第172話 32日目⑨
夜宴。
入口の洞窟は、クビレから奥で火が焚かれ、
湧き水平では、洞窟の入口付近や湧き水のそばなど、計4ヶ所で火が焚かれている。
それとは別に、要所要所にダケカンバの皮の灯明枝が刺されていた。
洞窟に入ってすぐの場所に、5メートルほどの長さの一本皿が置かれていて、
料理はそこに載っている。
栗実酒のカメも、その近くにある。
湧き水のそばにも一本皿が置かれていて、それが調理台代わりになっていた。
それぞれが、気に入った場所に御座を広げ食事をするのだ。
ソマユ 「タカジョウって料理が巧いのね。
この辺のものは、全部タカジョウが作ったんでしょう?」
タカジョウ 「そうだ。おれは、料理が好きなんだよ。」
ハニサ 「このカモの桜燻しって、あれで作ったの?」
タカジョウ 「燻しは全部、あの燻し小屋でやった。」
マユ 「このキジ肉、パリッパリで美味しいね。どうやったの?」
タカジョウ 「あの横穴炉だよ。」
ハニサ 「あれ、気になってたんだ。どうやって使うの?」
タカジョウ 「あれは、崖に横穴を開けただけのものなんだが、まずあの中で薪を焚くんだ。
熾きになるまで待って、その熾きをふちに寄せる。
真ん中は、ハケで掃いて綺麗にする。
そこに肉をおいて穴をピッタリ石でふさぐ。
そして小さな風みちを空ける。
そうやって、しばらく待てば出来上がりだ。」
ソマユ 「へー、アユ村でもやってみよう。
コヨウはやり方、知ってるの?」
タカジョウ 「ああ、知ってる。
そうだ、ソマユ、シジミの燻しが巧いそうだな。
どうやってやるんだ? やり方を教えてくれよ。」
ナジオ 「カモシカの生肉って、生まれて初めて食ったよ。美味いもんだな。」
アコ 「このタレ、どうしたの? なかなか美味しいね。」
カタグラ 「コヨウが持って来た山師のタレの株分けだ。若干、味は変わったがな。
そっちのは、カモシカの血が加えてある。焼き肉用だ。」
ナクモ 「カモシカって美味しいよね。シップウには驚いたけど。」
カタグラ 「あれは度肝を抜かれたな。
おれ達は、あそこで血抜きしてバラしたものを、何人もで、ここまで運んだのだぞ。
それをシップウは、たった一頭で、あっちの山から見晴らし岩まで、
谷を越えて運んで見せたんだから凄いよな。」
サチ 「行くよ! せーのっ!」
ミツ 「エイッ! 回れ回れ!」
サチ 「キャハハ、また負けた。私、全然勝てない。
ミツはドングリコマが上手だね!
もっと大きいので作ってみよう。」
ミツ 「私も大きいドングリ探そう。」
ヤシム 「タホはタヂカリと、ずっとブランコで遊んでるよ。村にもあればいいのにね。」
ヤッホ 「なあヤシム、今の内に、二人だけで薬湯に入らないか?」
ヤシム 「あー! やらしい事考えてるでしょう?
ウフフ。いいよ。スサラにタホの事、頼んで来るね。」
スサラ 「夕陽が綺麗だったわね。スズムシが鳴いてるわ。いい所ね。
ねえ、ヤシム達が出たら、私達が入りましょうよ。」
ムマヂカリ 「おれ達も、二人だけで入るか。」
スサラ 「タヂカリは、ヤシムに見ててもらうわ。
ヤシムは、あれからずっと、髪飾り、かぶってるわね。」
ムマヂカリ 「さっきも、なんだか嬉しそうだったな。」
シオラム 「クビレの奥でこうして火を焚いておると、いかにも洞窟という雰囲気でいいもんだよな?」
シロクンヌ 「薬湯の匂いがするのもいい感じだ。」
イナ 「クンヌはまだ入って無いんでしょう? 気持ちいいわよ。
クマジイ、後で一緒に入りましょうか?」
クマジイ 「後と言わず、今空いとるぞい。」
イナ 「アハハ、冗談よ。はい、注いであげる。」
クマジイ 「おお、すまんな。おっとっと。」
イナ 「はい、シオラムも。」
シオラム 「イナに注いでもらうと、一段と旨いぞ。
このカモシカの腸の炙(あぶ)り、ガキの頃食った切りだったが、
今食うと、こんなに美味いものだったのかと思うな。
おおヤッホ、一緒に飲むか。」
ヤッホ 「いや、薬湯に入ろうと思ってね。空いてるかい?」
イナ 「空いてるわよ。あら、ヤシムも?」
ヤシム 「うん。」
イナ 「まあ、赤くなって、可愛いわね。」
シロクンヌ 「待ってろ。焼き石を一個、足してやるよ。」
ヤシム 「あったかいわね。いい匂い。」
ヤッホ 「お湯は、濁ってるんだな。」
ヤシム 「アハハ、また、やらしい事考えたでしょう?」
ヤッホ 「そりゃあ・・・久しぶりだもんな。」
ヤシム 「そうね。ねえ、何でマツボックリなんか持ってたの?
さっき、服から落ちたでしょう?」
ヤッホ 「あれは・・・さっき拾ったんだ。」
ヤシム 「嘘言ってるでしょう? ハリモミの樹なんて、ここには生えて無いもの。」
ヤッホ 「あれ、ハリモミのマツボックリなのか?
・・・ヤシムがくれたから、持ってたんだよ。
オオカミ退治の夜、くれただろう?
どうした?
ヤシム。何で泣いてるんだ?」