第213話 44日目③
ブナの森。続き。
テイトンポ 「ここまでの情報交換をしておくか。
まずあっちの方角で、熊棚のある樹に熊がぶら下げられていた。
あれをやったのは、シロクンヌか?」
シロクンヌ 「そうだ。(目の周りにアザを作っている)
熊棚も熊もカイヌが見つけてな、4人で倒した。
そこよりも手前で、ムササビの死骸を見つけた。
新しい物だったが、多分オオヤマネコの仕業だ。樹の枝に痕跡があった。
その後、アケビの谷と山ブドウの所まで行ったのだが、
不審な点は何一つ見つけられなかった。
だからおれ達は、森の中は、まだそれほど歩いていない。」
テイトンポ 「分かった。おれ達は一回目の森横断の途中で、さっき言った熊を発見した。
熊からは液だけ採って、そのままにしてある。
そして今は二回目の森横断の途中だ。
熊のフンがやたらに多いな。
向こうの方でオオヤマネコも見たが、ヒトの痕跡らしきものは見つけておらん。
猿の死骸があったが、これは少し古い。それ位か・・・」
ササヒコ 「わしらは森横断三回目の途中だ。ヒトの痕跡は見ておらん。
一回目の終わり掛けに、熊棚を二つ見つけた。数日前に作られた物だと思う。
二回目の半ばで、猿の死骸を見つけた。新しい物だから、別の猿だな。
食い散らかされておって、最初の下手人は判然とせんな。
獣のフンは確かに多い。」
クマジイ 「ここで怪我人が、傷を癒すのは無理じゃろう・・・」
シロクンヌ 「そうだな。獣に襲われるだろうな。ひと月前とは様相が違う。
ブナの実にたかる生き物と、それを狙う者達であふれ返っている。
こうまで変わるとはな。」
ナジオ 「でもすごいよな。この実が全部食えるんだろう?拾うだけでいいんだよな?」
ハギ 「毎年こうならいいんだけどな(笑)。」
ナジオ 「来年ここに来ても、一粒も生ってないかも知れんのか・・・」
クマジイ 「来年だけじゃのうて、この先5年は不成りじゃろうな。」
イナ 「ここからは、みんな一緒に動いた方がいいんじゃない?」
クマジイ 「熊の所に戻った方がよいぞ。」
ササヒコ 「よし、では全員でそこに行こう。その付近でブナの実を採る事にする。」
カイヌ 「ねえ、あそこにまた熊棚があるよ。熊もいる!」
イナ 「どこ?」
カイヌ 「ちょっと遠いよ。こっそり近づいてみる?」
ササヒコ 「音を立てずに近づくか。」
テイトンポ 「あれだな?よく見つけたな。かなり高いぞ。」
ハギ 「あれか。どうする?」
ムマヂカリ 「一丁、おれにやらせてくれ。」
ウルシ村。夕刻の広場。
鍋用の火が熾きていて、狩りに参加した11人がそれを囲んでいる。
狩りの慰労会だ。
ハギは、帰村せずに熊の液を洞窟に運び、そこで泊まる事になっている。
皮付きのまま炙られたブナの実が木の大皿に満載されていて、
栗実酒のカメが置かれていた。
ササヒコ 「今日はみんな、ご苦労だった。
オロチは見つからんかったが、熊2頭、オオヤマネコ2頭、
そして背負いカゴに10杯のブナの実の収穫があった。
怪我も無く、無事に戻ってこられた。」
テイトンポ 「シロクンヌは、目の周りにアザを作っておるぞ。」笑いが起きた。
ササヒコ 「ワハハ、まあな。今、女衆が熊汁をこしらえてくれておる。
夕食の時には、武勇伝も語らねばならんだろう。
それまで、栗実酒で疲れを癒しておってくれ。
オジヌとカイヌ。今日はよくやってくれた。
この先、立派な狩人になれよ。
今日は特別だ。注いでやるから、ヒョウタン酒器を持ってここに来い。」
シオラム 「これこれ。こうやってチマチマ食うのが旨いんだ。」
クマジイ 「ブナの実は、炙って食うのが旨いのう。炙り加減にムラがあるところがいいんじゃ。
シオラムは、明日帰るんじゃろう?グイっとやれい。」
シオラム 「おおすまん。クマジイも元気でいろよ。
まあ、おれもこれからは、頻繁に来るだろうがな。」
ムマヂカリ 「シオラムは、皮を剥いて食うんだな。」
シオラム 「おう。シオ村の流儀だ。
おれもこっちにおった頃は、皮ごと口に放り込んでは、
ペッペと皮だけを吐き出しておったがな(笑)。」
シロクンヌ 「皮を剥いて食うのも、やり始めたら夢中になるぞ(笑)。」
ササヒコ 「ところで、熊1頭は、塩の礼に渡そうかと思っておるがいいかな?」
テイトンポ 「それはいいが、どうやって運ぶ?」
ササヒコ 「ムマヂカリとヤッホ、明日、わしとシオラムと一緒にシカ村まで熊を運んでくれ。」
ヤッホ 「いいよ。向こうで一泊だね。」
ムマヂカリ 「ブナの実も、持っていくんだよな?」
ササヒコ 「そうだ。そして今後の打ち合わせをして来る。
ブナの実は、背負いカゴ30杯は渡せそうだからな。
受け渡しの段取りを決めねばならん。」
タマ 「今日はご苦労だったね。熊汁を仕込んだから、ここに鍋を置くよ。火に掛けておくれ。
煮立ったら、先に食べ始めておくれよ。ぷるぷる煮に少し時間が掛かるからね。」
イナ 「お腹減ったー。早く煮えないかしら。」
シオラム 「そら、イナ、おんな酒だ。シロクンヌ、今日はイナもいいだろう?」
シロクンヌ 「ああ、いいさ。
イナ、煮えるまでツグミの燻しでつないでいろよ。もらって来てやる」
クマジイ 「わしにも頼む。タカジョウに教わった不思議な網は凄いのう。」
イナ 「畑の所に竿を立てて張ってあるアレでしょう?
どうして逃げないのかしら。」
ナジオ 「タカジョウが言うにはね、
鳥は飛び立つ時に、枝とか地面とかを蹴ってから羽ばたくそうなんだ。
しっかりした物を蹴って、体が持ち上がってから羽ばたくんだけど、
網は蹴っても網の方が動くから、体が持ち上がらないでしょう?
だから羽ばたけないらしいよ。」
シオラム 「それが鳥の習性って訳か。」
ムマヂカリ 「くれぐれも、張りっ放しにはするなと言っておったな。
時々見に行って、必要なだけ獲れたら後は逃がしてやって、網を外せって。
放っておくと、網を蹴り続けてかわいそうだからと。」