第209話 43日目③
ウルシ村。夕食の広場。
村人は、珍しそうに、象牙を撫でたりニオイを嗅いだりしている。
クマジイ 「元気そうで何よりじゃ、ほい、グイっとやれい。」
イワジイ 「クマルも元気そうじゃな。曲げ木工房の飾り付けはクマルか?」
クマジイ 「ほうじゃ。まだやり掛けじゃがな。」
イナ 「クマジイの名は、クマルって言うの?」
クマジイ 「エピトラダデサクマルじゃ。」
イナ 「えー!長いのねえ。」
イワジイ 「嘘をつけ!ただのクマルじゃよ。」
イナ 「もー、どっちよ。」
クマジイ 「クマルじゃ。」
シロクンヌ 「ワハハ、相変わらずしょうもない嘘をつくよな。」
イナ 「よくそんな嘘を咄嗟に思い付くわね。感心するわ。」
ハニサ 「あたしも、それ思った(笑)。」
シロクンヌ 「サラ、さっき作ってみたんだ。ミツバチの気持ちになってな(笑)。」
サラ 「ありがとう。丸太を割って作ったの?」
シロクンヌ 「ああ、太鼓の作り方と同じだ。
丸太を八つに割って、白太と赤身の堺にクサビを打って割く。
そして白太をまたつなぎ合わせて、タガで締めたんだ。
木の皮よりは重いが、こんな筒もあった方がいいだろう?」
サラ 「うん。樹のウロに似てるし、これ、絶対いいと思う。」
シロクンヌ 「それで良ければ、あと二つ、同じ様なのを作ってやれるぞ?」
サラ 「作って欲しい。」
シロクンヌ 「じゃあ作っておくよ。
タガを外せばバラバラになるから、入口や底板なんかの加工をした後で、
ニカワか漆でくっ付ければいい。」
ハギ 「見せてくれ。上手に作ってあるなあ。」
テミユ 「アコの身代わり人形を作って来たわ。ハニサが作ったの立派ねえ。紋様も細かいのね。」
ハニサ 「あれ、結構な力作だよ。自分でも気に入ってるの。テミユは今夜、どこで寝るの?」
テミユ 「ハギのムロヤ。サラからネバネバの作り方を教わるんだ。」
イワジイ 「時にテイトンポ、黒切りの里の若いのを一人ここに寄こしたいんじゃ。
そやつに、木曲げと眼木作りを教えてやってくれんか?」
テイトンポ 「ああいいぞ。河原を掘って、そいつ専用の湯場を作ればいい。
クマジイも専用の湯場をもっておるんだぞ。
やり方はアコが教えるよ。
コノカミ、いいだろう?」
ササヒコ 「もちろんだ。そうだテイトンポ、昨日の朝言っていた祭の時の腹案、
あれを聞かせてもらえんか?」
テイトンポ 「うん、一つはな・・・」
ヤッホ 「それでサチが一人で潜って行ったのか?」
エミヌ 「怖くなかったの?」
サチ 「怖くはないけど、冷たかった。」
アコ 「あれを持って泳いだのか?」
サチ 「そうだけど、オジヌ達に、縄で引いてもらったの。」
ナジオ 「あれを抱えて泳いだサチはすごいよ。それも潜ってだからな。」
サチ 「横の岩を蹴って進んだの。でもすごく疲れたよ。」
ミツ 「三つあったんだよね。あれよりも長いのが一本あるんだよ。」
ヤシム 「それはどうしたの?」
オジヌ 「長い一本は洞窟で保管するんだ。
あれと対のやつは、アユ村の人達が洞窟に取りに行く事になってる。」
ムマヂカリ 「石ツラ道を通れたのか?」
アコ 「そうだ、あんなの通れないだろう?」
オジヌ 「それが通れたんだよ。ツララも折ってないよ。」
ヤッホ 「牙であの大きさなら、薙ぎ倒しイノシシの体は大ムロヤくらいはあるよな?」
