第145話 22日目⑤
夕食の広場。
アコ 「ハニサ、良く似合って素敵だよ。」
ヤシム 「ハニサはそういうの、本当に似合うよね。」
シロクンヌ 「うん、綺麗だ。」
ハニサ 「もう! シロクンヌまで。
ふわふわしちゃうでしょ。サチ、有難う」
ヤッホ 「その髪飾り、似てるけど違う花だろう?」
ヌリホツマ 「そうじゃ。キキョウとリンドウが一個おきにつなげてある。
サチ、たくさん咲いておったのか?」
サチ 「二つが近くにかたまって咲いてたよ。」
ヌリホツマ 「サラ、二つとも根は薬になる。
特にキキョウは根ばかりでなく、茎や葉の絞り汁がウルシかぶれに効くのじゃ。
だから、できればキキョウは手元で育てたい。移植をやってみておくれ。」
サラ 「はい。場所は知ってるから、明日行って来るね。」
ヌリホツマ 「真っ直ぐな根が深く下の方まで伸びておるから、
傷つけぬ様に、深く大きく掘るのじゃぞ。」
タマ 「カタグラかい? あんなに大きな雄鹿を仕留めたのは。
この村でもらっていいのかい?」
カタグラ 「もちろんだ。その為に狩ったのだから。日頃世話になっておる礼だよ。
皮も角も骨も、全部使ってくれ。」
シロクンヌ 「テイトンポ、カタグラの弓は相当なものだぞ。
つがえてから放つまでが、すこぶる速い。」
テイトンポ 「ほう! ならばイノシシにもいけるな。オオカミにも。」
カタグラ 「見てくれ、これを。」
ヤッホ 「大きな傷跡だな。その脚、イノシシかい?」
カタグラ 「そうだ。当時のおれは、矢を射るのに慎重に狙い定めていた。
この時死にかけてな。何日も熱でうなされた。
復活してからは、速くつがえて速く引き、すぐに放つ。
そしてすぐに第二矢(し)をつがえる。その練習に明け暮れたよ(笑)。
今ならイノシシが突進して来ても、鼻を目掛けて瞬時に射抜いてやるぞ。」
ササヒコ 「待たせてしまってすまんな。飛び石の川の上流を視察に行っておったんだ。
たった今帰って来た。
カタグラ、シカ狩りの武勇伝、また後で聞かせてくれ。
洞窟の様子はどうだった?」
シロクンヌ 「いやおれ達も、今しがた帰ったところだ。
今日はみんな、昼飯も食わずに動き回ったんだよな。」
ササヒコ 「なるほど、入口の洞窟、石のツララの道、奥の洞窟、の三つに分けて考えるのだな。」
シロクンヌ 「そうだ。入口の洞窟の大体の絵図を、その白樺の皮に描いて来た。
結論から言うと、入口の洞窟は、とても利用価値が高い。
ここは、遥か昔、おそらく粘土の器を作り始めるよりも前の人が住んでいた場所だ。
石の道具が見つかった。
入口から入ってすぐ左に行った突き当りの角地、その辺りにたくさんあった。」
クマジイ 「土の器は、破片も無かったのじゃな?」
シロクンヌ 「そうだ。木の道具も有ったのだろうが、朽ち果てたのだと思う。
見つかったのは石の道具だけだ。
その者達が、かなり手を加えたのだろうな。地面は平らだ。
しかも外の湧き水平よりも少し上がっているから、雨水の流入はない。
地面も乾いている。」
テイトンポ 「広さは?」
シロクンヌ 「このくびれから奥で、水場を除いた地面の部分。
それが大体、大ムロヤと同じくらいの広さだ。」
ササヒコ 「これで見ると、全体で、大ムロヤ四つ分だな。」
ヤッホ 「アニキは凄いんだぜ。くびれの奥を、外から掘って風穴を開けたんだ。」
カタグラ 「おお、あれは驚いたな。
くびれの奥の天井は、真ん中に行くほど高くなっておるのだ。
その一番高くなった所、そこを外から一発で見抜いて掘り始めた。」
テイトンポ 「ほう! 地を読むのが、そこまで出来ておるか。」
