縄文GoGo

5000年前の中部高地の物語

縄文GoGo旅編 第3話 1日目⑤

 
 
 
          夜中の避難小屋の中。続き。
 
シロクン  「少し長い話になるぞ。
        あれはおれがまだ20歳の時だ。
        タビンドとしても、まだ駆け出しだな。
        カワセミ村を訪れたのは、その時が二度目で、村の衆ともそこそこ打ち解けていた。
        カワセミ村を最初に訪れた時に、ひと月ほど滞在して、狩りや漁を手伝ったからな。
        熊を仕留めて、喜ばれたりもした。」
ミツ  「熊刺しって技を使ったの?」
シロクン  「そうだ。
        ところで、桐(キリ)という凄く軽い樹があるんだが、ミツは知っているか?」
ミツ  「知らない。サチ、知ってる?」
サチ  「知らない。タカジョウは?」
タカジョウ  「知ってるよ。釣りのウキに使ったりするな。
        薄紫の綺麗な花が咲く。
        確かにこっちでは見かけんか・・・」
シロクン  「ふむ。ヲウミのシロの村のそばには一杯生えておって、
        ヒワの湖での釣りでは、キリのウキを使っていた。
        ただそのキリも、生えていない地域があると聞いていたから、
        18歳の終わり、タビンドになろうと決意して村を出る時に、
        かなりの大きさの木を持って出たんだ。
        大きくても軽いから、まったく苦にならん。
        そうやって、とりあえずヒスイの里を目指した。
        カワセミ村にたどり着いた時には、
        半分くらいの大きさになっていたが、大喜びされた。
        次に来る時は、もっと大きいのが欲しいと言われたんだ。
        沢山欲しいのか?と聞いたら、そうだと言う。
        それを心に留めて、一度カワセミ村をあとにした。
        それからタビンドとして渡しを続けたのだが、
        シロの村には帰れんから、西の方の海辺の村に行った時、
        試しに探してみたら、キリの樹があった。
        それを伐って、丸太のまま丸木舟で曳いてカワセミ村まで漕ぎつけた。
        この時、横波を受けて苦労したんだぞ。
        それも結構怖かったが、村では大喜びされた。
        そういうので、二人の兄弟と仲良くなったんだ。
        兄貴の方がおれと同い年でな。弟は二つ下だ。」
サチ  「石の職人なの?」
シロクンヌ  「いや、その二人は違う。
        狩人であり、漁師だ。ヒスイ海岸から舟を出す。
        村の人達のために、獲物を獲る役目だな。
        熊刺しを見せて以来、意気投合したんだよ。
        この兄弟は、おれも舌を巻くほどに豪胆なんだぞ。
        その二人が、イノシシの巣を見つけたから、狩りを手伝ってくれと言って来た。」

