縄文GoGo

5000年前の中部高地の物語

縄文GoGo旅編 第11話 3日目④

 
 
 
          道中の尾根。夕刻前。
 
    眼下にブナの森が広がっている。
 
シロクン  「水の匂いがする。この下は、沢だな。」
タカジョウ  「あの空に、薄っすらと半月が見える。」
サチ  「今夜は八日月。上弦の月でしょう。」
タカジョウ  「そうだ。陽が沈めば、あの月が南の空高くで輝く。
        シロクンヌ、ムササビ狩りをしないか?」
シロクン  「いいな。陽が沈めば、あのブナの樹々の間をムササビが飛び交うぞ。」
ミツ  「私、ムササビが飛んでるのって、一度しか見た事ない。」
サチ  「ムササビって、月が空高くにある夜に飛ぶんでしょう?」
タカジョウ  「ふむ。月に誘われて、飛ぶ。
        肉は灰(あく)いぶしで、旅の糧にしよう。
        はらわたは、シップウの大好物だ。」
シロクン  「毛皮は沢の水で洗って、あとでなめせばいいな。
        よし。下に降りて寝床の準備に取り掛かるか。」
 
 

          森の中の野営地。夕刻。

 
    大きく火が焚かれ、そのそばで、4人は夕食をとっている。
 
タカジョウ  「スズヒコが持たせてくれたこのアユのいぶし、これは旨いなあ。」
シロクン  「味がコナレている。こんなアユを食うのは初めてだよ。」
ミツ  「骨が軟らかいよ。アユ村では甘露煮にした時がこんな感じ。」
サチ  「あれも美味しいよね。頭まで美味しかったもん。」
シロクン  「話は変わるが、ミツ、この辺り、冬はどのくらい雪が積もるか、分かるか?」
ミツ  「知ってるか?じゃなくて、分かるか?なの?」
シロクン  「そうだ。初めて行った場所でも、分かるかどうかと言う意味だ。」
ミツ  「じゃあ、分からない。分かる方法があるの?
     サチ、知ってる?」
サチ  「知ってる。死んだ父さんから聞いたの。こっちに来る時に。
     周りを見たら分かるよ。」
ミツ  「周りって、ブナの樹だよ。
     ・・・
     あ!高さが一緒だ!分かった!あの苔(こけ)でしょう?
     雪が積もる所には、あの苔が生えないんだ!」
シロクン  「そうだ。ブナの幹に生えている苔で分かるんだ。
        苔が生えているのは、ミツの腿(もも)から上だろう?
        ミツの腰くらいまで積もる時もあるだろうが、
        この辺り、山深い所だが、それほど雪深い訳では無い。
        タカジョウ、ここに住むとしたら、どうだろうな?」
タカジョウ  「問題は、冬の寒さ対策だ。
        それさえ出来れば、雪の量から言えば、カモシカ狩りには最適だぞ。
        雪が積もれば、女でも簡単にカモシカは狩れるからな。」
ミツ  「足が雪に刺さって、逃げ足が遅くなるんでしょう?」
タカジョウ  「だから見つけさえすればいい。遠くにいても、すぐに追いつく。
        真冬のカモシカは、最高の獲物だ。
        肉は旨いし、毛皮は水を通さんほど綿毛がビッシリと生えている。」
サチ  「今、敷いてるのがそうだよね。」
シロクン  「そうだ。湿った地面に敷いても尻が濡れん。
        カモシカの角は、イカ釣りに使うんだぞ。」
タカジョウ  「そうなのか!それでシップウが狩ったカモシカの角を欲しがったのだな?」
シロクン  「ふむ。カワセミ村へのいい渡しが手に入った。
        あの角が、海の中で青黒く光るらしいんだ。
        それをイカが好んでな、抱きついて来る。
        角にエイの尻尾をくくっておいて、尻尾のトゲでイカを刺して引き上げるそうだ。
        そう言えば、イカ釣りも月夜にやると言っていたな。」
タカジョウ  「食い物以外でも釣れるんだなあ。
        そのイカがスルメになってこっちに来るんだから面白いよな。」
シロクン  「確かに(笑)。カモシカの角や毛皮の他にも、オコジョの冬毛、ダケカンバの皮、
        蚊遣りキノコ、塩の礼には事欠かんだろうな。
        リンドウ村まで歩いて半日、だがイエの者なら、半日あれば往復する。」
タカジョウ  「シロの里か?」
シロクン  「ふむ、ただヲウミ育ちの者には、ここの冬はこたえるだろうな。」
タカジョウ  「なに、カワウソの毛皮を身にまとえば、動けば汗が出る。
        狩った獲物はな、雪ムロにうずめて凍らせておくんだ。
        それを溶かして、ナマのままむさぼり食えば、寒さなんか気にならんぞ。」
シロクン  「なるほど。ナマで食うのか。
        そうなるとここも十分候補地だな。
        そうだ、聞きそびれていた。
        タカジョウは、どんな所に住んでいたんだ?」
タカジョウ  「おれのねぐらがあったのは、八ヶ岳の中腹だよ。
        冬の棲みかは低い場所だったのだが、それでもここよりは高い。
        だから、ここよりは寒いな。風も強い。
        竪穴なんかを掘ると、雨が降れば間違いなく水が湧く。
        だから盛り土の上に張り屋(テント)を立てて住んでいた。
        張り屋は夏場、冬場、共に四つあって、冬場のねぐらの張り屋だけは特別仕様だ。」
サチ  「八ヶ岳に住んでたんだ。」
タカジョウ  「そうなんだよ。八ヶ岳とも知らずにな(笑)。」
ミツ  「ヤツガタケって?」
サチ  「この辺では御山って呼ばれてる山だよ。
     御山で一番高い峰が、クニトコタチなの。
     トコヨクニに何かあった時には、八つのイエは、八ヶ岳で集まる事になっていたの。」
ミツ  「クニト山って、クニトコタチだったの?
     御山は、神の棲みかだって言うのは知ってたけど、そんないわれがあったんだね。」
シロクン  「永い年月が経つうちに、八ヶ岳がどこなのかが忘れ去られていたんだが、
        こないだの明り壺の祭りの時に、ひょんな事から分かったんだよ。
        ところでタカジョウ、特別仕様の張り屋と言うのが気になるのだが。」
タカジョウ  「そりゃあもちろん、寒さ対策だ。
        他は丸太の骨組みに木の皮を張っただけだったのだが、
        冬のねぐらの張り屋は、竹囲いした上から木の皮を張って、
        内側には、キツネの毛皮を二重に貼っていた。
        キツネ60頭分だ。」
シロクン  「すごいな(笑)。」
タカジョウ  「キツネはシップウの大好物だからな(笑)。
        とにかくキツネを狩りたがるんだよ。
        床は竹敷きのうえに葦(あし)を重ね、
        その上にカモシカの冬毛を敷き詰めていたから、
        カワウソの毛皮で作った毛布をかぶれば、真冬でも朝までグッスリだったぞ。」
 
