縄文GoGo

5000年前の中部高地の物語

大傑作水煙渦巻紋深鉢の作者 第7話 初日⑦

 

 

 

          広場。続き。

 
クズハ  「コノカミ、私から、そうお願いしようと思っていたんですよ。
      ハニサ、こっちに来なさい。」
 
    顔を赤らめて、恥ずかしそうにハニサがクズハの横に立った。
    みんなは思わぬ展開に、成り行きを見守っている。
    まさか、あのハニサを?という思いなのだ。
    村の娘の中でも、ハニサは際立って美しいのだが、
    明らかに男を避けるような素振りが見て取れていた。
    ハニサが男と親し気に話している姿を見た者など居なかったのだ。
 
クズハ  「シロクンヌ、娘のハニサです。ハニサ、ちゃんと顔を上げなさい。」
ヤッホ  「うっそだろー。ハニサにはおれが・・・って思ってたのに~」
ササヒコ  「ばかもの!
       おまえの子は、ここに一人、他の村にも二人、すでにおるではないか。
       おまえは当分、お預けだ!」
ヤッホ  「ひぇ~~(泣)」
アコ  「ザマァ」 ニヤニヤしている。
ササヒコ  「ところでシロクンヌ。」
 
    ササヒコは焚き火の火元を指さした。
    そこでは見事な土器が一つ、下焼きされている。
 
ササヒコ  「それの作り手だが、誰だと思う?」
シロクン  「それはおれも気になっていた。まあ、でも当てる自信はあるよ。
        この中の誰かであるのなら・・・彼女だ。」
ササヒコ  「はっは、そう言うと思ったよ。
       彼女はヌリホツマと言って、名人ではあるが、塗りのほうだ。
       ヌリホツマの漆(うるし)を覗き込むと、己(おの)が顔が映るぞ。」
シロクン  「なるほど!この酒器の方だったか。
        それにさっきから、櫛(くし)に炎が映ってまたたいている。」
ヌリホツマ(55歳・女)  「櫛は、女の髪で、夜の炎を放つもの・・・」
ササヒコ  「おぬし、作り手は、相当な手練れだと言ったであろう。
       おぬしばかりでなく、誰もがそう考えるであろうが・・・
       ほら、目の前にいるハニサだよ。」
シロクン  「なんだと!」 
 
    シロクンヌは、ハニサの顔をあらためて見つめた。
    ハニサの瞳には、恥じらいの中に、誇らしさが表れている。
    (美しい娘だ。なるほど、言われてみれば・・・)
 
クマジイ  「幼い頃から、ハニサは土いじりばかりをしておった。
       焼きはせなんだが、人型(土偶)、犬型、猪型・・・
       ハニサの指は、土に命を吹き込んだ。
       ためしに器を作らせてみたら、
       地の神、水の神、風の神の姿を練り込みおった。」
ササヒコ  「ハニサは村の宝だ。
       ハニサの子は、男であろうが女であろうが、
       ハニサの業(わざ)を受け継がせたい。
       その子にもだ。だからハニサの相手は、村の男ではない方がよい。
       血が濃くなってしまうかもしれんからな。」
ハギ  「おれはハニサの兄だが、おれからもお願いしたい。
     一廉(ひとかど)のお方とお見受けした。妹は、未だ宿してはいない。」
シロクン 「おれは、タビンドだ。今も、これからも。
       旅の途中で、人知れず朽ち果てるのがタビンドなのだ。
       ハニサ、おまえはそれでもよいのか?」
ヤッホ  「よくはないー、やっぱりヤッホがいいと言えー。」
クマジイ  「うるさい!一番いいとこじゃろ!」
 
    みんながハニサに注目している・・・
    美人だが男嫌いのハニサがどう出るのか?
 
ハニサ  「私はタビンドのことはよく知りません。
      数人のタビンドをこの目にしましたが、面白い人や恐ろしげな人、いろいろでした。
      でもシロクンヌならば、私のムロヤ(竪穴住居)に宿ってもらいたいです。」
 
    おーと言うどよめきが起きた。
 
クマジイ  「目出たい目出たい♪目出たい目出たい♪」 目出たい踊りを踊り始めた。
 
 
          ━━━ 幕間 ━━━
 
縄文時代の婚姻(懐妊)がどのようであったのかについては、いろいろな説があるようです。
一万年の歴史のなかで、いつ頃かには一夫一婦制になったのではないか、という意見が多い様です。
 
外婚制だったはずだ、という人もいます。
外婚制とは、自分の帰属する集団の外から結婚相手を求める制度で、出自集団同士の結びつきを図り、ネットワークの拡大を目指すやり方です。
集団重視な訳ですから、個人の自由恋愛による結婚は認められません。
 
私は、婚姻や懐妊には様々なケースがあったのだろうと思っています。
この物語の中では、一夫一婦の結婚をトツギと表現することにしました。
トツギではない懐妊ケースも、物語には沢山出てきます。
ハニサとシロクンヌも、トツギではなく、宿というケースですね。
 
それから、この物語でのタビンドについて説明します。
ここでのタビンドとは、単なるたびびとではなく、特産品の運搬者です。
翡翠(ヒスイ)を例に取れば、産地は日本で一ヶ所です。
新潟県富山県の県境。糸魚川近辺。
そのヒスイが日本全国の縄文遺跡から出ているのです。
北は北海道の礼文島から、南は沖縄本島まで・・・
 
つまり誰かが運んだのですが、この物語では、タビンドがそれに一役買っているという設定になっています。
タビンドは苦労を重ねて旅をして、珍しくて価値のある物を、行った先で無償でプレゼントしてしまいます。
もちろんお返しに何かをもらったりもするのですが、それは目的ではなく、あくまで結果です。
 
気風(きっぷ)から出るおこない、心意気のおこない、それが縄文タビンドの神髄です。
言ってみれば、自己満足こそが、タビンドのエネルギー源な訳ですね。
他者に何かをしてあげて喜ばれることに喜ぶ人達・・・
そういう人達がたくさんいたから、一万年の平和が実現できたのだろうと私は思っています。
 
 
 
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登場人物 シロクン 28歳 タビンド 特産物を遠方の村々に運ぶ   ササヒコ 43歳 ウルシ村のリーダー  ムマヂカリ 26歳 ヒゲの大男  ヤッホ 22歳 ササヒコの息子  ハギ 24歳 ヤスが得意  クマジイ 63歳 長老だが・・・  クズハ 39歳 ハギとハニサの母親  タマ 35歳 料理長  アコ 20歳 男勝り  ハニサ 17歳 土器作りの名人 シロクンヌの宿  ヌリホツマ 55歳 漆塗り名人 巫女  ホムラ 犬 ムマヂカリが可愛がっている

            

用語説明 ムロヤ=竪穴住居  大ムロヤ=大型竪穴建物  カミ=村のリーダー  コノカミ=この村のリーダー           グリッコ=どんぐりクッキー  黒切り=黒曜石  トコヨクニ=日本