第111話 16日目③
いろり屋。
クマジイ 「ハニサの器じゃ。村の宝じゃ。割るでないぞ。」
オジヌ 「丁寧に扱ってるよ。
こんなに洗い物があるんだぞ。クマジイも手伝ってくれよ。」
クマジイ 「わしは手が震えるじゃろ。
落とらかして割ってしもうたら取り返しがつかんじゃろが。」
カイヌ 「クマジイ、今度いつ流木拾いに行くの?」
クマジイ 「近い内に行こうかと思おておる。カイヌも行くか?」
カイヌ 「連れて行ってくれるのなら、行きたい。」
クマジイ 「よしよし。では近々、下の川に行って見ようかの。
オジヌは行かんか?」
オジヌ 「おれはそういうの、興味が無いんだ。」
クマジイ 「ほうか。まあそれも良かろう。オジヌはいくつになった?」
オジヌ 「16歳だよ。」
クマジイ 「もうそんなになったか。もう良かろう。グイっとやるか?」
オジヌ 「おれはまだいいよ。」
アケビの谷。
クズハ 「凄いわ!」
エニ 「エミヌの言った通りね。こんなにたくさんのアケビ、初めて見たわ。」
エミヌ 「そうでしょう? でも私、二回目だけど、まだ道が分からない。
途中のブナの森が広すぎるのよね。
ブナの森の割には下草が少なくて歩きやすいんだけど、
一人なら絶対に迷っちゃうよ。」
シロクンヌ 「帰りに目印付けをするか。ブナの樹に印を付けよう。
春にはアケビの新芽を採りに来るだろう?
それにあそこのブナは、おそらく今年は成り年だぞ。
大量に実を付けていただろう?」
エニ 「ブナの成り年って5年に一遍も無いんでしょう?
実を付けない年が多いものね。」
クズハ 「私、アケビの芽、大好き。実よりも好きなくらい。」
シロクンヌ 「サチ。サチなら、どう目印を付ける?」
サチ 「えっと・・・目立つ樹の、目立つ枝に、アケビの蔓で輪を作ってぶら下げながら帰る。」
エミヌ 「面白ーい。サチは木登りが得意だもんね。」
シロクンヌ 「では、それで行くか。
クズハ、採るのは、根蔓(ねづる)だろう?」
クズハ 「そうよ。枝蔓は捻じれてるから、私達は使わないの。」
シロクンヌ 「切り石だ。六つある。
瑪瑙(メノウ)と言ってな、黒切りよりも欠けないで長持ちする。
見てろよ。根蔓に当ててここを叩くと・・・」
エミヌ 「わ! 簡単に切れるね。」
シロクンヌ 「な? 切れ味はいいだろう?
使いやすいように、そこらの樹を使って、こいつに長い柄(え)を付けるよ。
その後、おれはキジバトを料理する。サチ、手伝ってくれ。」
アケビの谷での昼食。
エニ 「シロクンヌは料理も上手なのね。パリッパリで美味しいわ。挟んであるのは、ノビル?」
シロクンヌ 「そうだ。秋ノビルが生えていたから、挟んでみた。合うだろう?」
エニ 「ええ、美味しい。」
クズハ 「シロクンヌの手料理を頂いたって、ハニサに自慢しなきゃ。
それにしても、サチってまだ12歳なんでしょう?
しっかりしてるわねえ。
ハニサの12歳の頃と大違い。」
シロクンヌ 「ハハハ。ハニサはどうも、泣き虫だったみたいだな。」
クズハ 「そうなのよ。オネショしては泣いてたんだから。」
エミヌ 「えー! うちのオジヌなんて、ハニサのことが、好きで好きで大変だったんだよ。」
エニ 「そうそう、とにかくハニサは護ってあげなくちゃいけないって・・・
年下のくせにね。あれってその頃だったでしょう?
ああいう事って、照れ臭かったりして普通は言えないでしょう?