    そうやって話をしながら楽しく食事をしている間に、辺りはすっかり暗くなり、
    南の空には右半分だけの月がくっきりと浮かんでいた。
 
シロクン  「ん?あれは・・・
        オオカミだ。大きいぞ。」
タカジョウ  「口に何かをくわえておるな。おれ達の方を見ている。」
サチ  「あそこって、さっき私達がいた尾根だよね?」
 
    オオカミはこちらをジッと見ていて動かない。
    その背後には、星空が広がっている。
    やがてオオカミは、尾根の向こう側に降りていった。
 
ミツ  「いなくなったね。」
シロクン  「おそらく、群れではないな。ハグレだ。
        相当に大きかったぞ。
        数頭の群れと渡り合っていそうなやつだった。」
サチ  「くわえていたのは、ムササビだったように見えたよ。」
シロクン  「ムササビ一匹では、腹を満たしそうも無いな。」
タカジョウ  「用心しておくか。」
 
          ━━━━━━ 幕間 ━━━━━━
 
縄文人とオオカミの関係。あくまで作者の見解です。
 
オオカミを大神、山の神としてたてまつり、縄文人はオオカミ狩りはしなかった。
・・・このように断言する文章を、何冊かの書物で目にしました。
しかし作者の考えは全くの真逆なのです。
 
作者は、オオカミを大神としてたてまつったのは、弥生以降だと思っています。
農耕民にとっては、畠を荒らすシカやイノシシを駆逐するオオカミは、時に有難い存在だったのかも知れません。
しかし狩猟民にとっては、獲物を取りあう邪魔者でしかありません。
おまけに群れでヒトを襲います。
縄文遺跡から出土するオオカミの骨の数は少ないのですが、それはオオカミ狩りをしなかったのではなく、オオカミとオオヤマネコに対しては、「送り」をしなかったのだと思っています。
送り場に入れて送りの儀式を行い、「よみがえり」をさせたくなかったのだと思います。
オオカミとオオヤマネコの骨は、山中などに遺棄し、村の中の送り場(ゴミ捨て場)には入れなかった。
だから遺跡からの出土が少ないのではないかと思っています。
事実オオヤマネコは、縄文後期に絶滅したと考えられています。
縄文人によみがえりの思想があったのは、埋め甕(うめがめ)の風習があった事からも分かります。
埋め甕については、女性の服装にも関わる(イナは股間を見られるのをきらっているが、決してスボンははかない。)風習ですので、機会があればどこかで言及しておこうと考えています。
 
里で暮らす農耕民と違って、彼らは山や森で暮らしていました。
オオカミと遭遇する機会も多く、群れに襲われて死んだ人も多かったと思います。
ヒトの味を知った獣は、再びヒトを襲います。
オオカミの群れが棲む森で、ドングリ拾いをする気になりますか?
 
