第173話 32日目⑩
夜宴。続き。
クズハ 「カモ鍋が、出来上がったわよ。」
ハギ 「カモ鍋が出来たぞー。
ここに置くからー、欲しい者は、取りに来てくれー。
いっぱい有るからなー。」
エニ 「サワガニとカワエビは、いつ獲ったの?」
ハギ 「三日前だったかな。臭く無いだろう? 岩室(いわむろ)のおかげだよ。
さっきのカモシカも、今夜の残りは、岩室で熟成させるみたいだな。」
クズハ 「あれ、凄かったわね。ぶら下げられたカモシカって、暴れないのね。」
エニ 「真っ直ぐこっちに向かって飛んで来るのって、見てると怖いわね。
よくタカジョウは、平気で立っていられるものよ。」
クズハ 「カモシカの骨髄を煎ったわよ。お酒の肴ね。
これだけ取り分けたから、クマジイの所に持って行ってあげて。」
サチ 「カモ鍋だって。取りにいこうか?」
ミツ 「うん。グリッコも食べたい。」
サチ 「ミツの村の、シジミグリッコは美味しいよね。
ミツは誰と一緒に来たの?」
ミツ 「私は、みんなと一緒に来たんだよ。」
エミヌ 「あの子達、やっとどいたね。」
カザヤ 「今度は、ゴンと遊び始めたよ。ブランコなんて、子供の時以来だな。」
エミヌ 「私も。これ、ぶつからない様に出来てるんだ。オジヌもやるわね。」
カザヤ 「スズムシが鳴いてるなー。ここは、ホタルがいっぱいいるんだぞ。」
エミヌ 「ほんと? ねえ、来年一緒に見に来よう?」
カザヤ 「ああ、そのつもりで、ホタルの話をしたんだよ。」
ハニサ 「カモ鍋、もらいに来たよ。
あ! こんなにあるなら、器ごと、一つ持って行ってもいい?」
ハギ 「持って行ってやるよ。どこだ?」
ハニサ 「あそこの焚火。
サチ! どうしたの? 何で泣いてるの?」
ミツ 「私が、父さんの話をしたら、泣いちゃったの。」
クズハ 「シロクンヌを呼んで来るわ。どこかしら?」
ハギ 「クビレの奥。クマジイ達と居た。」
マユ 「私達のムロヤが襲われた時に、ミツのお父さんが、真っ先に助けに来てくれたの。」
ソマユ 「あいつら、ミツのお父さんの顔に、熱い灰を掛けたのよ。それで・・・」
ソマユが泣き出した。それを見て、ハニサは驚いた。
以前、アユ村の裏の温泉で、その事件でひどい目に遭ったという話をしていた時、
ソマユは全く泣かなかったのだ。
むしろ深刻な表情になっていたのは、ハニサの方だった。
ソマユ 「それで、ミツのお父さんは、目が見えなくなっちゃったの。
眼の、黒い所が、白くなっちゃったの。
眼の中を、ヤケドしちゃったのよ。
私の足は、良くなるかも知れないのに、ミツのお父さんの眼は、もう・・・」
ハニサ 「そうだったの。ヌリホツマでも無理かな?」
マユ 「さっき聞いたのよ。やっぱり無理だって。」
シロクンヌ 「サチはどこに居るんだ?」
ハニサ 「洞窟の中で折り葉をする様に言っておいた。」
ハギ 「今見て来たけど、もう泣き止んで、二人で遊んでいたよ。
それにしても、とんでもなく酷い奴等だったんだな。」
マユ 「その事件以来、ミツはずっとお父さんのお世話をして来たの。
二人暮らしなのよ。
もちろん、村のみんなも手助けはしてるのよ。今日もそうだし。
ただ、お父さんの方が、何て言うのか・・・」
ソマユ 「村に迷惑を掛けてるって思い込んでしまっているの。
狩りや漁が巧かったのだけど、もうできないし・・・」
マユ 「ふさぎ込んでいるのよ。」
シロクンヌ 「漁と言ったが、湖だろう? どんな漁なんだ?」
マユ 「投網が多いわね。後は、魞(えり)。」
シロクンヌ 「網はどうしていたんだ? 自分で作っていたのか?」
マユ 「ねえー、マグラー、ちょと来てー。」
マグラ 「なんだ?」
マユ 「タガオ(男・32歳)って、漁の網は、自分で作っていたの?」
マグラ 「ああ、そうだよ。一体どうしたんだ?」
マグラ 「そうだ。もっと言えば、イラクサを採りに行くところからだ(笑)。」
シロクンヌ 「では、撚(よ)れるし、綯(な)えるのだな?
それなら、使い慣れた道具、網針(あばり)や目板、打ち棒や打ち台があれば、
目など見えなくても、イラクサが有れば網は編めるよ。
もちろん、最初は失敗するだろうし、練習は必要だろうが。」
マグラ 「そうか! タガオなら、きっといろんな物が作れるぞ!」
シロクンヌ 「あと、按摩(あんま)も覚えると、村人から感謝されるはずだ。
疲れた時にテイトンポに揉んでもらってみろ。
気持ち良くて、うっかりしてるとヨダレが垂れるぞ。」
マグラ 「そうだな。今まで通りとは行かんが、タガオさえその気になれば・・・
甲斐甲斐しく世話をしているミツを見ていると・・・
丁度おれの網が破れているから、帰ったらタガオに修理を頼んでみるよ。
網の修理は、村で一番上手かったんだ。」