第132話 19日目⑥
大ムロヤ。
タカジョウ 「どうしたんだ、アコ?」
アコ 「テイトンポに追い出された。」
ナジオ 「アコはタカジョウを待ってたんだ。
二人で散歩でもしてくればいい。」
マシベ 「あのテイトンポが女と暮らしておるとはビックリだよ。
それも二人の美人とだ。」
ササヒコ 「ハハハ。テイトンポはウチの若い者にも人気でな。
お話は済みましたかな?
栗実酒など御一緒しませんか。
ん? これはまた立派なヒスイだ。
見たことも無いほどの物だが・・・
御仁はそういう御方か?」
シオラム 「どれ、ほう! 昼はしておらんかったと思うが。」
カヤ 「おれはそんな御仁とかではないぞ。
だがこれには訳があってな、これを猿に奪われておったのだ。
それを見つけてくれた者と知らせてくれた者と、今まで一緒だったのだ。
聞けば驚くと思うが、話して聞かそうか?」シオラム 「それは聞かねばならんな。」
ササヒコ 「では、お二人に一献進ぜようか。」
ハニサのムロヤ。
みんなが引き上げて、今はハニサとシロクンヌの二人だけだ。
シロクンヌは毛皮に寝転がり、いつものようにハニサが寄り添って座っている。
ハニサ 「いきなりで、びっくりしなかった?」
シロクンヌ 「実は、いきなりでも無いんだ。一度別の者から内々に話があった。
固く口止めされていたから、ハニサにも言わなかったが。
ただその時は、シロのイエの子に限るような言い方だったが、
今日は違っていたな。」
ハニサ 「あたしを同席させたという事は、アマテルがアマカミになるかもしれないの?」
シロクンヌ 「カヤはその可能性も考えたのだろう。」
ハニサ 「アマテルがアマカミになると、あたし、引き離されてしまうの?」
シロクンヌ 「そんなことが有る訳がない。それを決めるのは、おれだぞ?
おれが、ハニサを悲しませる事をするはずがないだろう?
言ったはずだ。何があってもハニサを護ると。」
ハニサ 「シロクンヌ!
あたしにはいきなりの話だったから、戸惑ってる。
シロクンヌが、アマカミになるの?」
シロクンヌ 「たぶん、そうなるだろうな。」
ハニサ 「アマカミになると、どうなるの?」
シロクンヌ 「八つのイエを統(す)べる立場になる。と言って強制力は無い。
この前話に出たハタレの乱以来、アマカミは大きく動いていない。
だから、平時にはこれと言って特別なことはしていない。
ただ日々、祈りを捧げておられる。
トコヨクニの民の安寧を願って。
クニトコタチのこころざしを継ぐ者、それがアマカミだ。
特に何かの縛りがある訳では無く、例えば今のアマカミは、顔を隠しておられるが、
おれは人前に出て行くだろうな。
そういう事は、その時のアマカミが、自分の考えで決めてきた。」
ハニサ 「さっき、みんながいる時に、なるほど、そういうことだったのだな・・・
と言ったでしょう? あれは?」
シロクンヌ 「アマテルだ。
天の計らいでアマテルが護られてきた理由が分かった気がした。
ハニサ、おれは将来、アマテルをアマカミにしようと思っている。
もちろん産まれてみなければ、どんな人物かは分からんが。
ハニサは反対か?」
ハニサ 「反対じゃないよ。
ただ、あたしが産んだ子が、アマカミになるなんて・・・
アマカミってあたしには、遠く掛け離れた存在だったからね。
戸惑っているだけ。
心の整理がつくまでには時間が掛かるけど、反対じゃない。
アマテルは絶対に、何かを成すために産まれて来るのだと思ってた。
この事を、村の人達には話すの?」
シロクンヌ 「その前に、ハニサに話しておきたい事がある。
おれはアマカミとなった後も、今ほどではないが、旅に出るつもりだ。
だが拠点は必要だ。そこがミヤコになる。
どこをミヤコにするかは、今はまだ迷っている。
だがミヤコでは、ハニサと暮らすつもりだ。」
ハニサ 「シロクンヌ!」
シロクンヌ 「このウルシ村も候補の一つだ。
他の候補としては、フジのシロの里、ヲウミのシロの村、そして、今のミヤコだ。
他の三つは問題無いが、ここウルシ村については元々おれはここの者ではないし、
おれの一存という訳には行かんだろう。
村のみんなの同意が必要だ。」
ハニサ 「でも、アマテルはここで産まれるんだよ。」
シロクンヌ 「うん。だが、アマテルがアマカミとなるのは、何年も先だ。
今のアマカミは御高齢だ。
カヤははっきりとは言わなかったが、シラクがおれに耳打ちした。
最近お体がすぐれん様だ。それもあって、二人は急いで帰る。
おれがアマカミになる日は近いかも知れん。」
ハニサ 「そうなの・・・
あたし、この先もシロクンヌと暮らせるの?」
シロクンヌ 「そうだ。アマテルは、おれの傍でハニサが育てるのだ。
だが、ハニサもアマテルもシロのイエに入る必要は無い。
イエに入ると、不自由な面もあるからな。
そこで村の者に話すのかという質問だが、
明日、コノカミ、テイトンポ、クズハ、ヌリホツマの四人に話そうと思っている。
その四人の意見を聞きたいし、村のみんなに話すのなら、
その役はコノカミにお願いするつもりだ。」
大ムロヤ。
シラク 「ミヤコには、竹林というものは無いんですぞ。竹が育つには北過ぎましてな。」
カヤ 「ミヤコは、何をするにおいても、栗、栗、栗だな。
材木はもちろん、焚火もクリの木。」
ササヒコ 「ほう! しかしクリの木は、燃やすと爆(は)ぜませんか?」
カヤ 「爆ぜる爆ぜる。危なくてしょうがない(笑)。
燃え切りも悪いからカスが残る。
しかし爆ぜようが燃えカスだらけになろうが、栗の炎を有難がるのがミヤコビトでな。
村全部が、クリ林の中にあるようなもんだ。よそ見してると、イガを踏む(笑)。
シラクなどは、栗実酒は飲むのではなく浴びる物だと思っておる。」
シオラム 「ワハハハ。それはまた豪快だな。」
シラク 「それは言い過ぎだ(笑)。」
カヤ 「ミヤコは栗だが、ここの丘には何やらいわく有り気に、
一本そびえておるようにお見受けするが・・・」
ササヒコ 「さすがにお目が高い。サルスベリですな。よそでは見かけんでしょう?
確かにいわくが有る。特別に、お話ししましょうか?」