第131話 19日目⑤
ハニサのムロヤ。
カヤ 「ほう。何とも妖しくも美しいムロヤだ。」
サチ 「あの木、ああするんだね。
お昼に見た時は、何か分からなかった。」
タカジョウ 「なるほど。ムロヤで見るハニサは、他で見るハニサとは雰囲気が違うのだな。」
ハニサ 「ヌリホツマのお茶を淹れるね。」
カヤ 「ああ、すまんな。では本題に入る前に、タカジョウについてだが、おれは本当に驚いたよ。
タカジョウは間違いなくタカのイエのクンヌだろうな。
もちろん、タカのイエが決めることで、おれが決めることではないが。
タカのイエでは、今でもおぬしを探しておるぞ。」
タカジョウ 「おれの父親がどこにいるのか、知っているか?」
カヤ 「タカの村があるのは、ミヤコとこことの丁度中間くらいだ。
たぶんそこだと思うのだが、必ずとは言いきれん。
だが、タカの村は分かりにくいぞ。
もちろん旗は立てておるが、山に囲まれておるからな。
周りに村も少ない。
おぬしが行けば、皆、大喜びだ。」
タカジョウ 「一度ミヤコに行き、そこで案内を求めた方がいいということだな。」
カヤ 「遠回りの様で、それが近道だと思うぞ。
おれも、ハッキリと地図にすることは出来んからな。
それから、サチ。ご両親は災難だったな。
しかしサチは無事で何よりだった。
アヤのイエでは、今頃は心配しておるだろうと思う。
シロクンヌの娘になっておると知れば、逆に大喜びだろうがな。
さて本題だが、最初に言っておかねばならんのは、
アマカミの使者としておれがシラクの案内でミヤコを出たのは、ひと月半前だということだ。
二人で、フジにある、シロの里を目指した。
シロクンヌの消息を掴むためだ。
まだハニサとは出会っていないな?
ではアマカミの御意志を伝える。これはアマカミ御自身の御発案である。
シロクンヌの子であれば、シロのイエの者である必要はない。
それは、これから産まれて来る子であってもよい。
男女は問わぬ。
どの子をアマカミにするか決めるのは、シロクンヌだ。
以上だ。
念のためにハニサに説明するが、アマカミはミヤコに住むのではなく、
アマカミが住めば、そこがミヤコなのだ。
どこに住むかは、アマカミ御自身がお決めになることだ。」
ハニサ 「シロクンヌ・・・」
シロクンヌ 「アマカミの御意向とあらばお受けせねばならんが・・・
なるほど、そういう事だったのだな。」
カヤ 「ハニサ、身代わり人形作りは明日からか?」
ハニサ 「三晩過ぎるから、そう、明日からね。」
カヤ 「シラク、おれ達も作って行こう。
それを済ませて、おれとシラクは、すぐにも出立してミヤコに戻るのだが、
サチはシロクンヌとミヤコを目指すのだな?」
サチ 「はい。父さんいい?」
シロクンヌ 「もちろんだ。こうなった以上、おれ自身もミヤコに出向かねばなるまい。
タカジョウも一緒に行くだろう?」
タカジョウ 「もちろんだ。そこは予定通りという事だな。」
シロクンヌ 「いや、フジの向こうに行く必要は無くなったから、直接ミヤコを目指す。」
カヤ 「アヤクンヌの無事とタカジョウの件はおれが伝えておく。
アマカミには、シロクンヌが諒解したと伝えるぞ?」
シロクンヌ 「分かった。あと、この事は、内密にしておかねばならんのか?」
カヤ 「そこはおぬしに任せる。
おぬしも相談したい者もおるだろうしな。
あと一つ気になったのだが、祈りの丘に一本ある樹、あの樹は?」
ハニサ 「サルスベリの樹だよ。」
カヤ 「サルスベリ・・・まさかな・・・」
ハニサ 「どうかしたの?」
カヤ 「いや、何でもない。
他に何か聞いておきたい事は?」
サチ 「村の広場から見える、夕映えの美しい山並みがあったでしょう?」
シラク 「おお、あった。見惚れるほどであったな。」
カヤ 「まさか・・・八ヶ岳か?」
サチ 「そうだと思う。一番高い峰が、クニト山とかコタチ山とか呼ばれてるの。」
シロクンヌ 「やはりここは、約束の地のような場所なのか?」
カヤ 「ふむ・・・まあそうなのだが、この話は不吉の裏返しなのだ。
世が平和であれば、八つのイエが集まる必要は無いのだからな。
しかし、八ヶ岳の場所がハッキリしたのは良い事だ。
シラク、まったくこっちに来て、驚きの連続だな。
他に聞いておきたいことは無いかな? ハニサはどうだ?」
ハニサ 「あたし、会った時から気になっていたんだけど、
カヤはずっと首の所をさすったりして気にしてるでしょう?」
カヤ 「何かと思えば・・・それは不調法をしたな。」
ハニサ 「そうじゃなくて、赤くなってるし・・・猿に首飾りを取られたんじゃない?」
カヤ 「よく分かったな。今朝方、大事な物を持って行かれた。」
ハニサ 「大きなヒスイでしょう?」
カヤ 「そうだが、何故分かる?
ハニサは人の心が見えるのか?」
ハニサ 「そんなの見えないよ。ピンと来ただけ。サチ、出してみて。」
サチ 「そうか! これだね!」
カヤ 「それは! どこにあったのだ?」
シラク 「良かったな。これで今晩、ゆっくり眠れるだろう?」
カヤ 「アマカミから頂いた物だからな。
サチとハニサに礼を言わねばならん。
本当に有難う。」
シロクンヌ 「ハニサは何で分かったんだ?」
ハニサ 「だってヒモが無かったでしょう?
温泉に入っていてヒモが切れたのかな?って最初は思ったの。
でも大事なものをしたまま、深い所に行くのかな?とも思ってた。
そしてカヤに会って、何か違和感があったの。
胸元が寂しいのよ。
それにアマカミの遣いと言うなら、その証拠のような装飾品を身に付けて言わない?
それで拾ったヒスイを胸に付けてみたの。空想でよ。
そしたらぴったりだったから、この人のなんだって思ったよ。」