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①イノシシの巣 ②茅(かや)  須藤功撮影

タカジョウ  「怖い経験は、そのイノシシ狩りか?」

シロクン  「違うんだ。イノシシ狩りは、あっさり済んだよ。その後だ。
        イノシシは、その場でバラしたんだが、二人して血をヒョウタンに詰め込むんだよ。
        そしてハラワタも、大事そうに大きな皮に包んでいる。
        見た事もない様な大きな皮だったから、何の皮だ?って聞いたんだ。
        そしたら、いまからこいつを獲りに行くぞって言うんだ。
        おれはよく分からずに、近くに巣があるのか?と聞いたら、
        笑いながら、海だよって言う。」
タカジョウ  「海?サメか?」
シロクン  「そうだ。サメ漁だ。」
ミツ  「行ったの?」
シロクン  「ああ行った。前置きが長くなったが、そこで怖い思いをしたんだ。
        その兄弟は、どうもおれを買いかぶっていてな、
        普通なら舟4艘で大人数で行くところを、
        おれ達は、3人だけで舟は2艘で行ったんだぞ。
        おれ達兄弟にシロクンヌが加われば、
        怖いものなど世の中にあるもんか!って勢いなんだ。
        だけどおれはもちろん、サメ漁なんて初めてだ。
        ヒワの湖に、サメはいないからな(笑)。」
ミツ  「サメって言うのは大きいんでしょう?」
シロクン  「大きいのになると、ヒト二人分くらいはあるな。
        それでおれ達は浜に行って、丸木舟に乗り込もうとした。
        1艘には、水が入ったヒョウタンが15個、そして、グリッコの袋が三つ乗っていた。
        それは、万が一の備えだそうだ。
        漂流しても、五日間くらいならそれで十分だと言っていた。
        それから、イノシシの血が入ったヒョウタンと、ハラワタの包み。
        予備の櫂(かい)。そして棍棒が積んであった。」
ミツ  「棍棒・・・」
シロクン  「そしてもう1艘の方を見て、おれは驚いた。
        そっちの方が大きな舟なんだが、見覚えのある丸太が積んであるんだ。
        スッポリと収まる様な感じで。」
サチ  「キリの丸太?」
シロクン  「そうだ。
        軽いとは言っても、かなりの大きさだからな。
        舟の喫水は下がっている。
        その舟を曳いて行くと言うんだ。
        丸太を曳けば、舟は要らんだろうと言ったのだが、それではいかんと言う。
        帰りには、この舟に獲物を積んでくるからと。
        それで、横波を受けん様に行くぞと言って、早速出発した。
        そうやって漕ぎに漕いで、かなりの沖まで出た。
        こんな所まで来て、明るい内に帰りつけるかと思う程のな。
        おれがその心配を口にしたら、勝負はすぐに着くからと言われた。
        そして丸太の舟に横付けすると、こいつを転覆させるから手伝えと言うんだ。」
ミツ  「丸太を海に浮かべるって事?」
シロクン  「そうだ。だが沖合だから、波も結構高いんだ。
        足場も悪いのにどうやるのかと思えば、
        丸太の両端と真ん中に縄が結ばれていて、その縄を手前に引けと言う。
        難儀はしたが、なんとか転覆させ、3人で海に飛び込んで、舟は元通りにした。
        だがそっちの舟は大き過ぎて、3人が乗っただけでは安定が悪いんだ。
        重し石(バラスト)が積んで無いから。
        それで、小さい方の舟に3人乗った。
        いつの間にか、兄貴の方が銛(モリ)を持っていた。
        大きなカエシが付いた銛で、縄が結ばれている。
        いや、縄と言うより、綱だな。
        その綱が、丸太につながっているんだ。」
ミツ  「サメに刺したら、サメが丸太を引っ張る事になるの?」
シロクン  「そういう事だな。サメを疲れさせる戦法だ。
        サメが疲れたところを見計らって、頭を棍棒でぶん殴ってとどめを刺す。
        疲れたサメは、必ず浮くそうだ。
        以前は丸太ではなく、舟に結んだりしたそうだが、舟が壊れる場合があるらしい。
        とにかく、キリは軽くてよく浮かぶ。
        おれは、キリよりも軽い樹を知らん。
        キリの丸太を沈めようと思ったら大変だぞ。
        だから大きいキリが欲しかったのだな。」
ミツ  「そういう事だったんだ。そしてどうしたの?」
シロクン  「丸太を、舟の横にピッタリと着けた。
        そして二人して、アオ来いアオ来いと言いながら、
        イノシシの血を海にまき散らしたり、ハラワタを半分ほど海に投げ入れたりしている。
        すると程なく、よし!アオだ!アオが来た!って言い合っていた。」
ミツ  「アオって?」
シロクン  「アオザメだ。大きくて獰猛なんだ。物凄い速さで泳ぐんだぞ。
        噛まれたら、一発で脚などもがれてしまう。」

