第113話 16日目⑤
夕食の広場。
ハニサ 「サチは、最初から、熊の足が狙いだったの?」
サチ 「そう。崖と樹と樹の根っこが見えたから、ふと思い付いたの。
エサもあったから。」
ヤッホ 「おれ達は落とし穴と言えば、
獲物の体全部を落とさなきゃいけないと思い込んでいたからな。
足だけを落とせばいいなんて、そんな事考えたこともなかったよ。」
ハニサ 「サチは頭いいんだね!
シロクンヌでも、サチの目論見に気付かなかったんでしょう?」
シロクンヌ 「サチ、膝に来い。
正直おれは、何も獲れないと思っていたよ。
落ちたとしても逃げられて。
サチが考えながら一生懸命に掘っていたから、口出ししなかったのだが。」
エミヌ 「口出ししなかったシロクンヌも立派よ。
私なんか、そんな穴じゃ駄目よって言いたくて、うずうずしてたもん。」
ナジオ 「おれは熊というものを初めて見たから、驚きだったよ。」
クマジイ 「あんな大きな熊は、わしも初めてじゃ。
胆のうも他の熊の倍の大きさじゃったな。」
サラ 「先生が大喜びだったもの。」
ムマヂカリ 「熊の横で、はしゃぎ回っておったな。」
ナジオ 「こぼすなと言って、必死だったのは?」
サラ 「死んだばかりの熊からしか採れない何か貴重な液を採っていたの。
いい薬が出来るんだって。」
クマジイ 「具合よく、逆さじゃったから、採りやすかったんじゃ。」
ハギ 「おれ、熊の肉は大好物なんだ。
ムマジカリ、いつ頃食えそうなんだ?」
ムマヂカリ 「切り分けて、崖の室に入れてあるが、テイトンポとアコが帰って来る頃じゃないか。
アコが居なければ、タレも使えんしな。」
シロクンヌ 「タレもいいが、油煮が最高に旨いぞ。」
クマジイ 「脂を仰山持っておったから、油煮は5~6杯行けそうじゃぞ。」
ササヒコ 「やっておるな。
サチ、あの熊の毛皮だが、村でもらっていいと聞いたが。」
サチ 「はい。お世話になっているから、お礼もしたいし。」
ササヒコ 「そうか。ではサチの敷物と呼んで、大ムロヤで使うことにしよう。
村の名物が、また一つ増えたな。
あれを見れば、みんなおどろくぞ。大きいからな。
来年の祭りでは、スワの衆も大勢来るだろうから、顛末を聞かせてやらねばならん。」
ヤシム 「女神を護る勇者シロクンヌでさえ、見抜けなかったという部分がキモね。」
ササヒコ 「ハハハ、シロクンヌがダシに使われるとはな。
その場所で落とし穴の話を持ち出したのには、何か訳があったのか?」
シロクンヌ 「ああ、段差の下の方なんだが、掘りやすそうに見える土の所があったのだ。
後で試しに掘ってみたが、やはり掘りやすかった。
おれとしては、短い時間に大きな穴を掘るのなら、そこを掘るしか無いと思った。
サチがそれに気付くかどうかを試したつもりだったんだよ。」
エミヌ 「サチは私に、時間が無いから小さい穴の方がいいと言ったわね。」
クマジイ 「小さい穴じゃが、根っ子の下をくぐって、かなり奥まで掘ってあったんじゃ。
あそこに足が入ってしまったんじゃあ、座り込まんと抜けんじゃろうな。
崖側の根っ子が支点になるように、工夫されておったし。
ところが、座り込もうにも、崖になっておって地面が無いんじゃから。」
ササヒコ 「発想も見事だが、それを実現する才覚も持ち合わせておるということだな。
シロクンヌ、サチの行く末が楽しみだな。」
シロクンヌ 「そうだな。
サチは生きている熊を見たことがあったのか?」
サチ 「ミヤコに子熊がいたの。母熊が狩られて、そばにいた子熊が連れて来られたみたい。
柵の中にひと月くらい居て、山に帰されたの。
お祭りの時期で、子供の獣は、殺したり死なせたりしてはいけなかったの。」
ササヒコ 「なるほど。わしらも卵を温めておる雌雉(メスキジ)は狩りはせんからな。
卵を温めておる時は、てこでも動かんから狩り放題なんだが、それはせん。
とにかくそれで、サチは熊の動作を見知っておったのだな。」
シロクンヌ 「ヤシム、オコジョの毛皮で、サチに襟巻きを作ってやってくれないか?」
ヤシム 「いいよ。サチ、可愛いのを作ってあげるね。」
サチ 「ありがとう。」
サチは照れくさそうにみんなの話を聞いていたが、村に貢献できた喜びでいっぱいだった。
エミヌ 「ところで、ハニサはカラミツブテって知ってる?」
ハニサ 「美味しいの? あたし、食べたことないよ。」
ムマヂカリ 「ブァッハッハッハ・・・アーハッハッハ・・・」
エミヌ 「アハハ、ハニサ、食べ物じゃないのよ。狩りの道具。」
ハニサ 「やだ、知らなかった! ムマヂカリ、そんなに笑わなくたっていいでしょ!」
サチ 「お姉ちゃん、これがカラミツブテ。
父さんに作り方を教えてもらったの。」
エミヌ 「シロクンヌね、それの達人なのよ。
みんなと話とかしながら歩いてて、ある時それをクルクルシュッてやるの。
歩きながらよ。そしたらキジバトが落ちて来るのよ。」
ヤッホ 「すげーなアニキ。」
エミヌ 「オコジョの時なんて、ただの草むらよ。
通りすがりに草むらにシュッとやって、そしたらオコジョが掛かってるじゃない。
そういうの見てたら、シロクンヌのことが大好きになっちゃうでしょう?
だけどシロクンヌはね、ハニサの事しか頭にないのよ。
[ハニサはどうしてるかな。]とか、[ハニサは何してるかな]とか、
何度も言うんだから。」
シロクンヌ 「ちょっと待ってくれ。おれはそんな事は言っておらんぞ。」
エミヌ 「言ってたじゃない。サチだって聞いたでしょう?」
サチ 「父さん、私と二人の時にも言ってたよ。」
ササヒコ 「ワハハ。よいではないか。仲が良くて」
シロクンヌ 「ここ数日、ハニサと四六時中一緒だったからな。
無意識のうちに、口に出たのかも知れん。」
ムマヂカリ 「この二人は、最初からアツアツだったからな。」
サラ 「たくさんいたよ。」
ムマヂカリ 「話をごまかしおったな。ワハハハハ。」