縄文GoGo

5000年前の中部高地の物語

ヌリホツマの予言 第15話 3日目②

 
 
          ウルシ林。
 
ヌリホツマ  「漆櫛のことは、ササヒコからも頼まれておる。次の村への土産じゃな。
        さて問題はこのヤコウ貝というやつじゃが・・・
        確かにうまく出来れば美しかろうが。」
シロクン  「七つあるから、三つを使ってお願いしたい。
        残りは好きに使ってくれていい。」
ヌリホツマ  「ワシも初めてやることじゃからのう。
        巧く出来るという約束はできぬぞよ。
        それでよければ、出来上がったらここへ持って来い。
        漆がのるように、表面を磨き上げるのを忘れるでないぞ。
        重ね塗りせねばならんから、できるだけ早くにな。」
シロクン  「ありがとう。恩にきる。」
ヌリホツマ  「おぬし、惚れおったな。」
シロクン  「そうかもしれん。」
ヌリホツマ  「この貝も、本当は、よその村への土産のつもりでおったんじゃろうが?」
シロクン  「・・・・・」
ヌリホツマ  「わしには子がおらぬでな、ハニサのことは娘のように思おておる。
        病いで何度も死にかけた娘じゃ。
        わしも眠らずの祈りを何度もした。」
シロクン  「さっきハニサから、ちょっと聞いたよ。」
ヌリホツマ  「ハニサは、未だ気付いておらぬが、やがて神が降りる娘じゃ。
        あの器は、その神のしわざじゃよ。
        あれをハニサは一切の迷いも無く作りよる。
        だが、考えてもみよ。
        あれだけの飾りを頭に付けるとな、重さで腰が曲がるもんじゃろう?
        軟らかい土で作るのじゃから、器の中ほどが重みに耐えきれず、
        ゆがんでしまうもんじゃ。
        ハニサは熱い灰を器の中にそそぎ込んで、
        土を乾かして、腰を強くしながらあれを作る。
        灰を舞い上げながら、作るのじゃよ。
        その時のハニサの目を見た者は、
        人ではない者の乗り移りに気付くはずじゃ。
        渦巻きも、やり直しなどは、一切せぬぞ。
        神の命じるままに作るのじゃ。
シロクン  「そうであろうな。そうでなければ、あれは出来んと思う。」
ヌリホツマ  「昨夜、ムロヤで明り壺を灯したであろう? 
        あれはな、この実から取った蝋(ろう)じゃ。」
シロクン  「ウルシの蝋か! あの光は、漆蝋の光だったのか!
        なるほどあの明るい揺らぎは、猪のアブラでは出せん味わいであった!」
ヌリホツマ  「樹が10年育たねば漆は採れぬが、実は早くから採れる。
        その実をつぶし、わしが作った蝋じゃ。
        揺らぎはするが、滅多なことで消えやせぬぞえ。
        ハニサにせがまれての、みつき分の蝋をくれてやった。
        シロクンヌよ、ムロヤのハニサは、美しかろうが?」
シロクン  「・・・うむ。 たじろぐほどに、美しいな。」
ヌリホツマ  「心せい、シロクンヌ! ハニサはこれからもっと美しくなるぞよ!
        おまえという男を知って、
        みつき後には、ひれ伏したくなるほどに美しくなっておる。
        その美しさは、旅立つおまえの心を、情け容赦なくかきむしるぞ!」
シロクン  「・・・・・」
ヌリホツマ  「じゃがなあシロクンヌ、それも天の試練と心得よ。
        おまえは単なるタビンドではあるまい。
        いや、タビンドも、仮の姿であろう。
        おまえは、何やら大きなものを、背負うておろうが。 
        そしてこの先にも、おまえには、様々な試練が待ち受けておるぞよ。
        それに負けるようでは・・・・」
 
 
    森の作業場に向かうシロクンヌ・・・突然、ハニサの、すがるような顔が目に浮かんだ。
    (「ここだからね!ここに帰って来てよ!」)
    (天の試練だと?きつい試練を課しやがって・・・
    しかし天の試練であるならば、今ここで、抗(あら)ごうたところで、仕方あるまい。
    よし!みつきの間、おれは、存分に楽しもうぞ!この村で。)
 
