縄文GoGo旅編 第38話 8日目⑤
小屋の近く。夕食。続き。
辺りには肉の焼けたいい匂いが漂っている。
カゼマルはテーチャのそばで、毛皮に包まれて眠っている。
シロクンヌ 「この串、アナグマの肉がパリッパリじゃないか!
旨いなあ!」
イワジイ 「胃袋とは泣かせおるのう。
このぶにゅぶにゅしたところが、官能を揺さぶって来おる!
サチには分かるかの?
まだ早いか。」
サチ 「私、分からない・・・」
テーチャ 「子供ねー!
串の食べ方だって子供っぽいもの。」
サチ 「どうやればいいの?」
テーチャ 「左手を遊ばせちゃダメよ。
そっちでも、別の串を持つの。
こうやって、両手に一本ずつ持つんだよ。」
ミツ 「こう?」
サチ 「持ったよ。」
テーチャ 「そしたら顔の前で二本の串の先っぽを向き合わせるの。
そう。ミツ、もっと口のそばに引き寄せて。
いい?ここからが大事よ。
手はこのまま! 動かしちゃダメ!
首を左右にカクッ、カクッてやって口で食らいついて行くの。
左を食べたら、すぐ右を食べる! 行くよっ!」
サチ 「キャハハハ。下品だ。」
ミツ 「こう?」
サチ 「キャハハハ。ミツも下品だ。」
テーチャ 「でもまだカクッが下手だね。」
シロクンヌ 「こうか?」
タカジョウ 「こうだぞ!」
サチ 「キャハハハ。」
こうして楽し気に食事は進んでいった・・・
串から鍋に移り、みな美味しそうにムジナ汁をすすっている。
すると、
テーチャ 「あ!そうだ! これ聞いてみよう!
ねえ誰か、カジゴって知ってる?」
イワジイ 「カジゴ? 知らんのう。」
ミツ 「知らない。サチは?」
サチ 「知らない。父さん、知ってる?」
シロクンヌ 「いや、初めて聞いた言葉だ。」
タカジョウ 「そうなのか? 驚いたぞ。みんな、知らんのか!」
イワジイ 「なんじゃい、タカジョウは、知っておるのか?」
タカジョウ 「ああ、師匠から教わってる。
テーチャ、そのカジゴがどうかしたのか?」
テーチャ 「うちの人、カジゴ作りに何度も失敗してるのよ。
タカジョウは、カジゴ焼き、出来るの?」
タカジョウ 「当たり前だろう。
カジゴ無しで、どうやって八ヶ岳で暮らすって言うんだ。
真冬の風なんてもの凄くて、焚き火などは無理な時だってあるんだぞ。
カジゴ無しでは、湯も沸かせられんではないか。
待てよ・・・
言われてみれば、おれが生まれた西の村では、カジゴは無かったな。
熾きを使っていた。」
イワジイ 「そのカジゴとは、いったい何なんじゃ?」
サチ 「炭のことを言ってるの?」
タカジョウ 「そうだ。炭とも言うらしいな。」
サチ 「炭なら知ってる。ミヤコでは使っていたよ。
でも、そう言えば、どうやって作ってたんだろう・・・
舟で運び込まれていたのは知ってるけど・・・」
ミツ 「栗のイガを蒸し焼きにして、炭にしたのを蜂追いで使うよ。」
シロクンヌ 「ああ、地バチの巣のいぶし出しに使うらしいな。」
テーチャ 「ミツの方では、蜂を食べるって聞くね。
カジゴはね、見た目は消し熾きみたいだけど、熾きの何倍も長持ちするんだよ。
あたしが住んでいた所から、東に向かっていくつも山越えすると、タダミの里に出るの。
雪の衆が暮らす里。
うちの人が、そこでカジゴをもらって来て、作り方も教わったって言っていたのに、
やってみたら全然ダメ。」
タカジョウ 「灰になっていたのだろう?」
テーチャ 「そう。3回やって、3回とも。」
イワジイ 「待て待て。 話に付いて行かれんじゃろうが。
そのカジゴとやらがどんな物なのか、もっと詳しゅう教えてくれ。」
シロクンヌ 「熾きの代わりになる物なのか?」
タカジョウ 「消し熾きとカジゴを比べた場合、まず火を点けやすいのは消し熾きだ。
だが点いてしまえば、あとはカジゴの勝ちだ。
長持ちする上に、熱い。
吹けば赤くなって、すぐに湯が沸くぞ。」
ミツ 「木から作るの?」
タカジョウ 「そうだ。その辺のブナでいい。
あの枝くらいの太さの物がカジゴ焼きには適してる。
熾きはな、木が燃えた後に出来るだろう?
