沈んだ村の人々 第60話 9日目⑥
見晴らし広場。焚火のそば。続き。
シロクンヌ 「おれの見立てでは、この村はあっという間に沈んだんだ。」
ハニサ 「そこがあたしには、分からないの。なんでそんなふうに思うの?」
シロクンヌ 「これだけの物が出たからだよ。どれも見事な出来栄えだろう?」
ハニサ 「それはそう思うけど・・・」
シロクンヌ 「ゆっくり沈んだのなら、引越ししないか?その時なぜこれを置いて行く?
普通は持って行くぞ。
千個集めたって、重さも量(かさ)もしれている。」
カタグラ 「それこそ、流行り病とか殺し合いとか、それでみんな死んでしまったというのは?」
シロクンヌ 「昨日も言ったが、おれは旅人(タビンド)だ。
捨てられた村はいくつか見た。
そのほとんどが、荒らされている。墓あばきまでは滅多に無いがな。
こんな物が見つかったら、全部かっさらわれてるぞ。
荒らしているのは、おそらく土地の者ではない。
ハタレだ。昨日のようなやつらだよ。
やつらに穢(けが)れは通用しない。
ある村でたたりめいた事が起こり、村人が居なくなったとする。
近隣の村人はそこには近寄らない。
そんな所はやつらにしたら、宝の山だ。
最初に見つけた者がすべてをさらっていく。
それを使ってかどわかしたり、そういうことをする連中だ。」
マグラ 「そうだとして、何が原因で沈んだのか、それについては?」
シロクンヌ 「それについては、はっきりせんが、問題なのは、砂利だ。
今見ると、湖の中で、そこだけが砂利なんだよ。
陸地から砂利が続いている訳ではないんだ。
村があった時には、当然そこは陸地だ。
では村の周りは?」
ハニサ 「村の南は、湖よね?」
マユ 「そうなるわね。問題は、村の北側か・・・」
シロクンヌ 「おれは、もともとその辺りすべてが、湿地だったと思っている。沼の様な泥地だ。
砂利はよそから持ってきて、そこに敷いたんだよ。
村を作るために。」
ハニサ 「なんでそんな面倒な事するの?」
カタグラ 「考えられるのは、猪や熊に襲われない為だな。周りの泥が護ってくれる。」
ハニサ 「でもその頃、この辺の普通の陸地に村は無かったのかしら?
千本征矢の村もそんなふうだったの?」
マグラ 「普通に村はあったんだろうな。今あるんだから。
その頃の猪や熊が、今よりもうんと強かったなんて思えないし。」
ソマユ 「でも、もしそうだったのなら、そこにムロヤは出来ないわよ。
掘れば水が湧かない?」
シロクンヌ 「うん。だから村ではなく、単なる作業場であったのかも知れないな。
だがおれは、そうは思っていない。
杭を打つなりして、人が暮らせる住まいがあったのだと思っている。
だから村を作ったのは、屈強な男達だ。」
ハニサ 「だから、なんでそこまでして、そこに住まなきゃならないの?」
シロクンヌ 「そこなんだよ。でもその前に、さっきのマグラの質問だ。
何が原因で沈んだのか?
おれが思っているのは・・・そういう場所に、無理やり村をこしらえた。
泥におびただしい数の杭を打ち込み、その上に建物を建てた。
そして歩けるように砂利を敷き詰めた。
すると重たくなるだろう?たとえばそこに、地震がきた。
地盤がやられていたのか、あるいは水脈が狂っていたのか、その辺り全部が沈んだ。」
マグラ 「なるほど・・・有りそうなことではあるな。」
シロクンヌ 「これを見てくれ。片方が折れているだろう?
製作中に折れたのか、沈む時に折れたのかと問われれば、おれは沈む時だと答える。」
砂利にまみれて折れたのだ。
なぜなら折れずに残った部分の出来栄えが美しすぎるからだ。
この者は、これを完成させたに違いない。
カタグラ 「それは、おれもそう思う。
しかしおれからしたら、矢などは消耗品だぞ。
狩りにおいて、射た矢の大半はそれっきりだ。10射て、いくつ回収する?
それに矢柄は回収できても、矢じりは外れておって見つからん事も多い。
弓にこだわる者は多いが、矢じりにこれほどの・・・」
マグラ 「今、これを作ろうと思う者はおらんだろうな。
長い脚が伸びているが、作るのに苦労しそうだ。
誰にでも出来るという物では無いだろう?
鹿の角を押し当てるにしても、石の方が折れそうだ。
ここまで綺麗には、仕上げられんぞ。
それに、これにどうやって矢柄(やがら)を付けたのか?
おそらく矢柄の先をこの形に削り、そこに溝を切り込み、
この矢じりをそこにハメ込んだのだろうが・・・
漆付けするとしても、矢じりと矢柄をしっかりと固定しなければ矢じりの役はなさん。
チョンと付けただけでは、獣の毛皮を貫く事などできんからな。
マユ、もしかすると、これは本当に首飾りだったのかも知れんぞ(笑)。」
シロクンヌ 「おれは今朝キジを射たが、矢じりなどは付けなかった。
キジ一羽を捕える為だけの矢をその場で作った。
狩人とは、そういうものだろう?
おれはこんなに美しい矢じりは初めて見た。
見ていると、引き込まれそうになる。
しかし狩人が、こういう物を作ろうとするだろうか?
狩人なら、矢じりに何が必要かは知っている。
おれが矢じりを作れば、もっと簡単な物になる。
仮にこの矢じりをこしらえるとするだろう?
鹿の角を、削ったりしてまずとがらせておいて、
それをここに押し当てていると思うが、力は要るが、繊細な作業だ。
力任せで出来る物では無いだろう?
そして気になるのは、矢じりの大きさまで加工されたこの原石。
こいつの多さなんだ。
もしかすると、この村には、
最初からこの大きさに加工された原石が運び込まれたのかも知れない。
この村の石工(いしく)は、細密な作業に特化した集団だったのではないかな・・・
・・・ここまで繊細に矢じりを作り、けものから護られた場所に住まう。
サチ。
かつてスワの湖のほとりにあって、
トコヨクニ一の矢の根石をこしらえた石工集団とは・・・
女だけの集団だったのだな?
村に住んだのは、その女達だったのだろう?」
サチ 「はい!」
村人たちのあげる、静かなどよめきが場に広がった。
━━━ 幕間 ━━━
押圧剥離(おうあつはくり)法。
打製石器と言えば、叩いて加工するのを思い浮かべますが、
細部を加工するには、叩くのではなく、押し当てて剥(は)がす方法が採られた様です。
鹿の角などの弾力をはらんだ物を加工部に押し当て、たいらなウロコ状の剥片をはぎとる方法です。
最も精密な加工が出来たとされています。
なお、前出の藤森栄一氏は、子供の頃に見た石鏃の美しさに魅了され、生涯を在野の考古学者として活躍されました。
諏訪湖底曽根遺跡の調査も積極的に行い、引き上げた石鏃をその形から分類しています。
物語中に話題になっているのは、藤森分類で長脚鏃と呼ばれいる物です。
沈んだ村についての談義は、この場ではここで終わるのですが、後日、83話・84話で、サチ(アヤクンヌ)が詳しくアヤのイエに伝わる伝承を語ることになります。
その内容は、村人達にとって、決して不名誉なものとはなっておりません。
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