シロクン  「こころ、おもむくままにな!」
 
    足取り軽く、天を見上げた。
 
 
      ━━━ 幕間 ━━━
 

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ウルシ あきた森づくり活動サポートセンター
ここではウルシと漆は、一応区別しています。
植物としての樹木をウルシと表記し、ウルシの樹から採れる樹液や実を使った物を、
漆と表記するようにしました。
ウルシ林、漆塗り、漆蝋(うるしろう)の様に。
 
さて、世界最古のウルシ木片は日本で出土しています。
福井県の鳥浜貝塚。1万2600年前の自然木(ヒトが加工していない木)です。
ヤマウルシはもともと日本に自生しているのですが、ウルシは自生していなかったとされています。
 
ヤマウルシはウルシとは別の樹で、全国の山野に自生する低木です。赤く綺麗に紅葉します。
それに対して、ウルシは高さ10メートル以上になり、葉は黄色く色づきます。
そして日本の風土では、ヒトが世話をしてないと漆は採れないし、最終的には、枯れてしまうと言われています。
自然の中での繁殖は、無理なのです。
原産地中国では、放っておいてもウルシは育ち繁殖しますが、
日本のウルシは、ヒトが栽培したものなのです。
つまり、日本では、定住生活をして、はじめてウルシが育つ訳です。
 
縄文時代前期以降になると、東日本の縄文遺跡からウルシの花粉化石や果実が見つかりますので、ウルシの樹が遺跡内かその付近で栽培されていたのは間違いありません。
日本で定住が始まったのは、1万5000年前とも1万3000年前とも諸説ありますが、
1万2600年前には植物栽培が始まっていました。
 
作者はここで疑問に思うのです。
縄文人は、ウルシは栽培しておいて、食料となる植物は栽培しなかったのでしょうか?
(ウルシも食料とはなります。サムゲタンの食材ですね。)
青森県三内丸山遺跡では、クリの樹の栽培が有名ですが、そこは5500年前から1500年間続いた村落です。
それよりも7000年前に、ウルシは栽培されているのです。
 
作者は、縄文時代を狩猟採集の時代だと言うのには抵抗を覚えます。
狩猟も採集もしていましたが、それに加えて栽培(農耕も?)や養殖も行っていたと思っています。
養殖は、海のカキやノリですね。
牡蠣(カキ)で有名なのは、東京都北区の中里貝塚です。
これは途方もない規模の貝塚ですよ。
長さ1km  幅70~100m  厚さ(高さ)最大で4.5m
それがほとんど牡蠣とハマグリの貝殻だと言うのですから驚きですよね!
東京湾は、世界で稀なる豊饒の海だったのですね。
 
 
 
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登場人物 シロクン 28歳 タビンド 特産物を遠方の村々に運ぶ   ササヒコ 43歳 ウルシ村のリーダー  ムマヂカリ 26歳 ヒゲの大男  ヤッホ 22歳 ササヒコの息子  ハギ 24歳 ヤスが得意  クマジイ 63歳 長老だが・・・  クズハ 39歳 ハギとハニサの母親  タマ 35歳 料理長  アコ 20歳 男勝り  ハニサ 17歳 土器作りの名人 シロクンヌの宿  ヌリホツマ 55歳 漆塗り名人 巫女  ホムラ 犬 ムマヂカリが可愛がっている

            

用語説明 ムロヤ=竪穴住居  大ムロヤ=大型竪穴建物  カミ=村のリーダー  コノカミ=この村のリーダー           グリッコ=どんぐりクッキー  黒切り=黒曜石  神坐=石棒(男性器を模した磨製石器)                 塩渡り=海辺の村が作った塩を、山の村に運ぶ塩街道があった。ウルシ村から東にシカ村→アマゴ村・・・七つ目がシオ村  トコヨクニ=日本