たとえば人間の狩り場で群れて小便をまき散らすとします。
するとそこからは、シカもイノシシもキツネもタヌキもいなくなります。
そうやって自分たちの狩り場に獲物を追いやる。
頭のいいボスオオカミなら、それくらいの事はしたかも知れません。
 
私が縄文人なら、真っ先に狩るのがオオカミです。
縄文人がオオカミをたてまつったなどという発想は、平和ボケした現代日本人の発想に思えてなりません。
もちろん地域によっては、オオカミを神としてたてまつっていた所もあるかも知れません。
でもそれは、鹿や熊、鶴や鯉、蛇など他の動物についても言える事ではないでしょうか。
以上の事から縄文GoGoでは、オオカミは縄文人の敵であった、という立場をとっています。
 
次回、金曜日から、再投稿していく予定です。
 
登場人物 シロクン 28歳 タビンド 特産物を遠方の村々に運ぶ シロのイエのクンヌ  ササヒコ 43歳 ウルシ村のリーダー  ムマヂカリ 26歳 ヒゲの大男   ヤッホ 22歳 ササヒコの息子   ハギ 24歳 ヤスが得意  タホ 4歳 ヤッホとヤシムの息子 ヤシムと暮らしている  タヂカリ 6歳 ムマヂカリとスサラの息子  クマジイ 63歳 長老だが・・・  テイトンポ 40歳 シロクンヌの師匠 その道の達人   クズハ 39歳 ハギとハニサの母親   タマ 35歳 料理長  アコ 20歳 男勝り テイトンポに弟子入り   ヤシム 24歳 タホの母親  ハニサ 17歳 土器作りの名人 シロクンヌの宿   スサラ 25歳 ムマヂカリの奥さん  ヌリホツマ 55歳 漆塗り名人 巫女 本名はスス  ホムラ 犬 ムマヂカリが可愛がっている      
追加アシヒコ 56歳 アユ村のリーダー  マグラ 27歳 アユ村の若者  カタグラ 24歳 マグラの弟  フクホ 50歳 アシヒコの奥さん  マユ 25歳 アユ村の娘  ソマユ  19歳 マユの妹  サチ 12歳 孤児 シロクンヌの娘となる アヤクンヌ      エミヌ 18歳  オジヌ 16歳 エミヌの弟  カイヌ 14歳 オジヌの弟    モリヒコ シカ村のカミ  サラ 17歳 スサラの妹 ハギとトツギとなる ヌリホツマの弟子  ナクモ 18歳 エミヌの友人  シオラム 41歳 ササヒコのすぐ下の弟 塩作りの加勢のためシオ村で暮らす 5年に一度、里帰りする  ナジオ 20歳 シオラムの息子 シオ村生まれ  タカジョウ 23歳 ワシ使い  ホコラ 洞窟暮らし 哲人  シップ オオイヌワシ タカジョウが飼っている  エニ 38歳 エミヌ姉弟の母   カヤ アマカミの使者  シラク 北のミヤコのシロのムロヤの責任者  マシベ フジのシロの里の者 ヲウミのシロの村との連絡係り  トモ フジのシロの里の者  イナ 30歳 シロクンヌの姉弟子 杖の達人  コヨウ 15歳 タカジョウの妹  ゴン 洞窟で飼われている仔犬  ミツ 11歳 アユ村の少女  カザヤ 24歳 アユ村の若者 カタグラの友人  テミユ 22歳 カザヤの妹  タガオ 32歳 ミツの父親 目がみえない  ゾキ 14歳 オロチの姉 シップウの攻撃で背中に傷を負う オロチ 12歳 ゾキの弟 シップウの攻撃で顔に傷を負う  イワジイ 60歳 黒切りの里の山師 ヌリホツマの兄  シロイブキ 28歳 シロクンヌの兄弟
追加(旅編)スズヒコ 65歳 リンドウ村のリーダー  タジロ 21歳 リンドウ村の若者  セリ 11歳 リンドウ村の娘

   

用語説明 ムロヤ=竪穴住居  大ムロヤ=大型竪穴建物  カミ=村のリーダー  コノカミ=この村のリーダー           グリッコ=どんぐりクッキー  黒切り=黒曜石  神坐=石棒(男性器を模した磨製石器)  塩渡り=海辺の村が作った塩を山の村に運ぶ塩街道があった。ウルシ村から東にシカ村→アマゴ村・・・七つ目がシオ村  御山=おやま。ウルシ村の広場から見える、高大な山々  コタチ山=御山連峰最高峰  トコヨクニ=日本  蚊遣りトンボ=虫除けオニヤンマ ここではオニヤンマの遺骸に竹ひごを刺し、竹ひごをヘアバンドで頭部に固定する  トツギ=一夫一婦の結婚  眼木=めぎ 眼鏡フレーム 曲げ木工房で作っている  クンヌ=イエの頭領  吊り寝=ハンモック  一本皿=長い丸太を半分に割いて作ったテーブル。一本の木から2本取れるが、一本皿と呼ばれている。  一回し=長さの単位 70㎝  半回し=35㎝ 縄文尺とも呼ばれる。  カラミツブテ・カブテ=狩りの道具。コブシ大の二つの石を紐でつなげた物。  ボウボウ=樹皮ラッパ 法螺貝よりも高い音が出る。  薙ぎ倒しの牙・薙ぎ倒しイノシシの牙=ナウマン象の象牙  バンドリ=背負子などを背負った時に、肩と背中を保護する当て物。衣服の上からバンドリを装着し、それから背負子を着ける。