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ミツ  「死んじゃうの?」
シロクン  「とても生きてはおれん。たちまち食われてしまう。
        そいつらの背びれが近づいて来るのが見えるんだ。
        1頭や2頭じゃないぞ。
        10頭くらいは、いたんじゃないかな。
        そいつらが、舟の周りをグルグルと回り出したんだ。」
サチ  「怖いねー!」
ミツ  「逃げた方がいいんじゃない?」
タカジョウ  「いやいや、舟を漕ぐのだって怖いぞ。
        舟から腕を出すと、ガブッとやられそうじゃないか?」
ミツ  「そうか!じゃあ、どうしようもないよ!」
シロクン  「うん、おれもそう思った。
        魚影が見えるんだが、おれ達が乗ってる舟よりもデカいんだぞ。
        どうするつもりだ?と聞いたら、銛で突くと言うんだ。
        突く?とおれは聞き返した。
        銛を投げるんだろう?と。
        すると、まあ見ていろ、熊刺しのお返しに見せてやるからと言って、
        兄貴の方が舟の上で立ちあがり、片足を軽く丸太に載せて銛を構えた。
        そして体をひねらせて後ろを見ている。
        波で上下に揺れているのだから、今にも海に落ちるんじゃないかと、
        おれはヒヤヒヤして見ていた。
        今だ!と兄貴が言うと、弟が、丸太のすぐ先の海面に、
        残りのハラワタを落としたんだ。
        おれは、どういうつもりだと驚いた。近すぎるだろうと。」
ミツ  「遠くに投げるのを失敗しちゃったの?」
シロクンヌ  「おれもそう思った。危ないから座れ!そう言おうとした矢先だった。
        兄貴が舟から身を乗り出して、銛を打ち込むのが見えた。
        おれは思わず、あ!っと叫んだ。
        そして、身の凍る思いをした。
        勢い余って、兄貴は舟から落ちたんだ。」
タカジョウ  「海に落ちたのか?」
ミツ  「怖い!」
サチ  「食べられちゃったの?」
シロクン  「おれも一瞬、もうだめか!と思った。
        だがそこからが速かった。
        弟が差し出した腕を片手でつかむと、もう一方の手で船べりをつかみ、
        海から飛び出すようにして舟に戻ったんだ。
        落ちたのとは反対の船べりから戻ったんだぞ。
        凄い芸当だろう?
        無傷だった。」
タカジョウ  「凄い男だな!」
ミツ  「あー良かった!」
サチ  「良かった!でも怖かったねー!」
ミツ  「うん、怖かった!」
シロクン  「おいおい、早とちりするなよ。
        これからだぞ、怖い思いをしたのは。」
ミツ  「えー!これからなの!」
サチ  「そう言えば、銛は刺さったのかな?」
ミツ  「そうか!それがあったね!」
タカジョウ  「どうなったんだ?」
シロクン  「ふと見ると、丸太が横になったまま、見る見る離れて行くんだ。
        丸太の上には、水しぶきが上がっていて、
        その先に、背ビレが見え隠れしている。」
サチ  「刺さったんだね!」
シロクン  「兄貴を見たら、深々と打ち込んだぞ!抜けはせん!と自慢げだ。
        おれ達は丸太の行方を目で追っていたのだが、すぐに見失った。
        まさか!って弟が叫んでる。
        いや、すぐに浮くはずだ!って兄貴が叫ぶ。
        何の事だと聞くと、丸太を沈めたまま泳いでいると言うんだ。
        今まで、そんな事は無かったらしい。
        丸太ごと海に引き込んで、深く潜って行ったんだ。
        とんでもなく大きい奴だぞって言い合っている。
        そうやってキョロキョロしていたら、出た!こっちに来るぞって弟が叫んだ。
        その方向を見たら、真っ黒で馬鹿でかい魚影がグングン迫って来る。
        そいつがおれ達の舟の真下を通った時、ブアッと舟が持ち上がった。
        アオじゃない!と兄貴が叫んだ。
        その時、ドンッと衝撃を受けた。
        丸太が横向きのまま、舟にぶち当たったんだ。
        その衝撃で、おれ達の舟は転覆した。
        三人共、高波の海に放り出されたんだ。
        おれ達は、必死になって大きい舟に向かって泳いだ。
        今にも腹をガブリとやられるんじゃないかと思うと、生きた気がしない。
        三人の内、一人か二人は絶対に食われるとおれは思った。
        三人ともが、無事でいられるはずは無いと思うのが普通だろう?
        脚ならしょうがない、とおれは思った。
        たとえ脚を食い千切られようと泳ぎ続けるぞ!と覚悟を決めた。
        それくらい、切羽詰まっていた。
        とにかくおれ達は必死で泳いだ。
        おれが最初に舟にたどり着いたから、船底をくぐって向こう側に回った。
        片方から三人で乗ろうとすると、この船までが転覆する。
        ちょうど弟が向こうの船べりをつかむのが見えたから、せーので二人、舟に乗った。
        すぐに兄貴も泳ぎ着いたから、弟と二人で舟に引き上げた。
        すると・・・」
ミツ  「すると、どうしたの?」
シロクン  「兄貴の、胸から下が無かったんだ。」
ミツ  「キャー!」
サチ  「キャー!」
タカジョウ  「なんだと!
        それで泳いだのか?」
シロクン  「と言うのはウソだ。三人共、無傷だったよ(笑)。」
ミツ  「もう!びっくりしたー!」
サチ  「びっくりしたー!」
タカジョウ  「人が悪いぞ、シロクンヌ(笑)。」
シロクン  「話してる内に、ふと思い付いてな。言ってみたくなった(笑)。」
サチ  「父さんって、たまにそういう所があるよね。」
ミツ  「そうなんだ(笑)。でもそれからはどうなったの?」
シロクン  「丸太は、ぶつかった衝撃で、銛が抜けて浮いていた。
        だから獲物には、結局逃げられたよ。」
サチ  「サメは?沢山いたサメはどうなったの?」
シロクン  「それがな、改めて見回してみたら、一匹も居なくなっていた。
        どうやら銛を打ち込んだ相手は、アオザメではなく、
        アオザメを襲いに来たシャチだったみたいだ。
        シャチを見て、アオザメは逃げたんだな。
        おれ達は必死に泳いだが、その時には、もうサメはいなかったんだと思う。」
ミツ  「シャチってそんなに強いの?」
シロクン  「ふむ、海で一番強い。だけど、出くわす事はほとんど無い。
        その兄弟も、見たのは二度目だと言っていた。
        おれが見たのは、その一回だけだ。
        それからはと言えば、小さい舟は壊れていたから破片を集め、
        それを大きい舟の重しにして、丸太を曳いて陸に戻ったよ。
        ん?話しているうちに、風が弱まって来たようだな。」
 
