第204話 42日目⑨
入口の洞窟。クビレの奥。夕食。続き。
シオラム 「ソマユ、おれと場所交代するぞ。タガオの隣がいいだろう?」
ソマユ 「そうね。ありがとう。タガオに取ってあげられるものね。」
コヨウ 「ねえねえ、だけどお爺ちゃんだって、オロチに狙われるんじゃない?」
オジヌ 「そうだよ。早くオロチが捕まればいいけど・・・」
イワジイ 「わしは大丈夫じゃ。あ奴はわしを見つけられんわい。」
アシヒコ 「ほう、そりゃまたどうしてじゃろ?」
イワジイ 「あ奴の前では、わしはこんな顔をしておったからの。」
イナ 「アハハハハ、なにその顔?」
イワジイ 「のう、ミツ。」
ミツ 「うん。うふふ、私、あはは、途中で顔が変わったから、びっくりしたもん。」
タカジョウ 「なんだ?爺(じい)にはそんな特技があったのか!あははは、こっけいな顔だぞ。」
ヌリホツマ 「兄者は子供時分からあの顔が得意でな、あの顔で随分な悪さをしたんじゃぞ。」
イワジイ 「しもうた!ススがおる事を忘れておった!」
コヨウ 「ねえ、お爺ちゃんは何したの?」
ヌリホツマ 「スソめくりじゃよ。おなごのな。
あの顔をして、おなごの服のスソをめくり上げるんじゃ。」
コヨウ 「わー!お爺ちゃん、工ッチだ!」
イワジイ 「子供時分の話じゃよ。今はもう枯れておる。
しかし誰にもバレんかったのが、シップウには気付かれたわい。
シップウは、襲われておるのがわしじゃと気付いておったと思う。
やはりシップウは凄いのう。」
タカジョウ 「襲われながらも、そのこっけいな顔のままでいた爺も凄いぞ。」
シオラム 「ワハハハ、まったくだ。」
タカジョウ 「しかし、だからイワジイと名乗ったのだな?
黒切りの里では、別の名で呼ばれているだろう?」
イワジイ 「ジジイと言われたから、つい口をついて出たんじゃが、呼ばれてみると座りがいいのう。
ここではイワジイでいいじゃろ。」
エミヌ 「ねえ、さっきシロクンヌは特産品の宝庫だって言ったでしょう。
ヒスイ以外に何があるの?」
原石を加工して、斧石の形で大、中、小と作っている。小はノミだ。」
ササヒコ 「斧石?石斧の石が特産品なのか?どこにでもあるだろう。」
イワジイ 「ネフ石で出来ておるんじゃよ。
ネフ石はヒスイの兄弟石でな、ヒスイの里で採れるんじゃ。
ぶつけ合った時の堅さで言えば、ヒスイと変わらんのじゃ。とにかく割れん。
トコヨクニの石の中で、一番割れん石だと思ってもらってよい。
ただ引っかき合った時の硬さは、ヒスイの方が硬い。
ヒスイの方が、傷がつかんと言う事じゃ。
つまりネフ石は、割れはせんが、ヒスイよりも研ぎやすいんじゃよ。」
(ネフ石=ネフライト)
シロクンヌ 「だからネフ石は、研ぎがいがある。滅多に欠けんし、欠けてもまた研げばいい。
例えばムロヤを作る時に竪穴を掘るだろう。ウルシ村なら何で掘る?」
ササヒコ 「掘り始めは、シカの角だ。掘り進めば、石の掘り器を使う。」
シロクンヌ 「土中の石にぶつかると、掘り器の石が割れるから、シカの角で掘り始める。
そうだよな?」
ササヒコ 「そう言う事か。割れん石の掘り器であれば、最初からそれで掘ればいい。
すると穴掘りがずいぶん楽になる。」
よく割れた。
ネフ石を斧として使うなら、割れんからもっと研げるんだ。
樹への食い込みが違う。
切り株の毛羽立ちも少ない。」
ハギ 「おれ達は、飛び石の川原石に慣れ切っているから、
石が割れるのは当たり前だと思っていたよ。」
カタグラ 「アユ村でも、シカの角で掘り始める。話を聞くと凄い石だな。」
