第117話 17日目③ 魂写しの儀
大ムロヤ。魂写し(たまうつし)の儀。
ハニサは神域に床を延べている。
線の手前には、シロクンヌ、サチ、ハギ、サラ、ヤッホ、ムマヂカリ、エミヌ、
そして大ムロヤで寝泊まりしているシオラムとナジオの姿があった。
当時において、出産は女性にとって、命がけの一大事業であった。
無事な出産への祈りとして取られていた方法が、身代わり人形である。
粘土で、妊婦の身代わりの人形をこしらえて、
その人形を壊すことによって、妊婦の厄落としとするのだ。
身代わり人形は、村人が一人に付き一体作るのが普通だった。
ただし人形に身代わりをさせるには、粘土に妊婦の魂を転写させる必要があり、
それが魂写しの儀だ。
かと言って難しいものではなく、神域で粘土と妊婦が一晩過ごすというだけだ。
ウルシ村における魂写しの儀は、妊娠したての女性への励まし会のようなものでもあった。
友人達が集まり、ワイワイガヤガヤと楽しく過ごすのだ。
ただ、男 根 を模した神坐の前で夜に行われる為、猥談となる傾向が強かった。
ハニサ 「あたし、魂写しの儀って初めて。
こっち側はもちろんだけど、そっち側にもいたことがないの。」
ヤッホ 「そう言われれば、ハニサはこういう場にはほとんど来なかったよな。」
エミヌ 「それならハニサは知らないんだね。
魂写しの儀では、神域で嘘をついちゃいけないの。
私たちの質問に、全部正直に答えなきゃいけないんだよ。」
ヤッホ 「毎回、これはやるよな。」
ハニサ 「えー! あたし質問されるの? 変な事を聞かないでよ。」
ハギ 「嘘をつかなければいいんだ。」
エミヌ 「じゃあ行くよ。最初は無難な線で、一番悲しかった出来事は?」
ハニサ 「父さんが死んだ事。あたし、5歳だった。」
サチ 「病気で?」
ハニサ 「そう。突然倒れちゃったの。」
ヤッホ 「じゃあ次は、おれだ。おれの事が好きだった時があるか無いか?」
ハニサ 「無いよ。次行って。」
ムマヂカリ 「ワハハ、あっさりだったな。では・・・初恋の人は?」
ハニサ 「シロクンヌ!」
サラ 「そうなんだ。でも最近知り合ったばかりでしょう?
その前にはいなかったの?」
ハニサ 「いないよ。シロクンヌの事は最初から好きで、それがどんどん好きになったの。」
サラ 「じゃあ初恋が出たから・・・初めて手をつないだ男は? 肉親以外ね。」
ハニサ 「オジヌ。」
エミヌ 「へー、オジヌなんだ。しかも即答。」
ハニサ 「オジヌとしか手をつないだ記憶がないもん。」
ハギ 「では、いつまでオネショをした?」
ハニサ 「兄さん、それ反則だ! 知ってるくせに。
もう! 14歳。でも一回だけだよ。」
ハギ 「ほんとか! おれ、12歳だと思ってた! 悪い!」
ヤッホ 「14かよ! おれは13までだから、おれの勝ちだ。」
ハニサ 「イーっだ。」
エミヌ 「アハハ、ねえそろそろあっち系の質問、行かない?」
ハニサ 「あっち系って何?」
ナジオ 「では、ご要望に副う線で・・・夜の営み、好きか嫌いか?」
ハニサ 「そういう事か。もう。言わなくちゃいけないんでしょう?」
エミヌ 「まだまだ序の口よ。これからが凄いんだから。」
ハニサ 「えー、じゃあ言うよ・・・好き。」 おー、というどよめきが起きた。
シオラム 「そう来なくちゃな。あの時、我慢できずに、大声を張り上げてしまう?」
ハニサ 「えー! そんな質問まであるの? 恥ずかしすぎない? 答えなきゃいけない?」
シオラム 「それがすでに答えになっておる気もするが、しっかりとした返答が欲しいところだ。」
ハニサ 「どうなんだろう。あたし、自分では分からないけど・・・はい。」
シオラム 「ハハハ。あの時とは、怒った時とか泣いた時とか、
それは自分で決めてもらってよかったんだぞ。」
ハニサ 「もう! じゃあ泣いた時だ。泣いた時にあたし、大声出すから。」
シロクンヌ 「ハハハ、もう遅いな。では・・・
シジミを食べて、興奮した?」
ハニサ 「キャー! それ、大反則!
シロクンヌにダマされそうになったからでしょう?
それにあれって、アユ村の神坐が寂しがっていたずらしたんだから。」
ヤッホ 「ハニサはシジミで興奮するのか?」
ハニサ 「騙されたのよ。暗示にかかるところだったの。
だから答えは、するところだった。でいいね?」
ナジオ 「神坐のいたずらって言うのは?」
シロクンヌ 「アユ村のすぐ裏手に、温泉があるんだ。
おれ達は、夜、そこに入ったんだが、そばに神坐があるに気付かなかった。
だから手火を適当な位置に立てたんだ。」
ハニサ 「だけど本当は、神坐の前に手火をお供えしなくちゃいけなかったの。
寂しがり屋の神坐で、仲間外れにされたと思ったみたい。
それで神坐から、いたずらされちゃったの。」
サラ 「いたずらって、どんな事されたの?」
ハニサ 「えー! 正直に言わなくちゃいけないんだよね・・・」
ムマヂカリ 「ワッハッハッハ、サチに見られたのか。」
エミヌ 「キャー、シロクンヌの神坐、私も見たかった!」
ハギ 「いたずら好きの神坐なのか(笑)。アユ村って面白い所だな。」
エミヌ 「すぐ裏手が温泉っていうのもいいよね。
あと質問してないのは・・・サチかな?」
ハニサ 「次はサチね? 良かった。」
サチ 「じゃあ私は・・・お姉ちゃんが、一番怖かったことは、何ですか?」
ムマヂカリ 「よかったな。あっち系じゃなくて。」
ハニサ 「えーと・・・嘘ついちゃいけないんでしょう?
あたし、思い出せないの。」
シロクンヌ 「怖かったことか?」
ハニサ 「そう。物凄く怖かったことがあるはずなの。
オジヌが関係してるんだよ。」
エミヌ 「オジヌが何か悪さした?」
ハニサ 「そうじゃなくて、その時に一緒にいたと思う。
お祭りの前の日に、粘土とアケビを採りに行ったでしょう?
あの日、久しぶりにオジヌに会ったの。」
シロクンヌ 「オジヌは、5年ぶりにハニサと口を利くと言ってなかったか?」
ハニサ 「うん。オジヌに会って、あたし、思い出したの。
絶対、何かあったの。凄く怖い事が。
でも、そこまでしか思い出せない。
アケビを採りながらオジヌに聞いたんだけど、忘れたの?って驚かれて、
なんだ忘れてたのか、じゃあ知らない方がいいよ。って。
そのあとしつこく聞いたんだけど、教えてくれなかった。」