ムマヂカリ 「間違いなくある。で、ナジオ、そいつは海の向こうから、泳いで来たのか?」
ナジオ 「おれはそうじゃないかと思ってるよ。」
エミヌ 「海の向こうには、そんなのがいっぱいいるの?」
テミユ 「ナジオ、テイトンポが呼んでる。聞きたい事があるんだって。」
テイトンポ 「飛び石の川で、川下りをやろうと思っておるんだ。
飛び石よりも上流でな。
祈りの丘とウルシ林の間の崖から下りた辺りが出発点だ。
流れが左に大きく曲がっておるだろう?あの急流を丸木舟で下る。
そこでナジオに相談だ。多少岩にぶつかっても、壊れん様な丸木舟を作れるか?」
シオラム 「丸木舟は、二人乗りや三人乗りでもいいが、出来れば五人乗りだそうだ。」
ナジオ 「下るだけで、漕がなくてもいいって事?」
テイトンポ 「そうだ。出発点から飛び石までの急流下り、それだけだ。竿で操作しながら下る。」
ナジオ 「面白そうだね。出来ると思うよ。舟の前部に当タリを取り付ければいいんじゃない?
当タリは割れるかもしれないけどね。
船べりにも付けた方がいいかも知れない。
流れに乗って下るだけなら、ゴツイ舟でもいいと思うんだ。」
シロクンヌ 「そうか!舟を守る板を付けるんだな?」
タガオ 「竹で囲うのも有りなんじゃないか?」
ヤッホ 「アニキ、何の話だい?」
ササヒコ 「来年は、試しに明り壺の祭りから光の日までの四日間を、
全部祭りにしようかと思っておるんだ。
そこでその間、何か楽しめる催しが無いかとテイトンポに相談しておったのだ。」
テイトンポ 「それでおれが言ったのが、舟下りだ。舟は何艘か用意する。」
ムマヂカリ 「しかし飛び石から出発点までは、舟を漕いで上るのか?」
テイトンポ 「いや、曳(ひ)いて運ぶんだ。ハニサが言っていたソリだ。
雪は無いが、滑らかな道があれば、木の皮に乗せて引けば滑るだろう?
手で持って運んでもいいがな。
だが飛び石から村の入口までは、木の皮の道を作っておけば、
何かと便利だと思うぞ。」
ハニサ 「女の人二人でも、引っ張れば運べる物って多いんじゃない?」
テミユ 「ソリって、なに?」
ハニサ 「サチに教えるもらったの。ミヤコのやり方。サチ、教えてあげて。」
サチ 「雪を利用して・・・」
イワジイ 「なるほどのう・・・雪は利用する物なのじゃな。クマルよ、勉強になったの。」
クマジイ 「そりゃあテイトンポの言う通りじゃ。やってみたがいいぞい。
シナノキの一本剥きの皮なども、上手に乾かせば、相当持ちゃあせんかな?」
シロクンヌ 「二枚を張り合わせてもいいしな。」
サチ 「父さん、道に竹を敷くのは?半分に割った竹の道。」
シロクンヌ 「竹か!竹の上の方が滑るかも知れんか。外節を削れば引っ掛からんな。
檜皮敷きでもいいかも知れん。檜皮道だ。」
ササヒコ 「いろいろ試してみるか。木の皮の道はやってみよう。」
テミユ 「これ、絶対アユ村でも使える!」
アコ 「それで川下りだけど、その間は、相当な急流だよ?」
テイトンポ 「急流でなければ、やっても詰まらんだろう?」
アコ 「そういう事か・・・」
エミヌ 「きっと恐いよね?恐い所がいいんだよね?」
ナジオ 「おれは、やってみたいよ。」
オジヌ 「おれもやりたい。」
アコ 「あたしも産んだらやる。」
テイトンポ 「やりたい者、手を挙げてみろ。」
全員が、手を上げた。