第157話 30日目①
4日後。朝の広場。
ハニサ 「あさって、夜宴ができるんだね!」
クマジイ 「ウルシ林の手入れが順調に進んだからの。」
ハギ 「あと、洞窟の存在が大きいよ。」
シロクンヌ 「おれもあれっ切り洞窟に行っていないからな。
シップウの狩りも初めて拝めるかも知れんし、とにかく楽しみだ。」
ナジオ 「タカジョウが燻し小屋ってのを作ってね、張り屋(テント)よりも小さいんだけど、
川魚とか燻して、それがまた美味しいんだよ。
タカジョウはああ見えて、料理好きなんだね。」
ハギ 「崖を横から掘って、横穴炉(オーブンのこと)ってのも作ってたな。
肉を焼くそうだけど、こんがりと焼けるって言うから楽しみなんだ。」
クマジイ 「猿どもの様子はどうなんじゃ?」
ハギ 「シップウが頭猿(かしらざる)を鷲掴んで連れ去って以来、猿は見かけないな。
おそらくタカジョウがこっちにいる内は、近寄って来ないんじゃないかな。」
ハニサ 「兄さんは、その時のシップウの狩りを見たの?」
ハギ 「ああ、凄かったよ。な?」
ナジオ 「うん。見晴らし岩に登ったら猿どもがいて、タカジョウがシップウを放ったんだ。
そしたらシップウは、猿とは逆の方向に飛んで行って、空高く舞い上がったの。」
ハギ 「あれは猿を油断させる作戦だったんだろう?」
ナジオ 「おそらくね。そして大きく旋回して、猿の向こう側に回ったの。
そこから一直線の急降下。」
ハギ 「猿どもは、シップウに全然気付いてなかったよ。こっちをずっと見てたから。」
ナジオ 「でも何で、そいつが頭猿だって分かって、頭猿を狩るんだって事までわかるんだろうな?
おれは今でも不思議だよ。」
シロクンヌ 「シップウは、頭猿だけを狙ったのか?」
ナジオ 「そう。たぶん一瞬で頭蓋を砕いてる。空中では、もう動いてなかったから。」
クマジイ 「凄いのう。猿よりも、知恵が回るんじゃろうな。」
ヤッホ 「そういう話を聞くばっかりで、おれはまだ一度もシップウの狩りを見たこと無いんだ。
お預け食ってる気分だよ。」
ムマヂカリ 「あさってに期待だな(笑)。」
エミヌ 「あさって、楽しみだね。
ねえシロクンヌ、また見晴らし岩への駆け上り、私を背負ってやってくれない?」
シロクンヌ 「ああいいぞ。他にも希望者がいれば、やってやるよ。」
エミヌ 「やったー!」
クマジイ 「ん? 向こうから綺麗なおなごが一人来るが、誰じゃろか?」
ハニサ 「あ! ひょっとして・・・」
女 「おはよーーー!」
村の入口で、女は大声で挨拶した。荷物を背負い、手には棒を持っている。
そして女は、シロクンヌの元に駆け寄った。
女 「ねえ、あんたサッチ? 大人になったねー!」
シロクンヌ 「オ、オチチか! 何でオチチがここにいるのだ?」
女 「あんた何あわててるのよ。あんたに頼まれて来たんじゃない。
ハニサを護るんでしょう?」
ハニサ 「イナでしょう? あたしがハニサ。よろしくね!」
イナ(30歳・女) 「ハニサね。あー、この子は護らなきゃいけないわ。綺麗だもの。
あたしはイナ、よろしくね!
皆さんも、よろしくね!」
シロクンヌ 「イナっていうのは、オチチだったのか!」
イナ 「そう言えば、サッチには名前を教えて無かったかも知れないわね。」
クマジイ 「シロクンヌや、こちらはどういうお人なんじゃ?」
その後のハニサやアマテルが心配だったから、シロのイエの者に頼んで、
護衛をよこしてもらったんだ。
ハニサのムロヤで一緒に住む、腕の立つ女をな。」
クマジイ 「ほう! この別嬪(べっぴん)さんが、そんなに強いのか?」
シロクンヌ 「それが強いんだよ。シロのイエの中でも、指折りだな。」
ハギ 「杖っていうのは?」
イナ 「弓があるでしょう?
矢を切らしてしまったり、接近戦で弓矢が役に立たなかったりした時に、
弓の弦(つる)を切るのよ。
すると棒になるでしょう? その棒をシロのイエでは杖(つえ)と呼んでいるの。
あたしは10歳から、杖の修行を始めたの。」
エミヌ 「棒で叩くの?」
イナ 「叩きもするけど、突く技が多いかな。」
シロクンヌ 「それにしても、今は朝だぞ。いつ来たんだ?」
イナ 「今来たのを見てたでしょう? 変な事聞くのね。」
シロクンヌ 「夜中に歩いて来たのか?」
イナ 「そうよ。月が明るいもの。
ねえサッチ、今はクンヌか。クンヌ、お腹減ってるの。何か食べさせてよ。」
ササヒコ 「話には聞いておったが、とても12歳の子供がおるようには見えんな。」
シオラム 「エミヌの姉で、じゅうぶん通るぞ。」
シロクンヌ 「あの頃と、さほど変わっておらんのだ。」
イナ 「おかわりもらっていい? この汁、美味しいわね。
ハニサの器って凄いのね。何杯でも食べれちゃうわ。」
ハニサ 「その器は、あたしのじゃないよ。」
イナ 「アハハハハ、サチはもうご飯食べたの?」
サチ 「うん、もう食べた。」
イナ 「いっぱい食べなきゃ駄目よ。将来、丈夫な赤ちゃんを産むんだから。」
クマジイ 「達人だけあって、変わり身が速いのう。」
イナ 「美味しかったー! ごちそうさま。
ハニサ、ムロヤはどこ? 荷物を置いて来る。」
シロクンヌ 「イナ、ハニサのムロヤで寝起きするのか?」
イナ 「そうよ。そう言われて来たんだもの。ハニサを護るのがあたしの役目でしょう?」
シロクンヌ 「それはそうだが、まだおれが居る訳だし・・・」
ハニサ 「シロクンヌ、わざわざ来てくれたんだよ。
案内するね。こっちだよ。
ねえ、16歳のシロクンヌって、どんな風だったの?」
イナ 「あのね、・・・」
ササヒコ 「シロクンヌ、顔色が冴えんが?」
シロクンヌ 「参ったな。まさかオチチが来るとはな・・・」