 
登場人物 シロクン 28歳 タビンド 特産物を遠方の村々に運ぶ シロのイエのクンヌ  ササヒコ 43歳 ウルシ村のリーダー  ムマヂカリ 26歳 ヒゲの大男   ヤッホ 22歳 ササヒコの息子   ハギ 24歳 ヤスが得意  タホ 4歳 ヤッホとヤシムの息子 ヤシムと暮らしている  タヂカリ 6歳 ムマヂカリとスサラの息子  クマジイ 63歳 長老だが・・・  テイトンポ 40歳 シロクンヌの師匠 その道の達人   クズハ 39歳 ハギとハニサの母親   タマ 35歳 料理長  アコ 20歳 男勝り テイトンポに弟子入り   ヤシム 24歳 タホの母親  ハニサ 17歳 土器作りの名人 シロクンヌの宿   スサラ 25歳 ムマヂカリの奥さん  ヌリホツマ 55歳 漆塗り名人 巫女 本名はスス  ホムラ 犬 ムマヂカリが可愛がっている

      

追加アシヒコ 56歳 アユ村のリーダー  マグラ 27歳 アユ村の若者  カタグラ 24歳 マグラの弟  フクホ 50歳 アシヒコの奥さん  マユ 25歳 アユ村の娘  ソマユ  19歳 マユの妹  サチ 12歳 孤児 シロクンヌの娘となる アヤクンヌ      エミヌ 18歳  オジヌ 16歳 エミヌの弟  カイヌ 14歳 オジヌの弟    モリヒコ シカ村のカミ  サラ 17歳 スサラの妹 ハギとトツギとなる ヌリホツマの弟子  ナクモ 18歳 エミヌの友人  シオラム 41歳 ササヒコのすぐ下の弟 塩作りの加勢のためシオ村で暮らす 5年に一度、里帰りする  ナジオ 20歳 シオラムの息子 シオ村生まれ  タカジョウ 23歳 ワシ使い  ホコラ 洞窟暮らし 哲人  シップ オオイヌワシ タカジョウが飼っている  エニ 38歳 エミヌ姉弟の母   カヤ アマカミの使者  シラク 北のミヤコのシロのムロヤの責任者  マシベ フジのシロの里の者 ヲウミのシロの村との連絡係り  トモ フジのシロの里の者  イナ 30歳 シロクンヌの姉弟子 杖の達人  コヨウ 15歳 タカジョウの妹  ゴン 洞窟で飼われている仔犬  ミツ 11歳 アユ村の少女  カザヤ 24歳 アユ村の若者 カタグラの友人  テミユ 22歳 カザヤの妹  タガオ 32歳 ミツの父親 目がみえない  ゾキ 14歳 オロチの姉 シップウの攻撃で背中に傷を負う オロチ 12歳 ゾキの弟 シップウの攻撃で顔に傷を負う  イワジイ 60歳 黒切りの里の山師 ヌリホツマの兄  シロイブキ 28歳 シロクンヌの兄弟

   

用語説明 ムロヤ=竪穴住居  大ムロヤ=大型竪穴建物  カミ=村のリーダー  コノカミ=この村のリーダー           グリッコ=どんぐりクッキー  黒切り=黒曜石  神坐=石棒(男性器を模した磨製石器)  塩渡り=海辺の村が作った塩を山の村に運ぶ塩街道があった。ウルシ村から東にシカ村→アマゴ村・・・七つ目がシオ村  御山=おやま。ウルシ村の広場から見える、高大な山々  コタチ山=御山連峰最高峰  トコヨクニ=日本  蚊遣りトンボ=虫除けオニヤンマ ここではオニヤンマの遺骸に竹ひごを刺し、竹ひごをヘアバンドで頭部に固定する  トツギ=一夫一婦の結婚  眼木=めぎ 眼鏡フレーム 曲げ木工房で作っている  クンヌ=イエの頭領  吊り寝=ハンモック  一本皿=長い丸太を半分に割いて作ったテーブル。一本の木から2本取れるが、一本皿と呼ばれている。  一回し=長さの単位 70㎝  半回し=35㎝ 縄文尺とも呼ばれる。  カラミツブテ・カブテ=狩りの道具。コブシ大の二つの石を紐でつなげた物。  ボウボウ=樹皮ラッパ 法螺貝よりも高い音が出る。  薙ぎ倒しの牙・薙ぎ倒しイノシシの牙=ナウマン象の象牙  バンドリ=背負子などを背負った時に、肩と背中を保護する当て物。衣服の上からバンドリを装着し、それから背負子を着ける。