第190話 35日目②
夕食の広場。
ムマヂカリ 「あんなにデカいオス、よく二人だけで狩れたな。」
オジヌ 「おれ、あんなにデカいの、初めて見たよ。」
ヤッホ 「重かったんだぞ。工房に男手がいっぱいあったから良かったけどさ。
河原の作業場まで、苦労して運んだんだ。」
アコ 「ヤッホはワッショイ踊りを踊ってただけじゃん。」
ヤッホ 「あれでみんなの息が合うんじゃないか。」
ハギ 「ハハハ、でも、怖くなかったか?」
イナ 「樹の枝の上から射たの。それに、半分以上、サチのお手柄よ。」
ムマヂカリ 「サチは何をやったんだ?」
サチ 「私はカブテを投げただけだよ。」
ムマヂカリ 「しかし、あんなにデカければ、カブテはなかなか効かんだろう?
それに矢だって、一発刺さったくらいでは、そのまま逃げてしまうんじゃないか?」
ハギ 「下手をすれば、こっちに突進して来るよ。よく二人だけで仕留めたな。」
イナ 「サチにブリ縄を教えてもらおうと思って、工房の東の山に二人で行ったの。
そしたらアレが居たのよ。
急な斜面で必死に地面を掘って、何かを食べてるじゃない。
その斜面の下は水場になっていて、ぬかるんでいるの。
そこで二人で作戦を立てたのよ。
あんな大きなオス、手負いにしたら大変でしょう?」
ムマヂカリ 「そうだな。方々で暴れ回るかも知れん。
手を出さずにおくか、やるなら完全に仕留めんとマズイな。
それでイナはどうしたんだ?」
イナ 「あたしは、そのぬかるみの近くに生えている樹に登って待ってたの。」
ハギ 「それで、サチはどこに居たんだ?」
サチ 「私は、横。山なりのカブテが届く、ぎりぎりまで離れた所。
イノシシは斜面を登る時みたいに、頭が斜面の上を向いていたから、
その鼻先にカブテを落としたの。だから、イノシシには当てて無いよ。」
ムマヂカリ 「そう言う事か! 当てれば、上に逃げるからな!」
イナ 「驚いたイノシシが、下に逃げ出したの。
でもイノシシは、斜面下りが苦手でしょ?
走る間も無く、すぐにつまずいて、転がり始めた訳。そしてぬかるみにハマったの。
そこを、樹の上から射たのよ。一射目で心臓を射たと思うわ。
でも、ハマってるイノシシは誰でも射殺す事ができても、
鼻先にカラミツブテを落として、イノシシを飛び上がらせる事なんて、
サチ以外には出来ないわよ。」
ムマヂカリ 「なるほどなあ、そんな作戦、よく思いついたなあ。」
ハギ 「当てる以上の効果を出す訳か。」
サラ 「先生が大喜びしてたよ。良い脂がいっぱい採れたって。」
ハニサ 「塗り薬に使うんだね。」
シロクンヌ 「サチ、ヒザに来い。
そう言えば、サラ、ミツバチはどんな具合だ?」
サラ 「いろいろ試してるよ。ハギに底とフタを作ってもらったの。
ミツバチの出入り口をどこに作ろうかと悩んだけど、一番下に穴を開けてみた。
底のすぐ上の部分。
今ね、そのミツバチのムロヤを、ソバ畑に置いているの。
ソバの花にミツバチがたかってるから。」
ハニサ 「ミツバチのムロヤって、こないだシロクンヌが桜の皮で作った筒でしょう?
