第212話 44日目②
ブナの森。続き。
シロクンヌ 「熊だ。まだおれ達に気付いていないな・・・
他の樹も見てくれ。別の熊がいるかも知れん・・・
しかし、夢中になって食っておるな(笑)。」
オジヌ 「ここから見える範囲には、いないみたいだね。」
ヤッホ 「アニキ、どうする?」
シロクンヌは、手近な枝を音を立てない様、慎重に折った。そして小枝を掃った。
一握りほどの太さで、背丈より少し短い、真っ直ぐな枝だ。
シロクンヌ 「あの熊を、樹から落としたい。もう少し近付くぞ・・・
よし、おまえ達はここでいい。おれはあそこまで行く。
おれが合図したら、一斉にあの熊目掛けて、模擬矢を射てくれ。何発もな。
ただし、樹の上にいる時だけだ。地に着いた熊を射てはいかんぞ。」
ヤッホ 「アニキ、射るのは模擬矢じゃないだろう?」
シロクンヌ 「模擬矢だ。矢じりの付いた矢を使うのは、おまえ達に危険が迫った時だ。
外れてもいいから、熊を慌てさせろよ(笑)。」
カイヌ 「緊張するなあ。」
ヤッホ 「アニキは枝だけ持って行くのか・・・」
シロクンヌが合図をすると、三人は一斉に模擬矢を射た。
模擬矢は当たっても刺さりはしない。
現地にある樹から枝を折って作る、即席の矢なのだ。
したがって、無限に作る事ができるが、命中率は低いし、殺傷能力も低い。
だから三人の放つ矢の半分以上が外れている。
それでも熊は、樹を降り始めた。
そこへシロクンヌが放ったカラミツブテが命中した。
興奮した熊が、慌てて樹を降りて来る。
それに向かって、シロクンヌは猛然と突進した。
熊も気配を察し、地に足を付けるとすぐさま立ち上がり、
前足を上げて襲い掛かる姿勢を取った。
シロクンヌは真っ直ぐに突進し、脇に挟み持った木の枝を、
その勢いのまま、体ごと熊の脇腹に突き立てた。
熊はもんどり打って倒れ込み、後ろに転がって樹にぶつかった。
そこで立ち上がる素振りを見せたが、すぐにくずおれた。
そして舌を出し、そのまま動かなくなった。
ヤッホ達三人はあっけに取られ、しばらく呆然としていた。
シロクンヌ 「手伝ってくれ。一応、血抜きしておくか。」
ハギ 「ん?あそこに見えるの、サチが付けた輪じゃないか?」
ムマヂカリ 「そうだ。という事は、あそこをシロクンヌ組は横切ったのだな。」
テイトンポ 「待て、血のニオイだ。」
クマジイ 「何じゃと!」
ムマヂカリ 「ホントだ・・・獣の血だな。どっちだ?」
ハギ 「あれは熊棚か?・・・その下に、黒い物がぶら下がってるぞ!」
ムマヂカリ 「熊だ。血抜きしたんだ。誰の仕業だろうか?」
テイトンポ 「肋骨が折れておる。血抜き意外に外傷は無いよな?」
クマジイ 「そうじゃな・・・腹を裂いて液を採るが、よいかの?」
テイトンポ 「ああいいぞ。
熊刺しだ。シロのイエの技だよ。やったのは、シロクンヌかイナだ。
棒で突いて、肋骨を折って、その肋骨で心臓を刺すんだ。」
イナ 「いるわね。」
シオラム 「どっちの樹だ?」
イナ 「右よ。右の樹の左側。中ほどに、太い枝があるでしょう?
こっちの様子をうかがってるのよ。」
ササヒコ 「あれだな。」
ナジオ 「あいつか!狂暴な目をしてるなあ。」
シオラム 「兄貴、どうする?」
ササヒコ 「射殺しておいた方がいいな。人に害をなす。」
イナ 「二人で同時に射ましょうか。カモの時みたいに。」
ササヒコ 「今回は標的は一匹だがな。」
イナ 「黄色くなった葉っぱと似た色してるから、分かりにくいわね。」
シオラム 「オオヤマネコとは言うが、あいつは相当大きいぞ。」
ササヒコ 「当たっただろう?落ちて来んな。」
ナジオ 「一本の矢が、毛皮を通して樹に突き刺さってるんだ。
もう死んでるみたいだよ。毛皮を採るんだろう?
樹に登って、矢を抜かなきゃ。」
イナ 「しょうがないわね。ブリ縄で登るから、シオラムとナジオは向こう向いてて。
サチから、女登りを習いそびれてるの。」
シオラム 「兄貴は向かせなくていいのか?」
イナ 「・・・・・」
おれが以前に焚いた火の跡しか無かったし・・・」
オジヌ 「あれ?イナが樹に登ってない?」
ヤッホ 「オロチがいたのか?」
シロクンヌ 「どうしたんだ?オロチか?」
ササヒコ 「いや、オオヤマネコを射たんだが、矢で樹に縫い付けてしまってな。
イナが矢を抜きに行っておる。」
イナ 「クンヌ達も向こう向いてよ。今から下りるんだから。」
シロクンヌ 「そういう事か・・・分かった。おいみんな、後ろを向くぞ。」
イナ 「まだよ。見ちゃダメよ・・・向こう向いてて。
ふう、いいわよ。」
シロクンヌ 「これか。大きいな。
きっとこれはあれだぞ、さっき見たムササビを・・・」
ヤッホ 「アニキ、カイヌの様子が変だ。」
オジヌ 「カイヌ、どうした?目が回ったのか?」
シロクンヌ 「待ってろ。今背中から降ろすから・・・」
イナ 「背中から・・・?クンヌが後ろを向くと、カイヌは・・・?
カイヌ、あなた、見てた?」
カイヌ 「だって、上を見るのが、ぼくの役目だったから・・・」
そこにテイトンポ組も合流した。
テイトンポ 「どうしたイナ?顔が真っ赤だぞ。」
クマジイ 「カイヌはどうしたんじゃ?鼻血が出ておるぞ!」
イナ 「バカクンヌ!おっちょこちょい!あー恥ずかしい。」
ムマヂカリ 「いいのが一発入ったな(笑)。」
クマジイ 「イナは熊よりも恐ろしいのう(笑)。」
シオラム 「兄貴、浮気は出来んぞ(笑)。」
ササヒコ 「目に見えん動きが混ざっておった・・・」
電光石火の鉄拳制裁が、シロクンヌを襲っていた・・・