 「・・・そうだったかな・・・」
アコ 「んで、飛び石まで一直線に走ったんだね。」
シロクンヌ 「いや、そこは正確に言うが、一直線ではない。
さっきおれが目指したのは、最少歩数だ。」
ヤシム 「少ない歩数でたどり着くって意味?」
ヤシム 「そんなこと、できるの?」
だから、気持ちとして、そう心掛けただけだな。
しかし一直線とは、大きく意味が異なる。」
ヤシム 「なんか、すごいんだね。
シロクンヌがいなければ、タホはおそらく死んでたと思う。
ヤシムが
シロクンヌに寄りかかり、耳元で何かをささやいている。
ハニサ 「ヤシム、やめてよ。 腕を組むだけにして!
それにヤシムには、ヤッホがいるじゃない。」
ヤシム 「知ってるでしょ! ヤッホとは、この子の時だけだよ。
トツギ(結婚)じゃないんだから、私は自由だよ。
それにハニサ、宿と言ったって、それは夜の話だからね。
今の私達は対等だし、
私は
シロクンヌに、私に宿してくれとまでは言ってないからね。
子供っぽいことを言って、
シロクンヌを縛り付けてると、
そのうち嫌われちゃうよ。」
シロクンヌ 「ヤシム、おれは縛り付けられてはおらんぞ。」
ヤシム 「わかってる・・・言葉のアヤだよ。
シロクンヌを縛り付けることなんて、誰にもできないよ。
それでね・・・」
また耳元でささやき始めた。
ハニサはうつむいて、とぼとぼ歩いているだけだ。
タマ 「ハニサ、しっかりおし。」 ハニサのお尻を、ポンとたたいた。
村の入り口
タマ 「さあ炊事しなきゃね。今夜は鴨鍋だよ。今夜は
シロクンヌの話で持ち切りになるね。」
アコ 「この話をみんなに広めなきゃ。
シロクンヌ、またね。」
ヤシム 「じゃあ、今度、お礼させてね!」
シロクンヌと二人きりになると、ハニサの目から、ポロポロと涙があふれ出た。
無言のまま、二人はハニサのムロヤに向かって歩いた。
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