第226話 48日目④
ハニサのムロヤ。
ハニサ 「・・・アヅミ野という所までは三日なのね。
そこから翡翠海岸までってどのくらいなの?」
シロクンヌ 「アヅミ野は広いからな。抜けるのに1日かかる。
そこまでは、割合に歩きやすいんだ。
その先に湖がある。二つ続けてあるんだが、そこはおそらく筏(いかだ)で渡る。」
ハニサ 「筏を作るの?」
シロクンヌ 「いや、多分、筏が置いてあるんだ。誰もが自由に使っていい筏だ。
竿(さお)も櫂(かい)もある。
丸木舟もあるが、小さいから4人は無理だ。」
ハニサ 「誰か先に来た人が筏を使っちゃって、向こう岸にしか無いって事は無いの?」
シロクンヌ 「それはまず無いんだ。
そこは塩の道にもなっていて筏の数もそこそこあるし、
二つの湖の間に小さな村があって、その村の者がそうならない様にしてくれている。
タビンドにとっては有難い村なんだ。」
ハニサ 「親切な村なんだね。お礼とかしなくていいの?」
シロクンヌ 「前回通った時は、イノシシ狩りを手伝ったな。
今回は、眼木をあげようかと思っている。
水面(みなも)が日の光を反射してまぶしいんだ。
だから喜ばれるんじゃないかな。」
ハニサ 「明りの樹を作る時に、マグラやカタグラがやってたみたいにするんだね。
湖を渡れば、海は近いの?」
シロクンヌ 「いや、そこからが難所続きだ。
少し行くと、ヌナ川という川に出るんだが、その川を下れば海に出る。
だが、とても舟で下れる様な川じゃない。
そして川沿いに、道は無い。谷が深いんだ。
だからどうしても、山越えになる。」
ハニサ 「タビンドだけじゃなくて、塩渡りの人も山越えするの?」
シロクンヌ 「そうだよ。だから遭難しない為の工夫はしてある。
その一つが地図だ。地図があるんだよ。
何に地図が描かれてると思う?」
ハニサ 「えー、何だろう?持ち歩く地図なら白樺の皮に描くわよね。
そういうのが一杯どこかに置いてあるの?」
シロクンヌ 「木の皮に描くのはその通りだが、生えている樹に直接描くんだ。
ブナの樹だよ。あの辺のブナは、皮が白いからな。
だからブナの樹の皮に、直接石で削り込む。
ブナは生育が遅いから、一度削り込めば滅多に消えない。
そんな地図ブナが、何本もあるんだよ。
それを見れば水場も分かるし、迷わない。
それから小屋跡も記してあるんだ。
そこに行けば、以前に野営した者が作った屋根や支柱も残ってる。
少し手を加えれば、たちまち立派な寝床になる。」
ハニサ 「へー、ブナなんだ。ブナの樹って守り神だって言うよね?」
シロクンヌ 「そうだ。夏場に雨を受ければ、幹に水路が出来る。
ブナの幹を水がつたうんだ。
ブナの葉が、枝から幹に向かって水を集めるんだな。
だから、ブナの根元に立てば水が汲める。
でもブナの樹は、西に行くと生えて無いんだぞ。」
あきた森づくり活動サポートセンター
ハニサ 「聞いた事ある。冬でも葉っぱが落ちない樹が多いんでしょう?」
シロクンヌ 「そうだ。だから、冬でも森の中は暗い。
落ち葉が無いから、地面の様子も違う。
蝉(せみ)の鳴き声も違うんだぞ。」
ハニサ 「へー面白い。虫の種類も違うんだ。」
シロクンヌ 「落ち葉にたかる小さな虫がいて、雨が降ればそいつらが流されて川に行く。
すると川にエサが増えるだろう?
だから葉の落ちる樹のある川の方が、魚は多く住んでるな。」
大ムロヤ。
タガオ 「ミツ、蓑(みの)だ。サチの分もあるぞ。
道中、雨にも遭うだろうからな。」
ミツ 「ありがとう。父さんが作ったの?」
サチ 「私もいいの?わあ、フカフカだ!」
タガオ 「そうだぞ。夜寝る時はな、それを敷いて寝ればいい。」
サチ 「この上で寝たら、あったかそうだね!」
ソマユ 「この蓑が、ミツとサチを、雨や底冷えから守ってくれるのよ。」
ミツ 「・・・
アーンアンアンアン。」突然、泣き出した。
タガオ 「ワハハ。泣くやつがあるか。」
ミツ 「父さん、ありがとう!」サチも涙ぐんでいる。
ソマユ 「ばかねぇ、あなた達・・・」ソマユまで泣きそうだ・・・
そこにサラが、元気よく入って来た。
サラ 「はい、先生から。薬の詰め合わせ。
あれ?どうかしたの?」
ソマユ 「どうもしないよ。
わー!ヌリホツマのお手製?」
サラ 「そう、旅のお供だって(笑)。
これが塗り薬。はら痛はこれ。風邪ひいたらこれ。
これが毒消しの飲み薬。体の中に悪いものが入ったら飲むんだって。
これは熊の胆(くまのい)。使い方はシロクンヌもタカジョウも知ってるからって。
この小箱は、クマジイが作ってくれたの。
綺麗に収まってるから、荷物にもならないでしょう?」
サチ 「ありがとう。ミツ、この塗り薬、凄く効くんだよ。」
サラ 「あと先生がね、水には気をつけろって言ってたよ。
なま水ではら痛になったら、この薬を飲んで、湯冷ましをたくさん飲めって。」
タガオ 「知らん土地の水は中る(あたる)と言うな。
シロクンヌなどはそういうのに詳しいだろうから、言いつけは守るんだぞ。」
ミツ 「はい。」
ソマユ 「ヌリホツマの薬は、きっとどれも効くわよ。
あたしの足の傷跡も、ほら、目立たなくなってるでしょう?」
ミツ 「ホントだね。薬を塗ったの?」
ソマユ 「そうよ。夜宴の時にもらった薬を、毎晩塗ってたの。」
ハニサのムロヤ。
ハニサ 「シロクンヌ、お湯が沸いたから、体を拭いてあげる。」
シロクンヌ 「さっき久しぶりに見たよ。ハニサが光ってるところ。それも凄い光だった。」
ハニサ 「うん。あたしねえ、いっぱい閃いたの。
シロクンヌが冠を頭に載せてくれたでしょう。
その途端に、次々に閃いたんだよ。」
シロクンヌ 「器にまつわる事がか?」
ハニサ 「そう。
あたしねえ、本当の事言うと、凄く寂しかったの。
明日から、当分会えなくなるでしょう。
そう思うだけで涙がこぼれそうになって、でも必死で我慢してた。
笑顔で見送らなきゃと思って。
シロクンヌがいなくなったら、あたし、どうやって毎日を過ごそうかって思ってた。
シロクンヌの事ばっかり考えて、毎日泣いてるんだろうなって思ってた。
でもシロクンヌ、あたしねえ、器を作るよ。
一個一個に時間をかけて、丁寧に作るの。
さっきいっぱい閃いたから。今すぐにでも作り始めたいくらい。」
シロクンヌ 「ふむ。きっと凄い器なんだろうな。帰って来た時に見せてくれ。」
ハニサ 「いいよ。きっと今まで見た事の無い器になってると思うよ。
器の外側全体に、祈りの文様を刻み込むんだ。
ねえシロクンヌ、閃いたものが逃げて行かない様に、
今夜はあたしをずっと抱きしめていてね。」