シロクンヌ 「そう言えばハギには、以前、ネフ石の原石を一個やったじゃないか。」
ハギ 「何だって?」
サラ 「あれがそうじゃない?瑪瑙(メノウ)で石包丁作る時に、瑪瑙を割った石。」
ハギ 「あれがそうなのか!確かにあれは堅い。」
シロクンヌ 「あの時、石の名前は教えなかったな。あれがネフ石なんだ。
カワセミ村の職人は、あれを斧石の形に加工するんだよ。
木を割く時の楔(くさび)、それだってネフ石が最高なんだ。
サチと渡りアゴの加工をした時も、ネフ石のノミがあればなあと思ったよ。
しまったなー。ネフ石をウルシ村まで持ってくれば良かった。」
ハニサ 「どこかに置いて来ちゃったの?」
そこでサメ皮とサメの歯と、ネフ石とヒスイを手に入れて、
自分の舟は村に預けて、タビンド仲間の舟で西に向かって、
おれだけ途中で降りて、アケビ村に行ったんだ。
ネフ石は大小合わせて12個あったのだが、全部アケビ村に渡して来てしまった。」
イナ 「ネフ石があれば、ミヤコの造成なんかもはかどりそうよね。
ヒスイの里まで行かないと無いの?」
シロクンヌ 「そういう事だな。」
イワジイ 「斧の大きさの物を、わしが四つ持っておる。
今度ここに持って来るから、ウルシ村とアユ村で二つずつ使うたらいい。
その後じゃが・・・
わしが行って、話をつけてやろうかいの。
こう見えて、わしは足腰はしっかりしておる。山歩きで、若い者には負けんぞい。」
タカジョウ 「爺、どういう事だ?話をつけで、どうするんだ?」
イワジイ 「ネフ石はの、見分けるのが難儀なんじゃ。蛇紋岩によう似ておる。
普通の者では、見分けが付けられん。
ヒスイの里でネフ石を研いでおる者は、わしの弟子達じゃよ。
見分け方は、わしが教えた。砥石の在りかも、わしが教えたんじゃ。
わしの弟子でない者は、ネフ石も蛇紋岩も分からずに研いでおる。
ところが蛇紋岩は、もろいんじゃ。斧石としてはネフ石よりも劣(おと)る。」
シロクンヌ 「タビンドの中の半数以上が、ネフ石と蛇紋岩の見分けがつかんな。
だから蛇紋岩を、ありがたい物だと言って渡して行く。困った事だよ。」
イワジイ 「ふむ。わしは弟子達に、ミヤコの造成に一肌脱げとゆうてやる。
研ぎあげたネフ石を、出来るだけたくさんここに持って来させるんじゃよ。
石のツララの洞窟と、なぎ倒しイノシシの牙の話を聞かせれば、
争ってここに来たがるじゃろうな。
カタグラや、その時は面倒を見てやってくれの。」
カタグラ 「ああ、そんなのは任せてくれ。
ここには女神の器がたくさんあるし、栗実酒もたっぷりある。
もてなしには事欠かんさ。面白い話が聞けそうで、楽しみだな。」
ナジオ 「その時はおれも呼んでくれ。」
ハギ 「おれも。」
カザヤ 「おれも来るぞ。」
エミヌ 「じゃあ私も。」
サラ 「私にも教えて。」
カタグラ 「分かった分かった。両方の村に知らせを出す様にする。」
シロクンヌ 「テイトンポも来るだろうな。」
イナ 「ハニサはあたしが背負ってあげるわよ。」
ハニサ 「ありがとう!」
オジヌ 「ハニサが来るのなら、おれも来ていいよね?」
シロクンヌ 「ああ、そういう事になるな(笑)。」
サラ 「先生、イワジイは先生のお兄さんだけあって物知りだから、あの事を聞いてみたいの。」
ヌリホツマ 「聞きたい事があるのならば、聞いてみたがいい。
知っておれば、答えてくれるじゃろう。」
サラ 「イワジイ、ヒスイの穴ってどうやって開けるの?知っていたら教えてください。」