熾きになるまでに、その木は炎を出し切っている。
だから木の命の、残りわずかな部分が熾きだ。」
シロクンヌ 「なるほど・・・ そういう見方も出来る訳か。」
ミツ 「カジゴは? 木を燃やさないの?」
タカジョウ 「完全には、燃やさない。
そこの加減が難しいんだ。
失敗して燃えてしまうと灰しか残らんし、
逆に塞(ふさ)ぎが早いと、ナマの木にしかならん。」
シロクンヌ 「塞ぎと言うのは?」
タカジョウ 「地面に深い穴を掘って、そこに木を詰め込んで、下から焼く。
全部に火が回ったら、小枝や青葉でふたをして、
その上から土をかぶせて埋めてしまうんだ。
そうやって塞いで、踏み固めるんだよ。」
イワジイ 「消えてしまおうが?」
タカジョウ 「消えてしまえば、失敗だ。ナマ木の出来上がりだ。」
シロクンヌ 「細かなコツがありそうだな。
ここでやって見せてくれ。」
タカジョウ 「今と言う訳にはいかん。
それに、埋めた後、次に掘り出すのは六日後だぞ。
それまで、放ったらかしにするんだ。」
シロクンヌ 「そうなのか!」
イワジイ 「そのあいだに、何かが起きるんじゃろうか?」
テーチャ 「そのあいだが待ち遠しいのよ。
あたしなんて、内緒でコッソリ掘ってやろうかって思ったもん。」
タカジョウ 「あぶない女だな。
絶対にいかんぞ。玉が潰れる。
師匠がそう言ったんだ。」
テーチャ 「タマ? あたし、無いよ。」
タカジョウ 「目玉があるだろう。」
テーチャ 「ああそうか・・・ わあ!怖い! 掘らなくて良かった!」
サチ 「そのカジゴ焼きって、一度にどれくらいの量の炭が出来るの?」
タカジョウ 「いろいろだが、その気になれば、おれの背負い袋で三つ分だ。」
ミツ 「タカジョウの袋って、私とサチがスッポリ入れそうだよ。
一度にそんなに出来るんだ。」
タカジョウ 「こうしたらどうだ?
カワセミ村の近くの山で、おれがカジゴ焼きの実演をしてやる。
シロクンヌなら大穴だろうがすぐに掘るだろうし、
木材集めだって、シロクンヌがやればあっと言う間だ。」
シロクンヌ 「おいおい、おれが一人でやるのか? まあ、いいが。」
テーチャ 「さっきだってやったじゃない。
びっくりしたわよ! ダケカンバが歩いて来たんだから。」
イワジイ 「あれはたまげたのう!
黒マイタケを抱えたまま、わしゃあ腰を抜かしそうになったぞい。」
ミツ 「暗くなってたし、私、怖くて逃げだそうとしたよ。
そしたらサチが横で飛び跳ねていたから、あ、シロクンヌだって思ったんだもん。」
サチ 「アハハ、だって父さん、凄いんだよ。
ダケカンバの倒木に駆け寄って、皮を剥ぐのかと思えば、
荷縄(にな)を掛けていきなり背負っちゃったんだよ。」
タカジョウ 「あきれるよな? ああまでして物を運ぶ男などおらんぞ。」
シロクンヌ 「テイトンポがいるけどな。
いや、後日にここを使う者が重宝するだろう? 焚き付けに持って来いだ。
おれはこの塩の道を、何と言うか、もっと便利にしたくてな。
今後は人の行き来が盛んになるはずだ。
まあそれはいいが、話の続きだ。
おれが穴を掘って、木を集めて、それから?」
タカジョウ 「おお、そうだった。
火を点けてから半日掛かりで燃やすんだ。 そして土を掛ける。
だから、ざっと丸一日あれば終わりそうじゃないか?」
テーチャ 「掘り出しはどうするの?」
タカジョウ 「それは村の衆にたくすしかない。
おれ達は立ち会えんが、それでも作り方は分かるだろう?」
テーチャ 「そうね。あたしが覚えて、うちの人に教えてあげればいいんだ。」
ミツ 「私も覚えて、アユ村の人に教えてあげる。」
タカジョウ 「そうか・・・ 村の連中は知らんでいた訳か・・・
おれはてっきり、みんなやってるとばかり思っておった。
教えてやれば良かったなあ。」
シロクンヌ 「今頃ウルシ村では、総出で消し熾き作りをしているぞ(笑)。
おれも、戻ったら教えるよ。
でもまさかそんな方法があるとはなあ。
しかし思うのだが、タカジョウの師匠は、イエの話は何ひとつしておらんようだが、
ヲシテやら中今やら、磐座もか、ボウボウもだ、
それにカジゴ焼きか・・・
ワシ使いはもちろんだが、大事な伝承は全部教えているではないか。
タカジョウは、おれなどよりも、随分といろいろと知っている。」
タカジョウ 「まったく、そうなんだよな。
この二日間、つくづくそれに気づかされたよ。
今になって、ようやくそれに気づくなんてな・・・」