ナジオ 「それで明るくなったし、火を焚いても、煙は逃げる。おれは感心したよ。」
シロクンヌ 「もちろん、今そこは、外からフタをして塞(ふさ)いである。」
シオラム 「どれくらい、掘ったのだ?」
シロクンヌ 「深さは人の背丈よりも掘ったな。途中、土を掻き出すのが怖かったぞ。
落ちやせんかと思ってな(笑)。
命綱を樹に結わえてやっていた。
穴の径(けい)は、一回し(70cm)くらいなもんかな。」
テイトンポ 「外から見た穴の周りだが、平らなのか?」
シロクンヌ 「いや、元々はユルイ斜面だった。
だが穴を掘るついでに、雨水が流れ込まん様に造作しておいた。
樹がチラチラ生えておる様な場所だから、樹の幹に縄を結んで鹿皮でも張れば、
穴の上に浮き屋根も簡単に出来る。
浮き屋根用の鹿皮を作っておいて、雨の日に洞窟を使う時には、それを張れば良いのだ。」
クマジイ 「ところで洞窟の入口じゃが、塞いで来たのじゃろうな?」
ムマヂカリ 「もちろんだ。
シロクンヌが穴を掘っている間に、おれ達は塞ぎ戸を作っていた。
と言っても、虫やコウモリの入り込む隙間はあるぞ。
だが、石のツララの道の入口は、今、完全に塞いである。」
ハギ 「そっちは開口が小さいし、これもおそらく、昔の住人がやったんだろうな、
塞ぎやすい様に、壁が削ってあったんだ。」
エミヌ 「私達も、いっぱい手伝ったんだよね?」
シロクンヌ 「そうだな。大人数で行って正解だったよ。
入口の洞窟も、最初はかなり寒かったのだが、入口そのものを大きく開けて、
石のツララの道を塞いだら、外と然程(さほど)変わらん気がしたな。」
サラ 「あと、水場の説明は?」
シロクンヌ 「そうだった。絵には水場が大小二つ描いてあるが、本来の水場は大一つだ。
そこに壁伝いに水が流れ込んで来ている。
そこは岩で出来た桶の様になっていて、高さは人の肩くらい。
深さは浅い所と深い所がある様だが、確かめ切れてはいない。
そこが、外の湧き水につながっているのだろうな。
小の方は、水は溜まっていなかった。高さは胸くらい。
試しに大きい水場から水を掻き出したら、そっちにも水が溜まった。
ここに焼き石を入れれば、湯が出来るぞ。
温泉は無いが、湯に浸かる事は出来る。一度に三人ほど、入れそうだ。」
ヌリホツマ 「薬草を入れればよい。
薬湯に浸かれば肌から吸収するし、湯気が洞窟内に広く薬効を行き渡らせるぞよ。」
クマジイ 「おお、それはよいな。ババの薬湯は、よう効くんじゃ。」
ヤシム 「寝場所はどうするの? ムシロだけじゃ、底冷えしそうだけど。」
ハギ 「夏は問題ないけど、冬だよな。
ただあそこの湧き水は、かなり寒くても湧いてたんだ。湧いてから、凍る。
という事は、水場の水は、凍ってなかったんだろうな。
洞窟が密閉されてた時は、冬はむしろ、外よりも暖かかったと思う。
だから底冷えは、この村のムロヤよりもしないんじゃないかな。」
カタグラ 「もちろん、毛皮は大量においておくとして、ここは、夏も冬も利用価値が高い。
今年も夏は暑かっただろう? 洞窟の中は、絶対に涼しいぞ。
あの湧き水は、真夏でも冷たいからな。」
クマジイ 「間違いなく、涼しいじゃろうな。
特に石のツララの道から先は、真夏でも寒いはずじゃ。」
カタグラ 「おお。だから石のツララの道は、食料の保管に持って来いなんだ。
生肉の保存も利くだろうが、干し肉や燻(いぶ)しなら、なおの事だ。
冬にこことスワを行き来するとして、心配なのは、急な大雪だろう?
その時は、洞窟にたどり着きさえすればいい。
そこで雪に閉ざされようが、春まででも暮らせるぞ。」