それをソバ畑に置くとどうなるの?」
サラ 「その筒が気に入れば、そこに引っ越してくるんだよ。筒の中に巣を作るの。」
ハギ 「ホコラが春にウルシ林に持って来るだろう? あれだよ。」
サラ 「だけどまだ成功してないから、私のやり方が間違ってるのかも知れない。
だから、いろいろ試しているの。」
イナ 「それは、ミツバチを飼うっていう事なのかしら?」
サラ 「そうだけど、エサをあげたりするんじゃないよ。
犬もイシガメもスッポンも、飼うとエサを欲しがるんだけど、ミツバチは違うと思う。
巣を作りたくなるような場所を与えてあげるの。」
イナ 「その場所というのが筒な訳ね? 筒は今、いくつあるの?」
サラ 「今はまだ一つだよ。こないだ始めたばかりだし。」
イナ 「成功すると、ハチミツがなめれるの?」
サラ 「うん。」
イナ 「クンヌ、何で一個しか筒を作らないのよ。
もっといっぱい作ってあげればいいじゃない。
一体、何やってるのよ!」
シロクンヌ 「そ、そうだな。そういう事なら筒は多い方がいいな。
しかし桜の皮となると・・・
だが筒もいろんなのがあっていいんだろう?
丸太でやってみたり、他の皮でやってみたり・・・」
サラ 「うん。いろいろ試してみたいから。」
シロクンヌ 「じゃあ旅立つ前に、いくつかこしらえるよ。
そう言えば、イナはハチミツに目が無いんだったな(笑)。」
サラ 「ありがとう。成功したら、イナにもいっぱいハチミツあげるね。」
イナ 「わー楽しみ! クンヌ、ハチの気持ちになって、筒を作るのよ。」
シロクンヌ 「ハチの気持ちかー、まあ、やれるだけ、やってみるか。」
サチ、明日は、父さん、ミツ達を迎えに行くが、サチは何をする?」
オジヌ 「ねえ、もし出来たら、ヒノキの皮剥ぎをサチから教わりたいんだけど・・・」
シロクンヌ 「そうか! テイトンポに取り上げられたんだった。
サチ、オジヌと皮剥ぎに行ってくれ。
余った時間は、好きにすればいい。」
サチ 「はい。父さん、明日の夜、私、大ムロヤで寝てもいい?」
シロクンヌ 「ああ、いいぞ。」
ハギ 「ハハハ、サチは嬉しそうだな。ところで、スッポンが卵を産んだんだって?」
イナ 「え? ホント? いつ孵(かえ)るの?」
サラ 「イシガメはふた月くらいだったから、スッポンも同じくらいで孵るかも知れないね。
でもカメは鳥と一緒で、交尾しなくてもメスは卵を産むから、それが少し心配。」
ハニサ 「そういう卵は孵らないんでしょう? 見分ける方法って無いの?」
サラ 「たぶん、少し経てば分かると思うよ。光に透かすの。
交尾した卵なら、中にいるのが透けて見えるよ。」
シロクンヌ 「交尾はしておるだろう。飼い主がテイトンポだぞ。」
ムマヂカリ 「ワハハハ、確かにな。」
エミヌ 「お待たせー。湯がいた脳を切り分けたよ。
イノシシって脳が小さいから、普通はみんなに行き渡らないけど、
今日のは体が大きかった分、脳も大きかったの。少しずつだけど、全員に分けた。」
ヤシム 「こっちはキモ焼き。アコのタレ付き。
心臓は、アコのタレを栗実酒で割って、それにヅケにするから明日だって。」
イナ 「これがアコのタレね。美味しいわ!
シシ脳も上手に湯がいたわね。
茹ですぎると、硬くなるのよ。」
エミヌ 「へへー、慎重に茹でたんだよ。」
シロクンヌ 「エミヌがやったのか?
巧いもんだ。いい具合にキッコも効いてるな。」
ヤシム 「エミヌは料理上手になるのよね?」
エミヌ 「うん、洞窟で会った時、カザヤに美味しい物を食べさせてあげたいもん。」
オジヌ 「姉ちゃんにしては、美味しいな。」
エミヌ 「生意気言うと、取り上げるよ!」
オジヌ 「もう食べちゃったよ。
おれ、夜稽古があるから、もう行くね。」
イナ 「あたしも見に行く。」
ハニサ 「オジヌ、頑張ってね。」