第137話 20日目⑤
ハニサのムロヤ。
ハニサ 「早かったね。ちょうど湯があるから、体を拭いてあげるね。」
シロクンヌ 「サチは?」
ハニサ 「体を拭いてたら眠そうだったから、すぐに送って行ったよ。
サチね、右の手のひら、小っちゃい手なのに、タコになってるの。
カブテの練習でなったんだね。」
シロクンヌ 「サチは根を詰めてやるからな。」
ハニサ 「でもサチって不思議なの。
夜が怖くないって言ってた。
体を拭いてあげながら、熊を獲った日の夜の話をしたの。
村の出口でサチから声を掛けられたでしょう?」
シロクンヌ 「カブテの石が割れたから、河原で代わりを探して来たと言っていたな。」
ハニサ 「あたし、今でも夜の河原なんて、怖くて行けないよ。
だから、怖くなかった?って聞いたら、どうして?って言うの。
それって変でしょう?」
シロクンヌ 「確かに妙だな。
寝ぼけていた訳ではないのか?」
ハニサ 「私もそう思って、聞き直したの。
夜は暗くて怖いでしょう?って。
そしたら不思議そうにあたしを見て、怖くないよって言ったの。」
シロクンヌ 「いや今思うと、確かにそういうフシはある。
放っておいたら、夜でも森で練習しそうな勢いなんだ。
あの時だって、全然怖がってなんかいなかっただろう?」
ハニサ 「あの時、真っ暗だったんだよ。
暗闇の中で、サチの声だけ聞こえたでしょう?」
シロクンヌ 「明り壺は持っていなかったな。
持っていたかも知れんが、灯ってはいなかった。」
ハニサ 「サチはついこないだまで、ひどい目に遭ってたんだよ。
人一倍、夜を怖がったっていいはずなのに。」
シロクンヌ 「テイトンポは、夜目が利くって言っていたが・・・
そう言えば、河原でも石はすぐ見つかったと言っていたな・・・
そうだ! 夜突きの時もおれは驚いたんだ。
イワナの夜突き大会があっただろう。
最初の2個のビクをハニサの所におれが持って行った時、
おれはダケカンバのタイマツも持っていたんだ。
サチは川の中に、ヤスだけ持たせて待たせていた。
ところがサチの所に戻ってみると、おれの留守中に、
サチはイワナを4匹も突いていたんだ。」
ハニサ 「それって、暗闇で魚を突いたってこと?」
シロクンヌ 「恐らくな・・・自分の服のスソをまくり上げて、そこに魚を入れて待っていた。
今思い出してみると、そこには4匹以上、魚は入らなかったと思う。
もしもカラのビクを持たせていたならば、もっと突いていたのかも知れん。」
ハニサ 「サチって不思議な子だよね・・・
でもね、サチの手を見た時、
この子、将来、アマテルの力になってくれるんだって思ったよ。」
シロクンヌ 「うん。サチがいれば、アヤのイエも勢いづくだろうな。」
ハニサ 「ねえシロクンヌ、あたしやっぱりどうしても気になるの。
無残な目に遭った妊婦って、どんなことされたの?
あたし、事実を知っておきたいの。
だから教えて。」
シロクンヌ 「ハタレが全部そうだとは言わんが、奴等は人を喰う。」
ハニサ 「え?」
シロクンヌ 「腹が減って、止むに止まれず食うのではなく、嬉々として喰う。
異性の性器が多いがな。」
ハニサ 「知らなかった・・・」
シロクンヌ 「妊婦が襲われた場合、胎児は喰われている事が多い。」
ハニサ 「美人が光の子を宿した、奴等にはそれで十分だ・・・
マシベだったかが、そう言ってたでしょう? そういう意味だったのね。
わー! あたし、捕まらないようにしよう!」
シロクンヌ 「そうだ。備えていれば、捕まる事は無いさ。
そこで明日からだが、ハニサは器作りをするんだろう?」
ハニサ 「うん。そのつもりだった。」
シロクンヌ 「作業小屋は後ろがウルシ林だし人目に立たないから心配なんだ。
鍛えられたオジヌとイナが一緒ならいいのだが。」
ハニサ 「そうだね。ウルシ林も人が居たり居なかったりだから・・・
どうすればいい?」
シロクンヌ 「曲げ木工房で器作りはできないか?
騒がしいかも知れんが。」
ハニサ 「机があればできるよ。
あそこなら、火も灰も水もあるから、結構便利かも知れない。
音や声は、気にならないから平気だよ。
冬は寒そうだけど、ここ一、二ヶ月の事でしょう?」
シロクンヌ 「それなら明日、テイトンポに話して、粘土や机を運び込むか。
あそこは今、賑わっているだろうな。」
ハニサ 「あそこからならトモとマシベが出発するのが分かるよね。
あたし、やっぱりきちんと見送りたい。
だって護ってもらうんだもん。」