第189話 35日目①
翌朝、フジのシロの里の者12名がやって来て、飛び石付近で、
シロクンヌ、テイトンポ、イナと、打ち合わせをして、持ち場に散って行った。
曲げ木工房。
イナ 「クンヌ、ちょっとサチと狩りに行きたいんだけど、いいかしら?
ブリ縄の、女登りも教わりたいし。」
シロクンヌ 「ほう、いいぞ。
サチ、行って来い。」
サチ 「はい。」
ハニサ 「さっきの人達、女の人も何人か居たけど、あの人達がハグレに扮装するの?」
シロクンヌ 「ハグレ役は、あの中の3人だ。
あとは手伝いで、二人一組になって、6ヶ所で張り屋を作るんだ。
9人は、その後フジに帰る。
ヲウミから来る3人も含めて、ハグレ役は6人共男だよ。」
ハニサ 「ムロヤではなく、張り屋なの? 冬は凄く寒いんだよ?」
シロクンヌ 「我慢比べを競い合う訳では無いからな。
寒さに震える住まいでは話にならん。
張り屋と言ってもしっかりしておって、
狭いというだけで、むしろムロヤよりも暖かいと思うぞ。
ただ、そういう居心地のいい張り屋にする為には、準備に手間がかかる。
まず大きく火を焚いて、灰をたくさん作る。その灰を撒いて、虫除けの地面を作る。
河原から石を何十も運び込むし、河原で萱(かや)を刈り取り、それも運び込む。
萱や木の皮で、外の冷気を防ぐんだ。」
ハニサ 「石は何に使うの?」
シロクンヌ 「まずは石壁炉だ。胸くらいまで石を積み上げて、焚き火は壁のこっち側でする。
向こうに壁があれば、こっちは一層暖かい。
そして、それがそのまま焼き石になる。
柴を拾って来て火を焚くだろう。それだけでは火が消えればすぐに寒くなる。
だから、石を焼いておくんだ。
寝床の横を掘っておいて、焼き石をいくつも放り込む。
明り壺なら使えるが、張り屋の中では火は焚けん。
焚けばすぐに火事になる。
火事にならんでも、息が苦しい。
だからそういうやり方で暖を取るんだが、狭いからそれで充分暖かいんだ。」
ハニサ 「へー、そうなんだね。」
シロクンヌ 「それに、石は焼けば割れやすくなる。
薄く割れる石もあって、木の皮を切ったり、楔(くさび)につかったりできるだろう?
あとは張り屋とは別に、雨除けの屋根を作って、濡らしたくない物はそこに置く。
それに雪除けなんかも作る。それはその場所によって工夫して作る。
そういう作業を、二人一組でやる訳だ。」
ハニサ 「食べ物はどうするの?」
シロクンヌ 「自分で何とかする。
ハグレを装って何をするかと言えば、
歩き回って、もしハタレに動きがあれば、それを察知するのが役目な訳だ。
その間に狩りをしたり、ヤマイモを掘ったり、
柴を拾ったりやフジヅルを集めたり、縄をなったり、草履を作ったり・・・
黒切りやカモシカの冬毛の毛皮など、最低限の物は持参しているが、
ほとんどの物は現地調達だ。
器も自分で焼くし、そうやって他人とは口を聞かん生活が何日も続く。」
ハニサ 「うわー、なんだかあたしの為に、申し訳ない気がする。」
シロクンヌ 「これは、ハニサの為と言うより、トコヨクニの為にする事だ。
シロのイエの者なら、喜んでやるよ。」
テイトンポ 「シロクンヌ、ヒノキの皮をもらうぞ。蒸し室を作る。
オジヌ、そこの山積みを、ごっそり持って来い。」
シロクンヌ 「まったく、かなわんな。いいぞ、オジヌ、持って行け。
テイトンポ、あさってオジヌを借りてもいいか?
造成の手伝いをしてもらう。」
テイトンポ 「ムロヤを五つ、作るんだってな。
いいぞ、オジヌ、手伝ってやれ。」
オジヌ 「うん、分かった。おれも樹を伐っていいでしょう?
股関節を畳むやり方を、完全に覚えたいんだ。」
シロクンヌ 「もちろん伐ってもらうさ。
そうだ、シオラム、明日タガオと言う者が来るのだが・・・」
シオラム 「目が見えんのだろう?
おれに出来る事は何でもやってやるさ。」
シロクンヌ 「すまんな。よろしく頼む。」
シオラム 「ミツと飛び越しで勝負するのが楽しみでな。」
アコ 「あれ? ねえ、スッポン池の横の砂地に、掘られた跡がない?」
テイトンポ 「有るな。ひょっとすると・・・そっと、掘ってみるか・・・」
ヤッホ 「アニキ、斧石だけど、こんな感じでいいかい?」
シロクンヌ 「ああいいぞ。ヤッホは器用なんだな。
そうだ、ヤッホ、割った石の破片から、ノミを作りたい。
丸太に、この枝がスッポリと差し込める穴を開けたいんだ。」
ヤッホ 「分かったよ。良い破片が出れば持ってくるよ。
何か作るのかい?」
シロクンヌ 「ウマを作ろうと思ってな。またがってやる作業台だ。」
(縄文時代に馬はいません。)
テイトンポ 「卵だ! スッポンが卵を産んだ! オジヌ、サラを呼んで来てくれ!」
サラ 「全部で20個あるね。ここで孵(かえ)るかな?
父さん、10個は他の場所に移そうか?」
テイトンポ 「どういう場所に移すのだ?」
サラ 「ここよりも、もう少し暖かい場所。
ここは水が暖かいだけで、外の砂地はそれほどじゃないでしょう?」
テイトンポ 「なるほど、そうだな。どこがいいかな・・・」
ハニサ 「池の中では駄目なの? 暖かいんでしょう?」
サラ 「水中は、駄目だと思う。普段水中にいる生き物が、わざわざ外で卵を産むのだから。
父さん、卵は、触って無いでしょう?」
テイトンポ 「砂を掻いている時に、少し触れた程度だ。」
サラ 「それなら良かった。卵はね、上下が有ったりするの。
ひっくり返すと死んじゃうかも知れない。
カゴに布を敷いてここの砂を入れるでしょう。そこに卵を入れる・・・
そして、この湿り気を保持するとして・・・
問題は、そのカゴをどこに置くかよね。
夏の曇った日くらいの暖かさの場所ってどこかに在る?」
シオラム 「夜は、大ムロヤの炉から、ある程度離れたら、それくらいだな。」
ヤッホ 「さっき話してた、ムシムロって言うのではダメなのかい?」
テイトンポ 「いいかも知れんな! 卵用の、持ち運び出来る小さな室か。」
サラ 「砂だけよりも、さらに囲った方が温度が安定しそうだね。
半分の10個はこのままにして、残りはそうやって炉のそばに移動させようか。
ここには目印をして、最後に砂をきれいに均(なら)しておく。
また産むかも知れないから、その時見つけやすい様に。」
そこにサチが走って来た。
サチ 「イナが大きなイノシシを仕留めたの。運ぶのを手伝って欲しいって言ってる。
すごく大きいよ。」
テイトンポ 「弓矢でか? まったく、大した女だぞ。」