第114話 16日目⑥
ハニサのムロヤ
ハニサ 「あたし、ふわふわしてる。」
シロクンヌ 「どうした? 気分が悪いのか?」
ハニサ 「逆だよ。なんだか幸せ。だからふわふわしてるの。」
シロクンヌ 「粘土搗き、本当にしなくていいのか?
おれが一人でやって来ようか?」
ハニサ 「いいの。シロクンヌもここに居て。毛皮の上に寝転がってよ。」
シロクンヌ 「だったら、明日搗いてやるよ。サチにも搗かせる。
だけど、たぶん明日は雨だぞ。」
ハニサ 「雨だったらシロクンヌはどうするの?」
シロクンヌ 「粘土搗きは、いっぺんにやっても駄目なんだろう?」
ハニサ 「あたしは、その日か翌日に使う分しか搗かないけど・・・」
シロクンヌ 「それなら、背負子(しょいこ)を作るかな。
サチはカブテの練習がしたいだろうから、オジヌに手伝ってもらうか。
オジヌは木工を覚えたがっていたから。」
ハニサ 「どこで作るの? 作業小屋?」
シロクンヌ 「そうだな。工房でやろうと思っていたが、ハニサが居る作業小屋でやるか。」
ハニサ 「そうしなよ。そしたら一緒に居られるもん。
山積みだった萱(かや)がごっそり無くなったから、広くなってるし。」
シロクンヌ 「ああ、大屋根の下の寝床に使ったんだな。
そうだ、またここで、ムシロを広げて作業してもいいか?」
ハニサ 「いいよ。今度は何を作るの?」
シロクンヌ 「取りあえずは、手火(小さなタイマツ)だ。
ほら、森の作業場から槙の木(コウヤマキ)の端材をたくさん持って来たんだ。
こいつらを割いて、手火にする。
槙の木は燃やしても煙や煤(すす)がそんなに出ないんだ。
槙肌(まいはだ。コウヤマキの樹皮)も、よく燃えるんだぞ。
ほら、こうやって割くだろう。そしてこの先に、槙肌を巻く。
火付きがいいんだ。」
ハニサ 「簡単だね。あたしもやってみたい。」
シロクンヌ 「ハニサ、なかなか巧いじゃないか。」
ハニサ 「これでいいの? 燃やしてみていい?」
シロクンヌ 「やってみたらいい。」
ハニサ 「ほんとだ! よく燃える。明るいね。」
シロクンヌ 「たくさん作っておいて、大ムロヤにでも置いておこうかと思ってな。」
ハギのムロヤ。
サラ 「細い縫い針の使い道、先生から聞いたよ。
何を縫うと思う?」
ハギ 「糸は、シカの腱(けん)から取るんだったよな。それほど長くない糸だ・・・
何だろうな・・・毛皮を縫い合わせるのなら、もっと長い糸がいいよな。
なめし革か?」
サラ 「答えはね、傷口。」
ハギ 「え? 傷口? 怪我した時の、傷口か?」
サラ 「うん、そう言ってた。縫えば、くっつくんだって。
動物から取った糸の方が、草木から取った糸よりも体に合うんじゃないかって思ったみたい。
ウサギとか、キツネとかを使って試してみるんだって。」
ハギ 「へー、ほら、シロクンヌからもらった石、瑪瑙(メノウ)と言ったっけ、やっと割れた。」
サラ 「そのたたいた石はどうしたの?」
ハギ 「さっきシロクンヌがくれたんだ。これを渡すのを忘れてたって言って。
ヒスイに似た石らしいよ。この敲(たた)き石も貴重だよな。
サラの石は磨いて首飾りにしようと思ったんだけど、どうする?」
ハニサのムロヤ。
シロクンヌ 「そうだ、背負子の材料は工房にあるから、今の内に作業小屋に運び込むか。
手火を持って、ハニサも一緒に行かないか?」
ハニサ 「うん、行く。わー何だか楽しいね。」
村の出口。
シロクンヌ 「やはり明日は雨だな。月も星も見えないし、雨の臭いがするからな。」
ハニサ 「手火が無ければ真っ暗だね。」
サチ 「父さーん、どこに行くのー?」
シロクンヌ 「サチ! サチの声だよな? サチ、どこにいるんだ?」
サチ 「ここだよ、父さん。」
ハニサ 「サチ! 一人なの? どこに行ってたの?」
サチ 「広場でカブテの練習をしていたら、石が割れてしまったの。
だから代わりの石を河原で見つけて来たの。」
ハニサ 「一人で行ったの? 危ないから、そんな事しちゃ駄目だよ!」
そこへヤシムが、息を切らして走って来た。
ヤシム 「サチ、探したじゃない! 広場に居てって言ったでしょう!」
サチ 「ごめんなさい。」
いろり屋。他に誰もいない。
ヤシム 「今夜はここも寂しいわね。」 囲炉裏に小枝をくべている。
シロクンヌ 「サチ、もう泣かんでいい。」
サチ 「ヤシム、心配かけてごめんなさい。」
ヤシム 「ああ! でも無事で良かった!
カブテの練習がしたいって言ったから、広場だけだよって言って、明り壺を渡したの。
しばらくたって見に行ったら居ないから、村中を探し回ったわよ。
ハニサのムロヤに行ったら、二人共居ないし。
まさか村から外に出てるなんて思わなかったもの。」
シロクンヌ 「これから夜に練習したければ、作業小屋の裏でやれ。
それも父さんが、粘土を搗いている間だけだ。いいな?」
サチ 「はい。」