オジヌは変わった子よ。」
クズハ 「そんなことがあったの。それは知らなかったわ。
山ブドウは、あっちに生えているのね。エニ、春に皮採りに来ましょうね。」
シロクンヌ 「山ブドウの皮採りは、時期の見極めが難しいだろう?」
エニ 「そうね。採れる期間は短いわね。半月も無いくらいだから。
その時期を逃すと、皮がめくれなくなるわね。
でも分かりやすいのよ。栗の花が咲く頃なの。」
クズハ 「神坐のお祭りの頃、私達は山ブドウの皮剥ぎするのよ。」
シロクンヌ 「神坐祭りは、ウルシ村では盛大にやるのか?」
エニ 「そうでもないわね。準備とかはほとんど無いし。
ウルシの開花と重なるから、ウルシ林での作業が忙しくて。」
クズハ 「ホコラが来て、ミツバチを放ってくれるの。」
シロクンヌ 「タマと、たまに会うんだな(笑)。」
エミヌ 「オジサンのシャレだ(笑)。」
エニ 「やっぱり明り壺のお祭りがあるから、魂送り(たまおくり)祭りと神坐祭りは、
他の村と比べると地味なんじゃない?
神坐に栗の花を供えて・・・」
エミヌ 「でも見張り小屋は、使用中が多いんだよ。」
シロクンヌ 「逢い引きに便利らしいな(笑)。」
クズハ 「春が来て暖かくなって、みんな浮かれるのよ。」
シロクンヌ 「サチ、ミヤコでは神坐祭りは盛大なのか?」
サチ 「はい。ミヤコで一番大きなお祭り。ミヤコは栗の木が多いから。
ミヤコでは、ドングリって食べないの。
私、グリッコって、こっちで初めて食べた。」
エミヌ 「えー! ビックリ!・・・ってシャレじゃないよ。
グリッコ無いなら、何を食べるの?」
サチ 「クリコ。搗栗(かちぐり)を挽(ひ)いた粉に、
ヤマイモとか葛(くず)とか季節の山菜とかを混ぜて、グリッコみたいにするの。」
エニ 「美味しそうね、搗栗にひと手間かけるのね。
搗栗ならそこそこあるし、今度詳しく作り方を教えてちょうだい。」
サチ 「はい!」
ウルシ村では見ておらんから。」
クズハ 「しろつる? 知らないわ。」
シロクンヌ 「もらい物だが、おれは以前、白蔓で編まれたザルを持っていた。
軽いしスベスベしていて引っ掛からないから使いやすい。
虫も付かんし、カビも生えにくい。
濡れてもすぐに乾くから、いろり屋でも使える。そして丈夫だ。
だから、何年も使える。」
エニ 「いい事だらけじゃない。白蔓って何なの?」
シロクンヌ 「おれも聞きかじりだぞ。
どうやるんだ?と聞いたら、湯剥きだと言っていた。
アケビの蔓を、熱湯に浸けるそうだ。そして、皮を剥く。
すると、白い芯が出る。
その芯で編むそうだ。
最初は白っほいのだが、使い込むと、味わいのある色になる。」
クズハ 「採ってすぐに浸ければいいの?」
シロクンヌ 「どうもそうらしい。そこで虫も死ぬしな。
だが、どの程度の熱さの湯に、どの程度の長さ浸けるのか、
そういう詳しい事は、聞いてはおらんのだ。
しかし湯なら、テイトンポが帰ってくれば、いくらでもあるだろう?」
クズハ 「そうね! あの人に頼んで、いろいろ試してみるわ!」
いろり屋。
カイヌ 「クマジイ、来年も、今年みたいな、灯りの樹を作るの?」
クマジイ 「そうなるじゃろうな。もう丘のテッペンにサルスベリが生かっておる。」
カイヌ 「その時、僕、クマジイを手伝いたい。」
クマジイ 「嬉しい事をゆうてくれるのう。カイヌ、ぐいっと行けい!」
オジヌ 「駄目だぞ、クマジイ。カイヌはまだ、14歳なんだぞ。」
クマジイ 「こりゃ、水じゃ。」
オジヌ 「ホントか? ・・・ブーッ! さ、酒じゃないか!」
クマジイ 「へ? 間違うた。こっちが水じゃ。」
カイヌ 「アハハハハ。クマジイは面白いなあ。
ねえ、今からちょとだけ、下の川で探して見ようよ。」