第210話 43日目④
夕食の広場。続き。
テイトンポ 「コノカミ、実はもう一つあるんだ。」
ササヒコ 「まだあるのか?教えてくれ。」
テイトンポ 「釣りだ。飛び石よりも下流で釣る。」
ハギ 「釣りか!釣るよりも突いた方が早いから、普段は釣りなんてしようと思わないけど、
のんびりと楽しむのなら、釣りはいいね。」
ササヒコ 「釣りなあ。わしもしばらくやっておらんな。
腹が減っておる時は突いた方が早いが、腹が一杯なら、釣りも楽しいかも知れん。」
シオラム 「海では釣りは当たり前だぞ。釣りでしか獲れん魚も多い。
だがおれも、こっちにおる頃は、釣りはしておらんかった。」
ヤシム 「サチは川釣りってやった事ある?」
サチ 「釣りは海でしかやった事がないよ。」
テイトンポ 「だからここらの者で、釣りの経験の無い者も多いだろう?
やってみると楽しいんだぞ。子供でも釣れるんだからな。」
ササヒコ 「なるほど。釣りなら誰でも出来る。妊婦にだって出来る訳だ。」
テイトンポ 「タガオだって出来るぞ。」
タガオ 「そうか、釣りならおれも出来る。
エサを付けるのに少し難儀しそうだが、川べりの方が、方向を迷わんで済む。
音で分かるからな。
引きの感触で釣り上げればいい訳だ。」
ササヒコ 「道具一式をたくさんそろえておいて、あとは場所を提供すればいいだけか。」
ムマヂカリ 「その後は、仲間同士で競い合ったり、子供と楽しんだり・・・
釣った魚は、河原で焼いて食えばいいんだ。」
イナ 「楽しそうね。子供は喜ぶわよね。」
ササヒコ 「木の皮鍋を組み合わせる手もあるか。」
ナジオ 「でもここらの魚を釣ろうと思ったら、かなり小さくて細い釣り針が要るんじゃないの?」
ヤッホ 「鹿の角を削って釣り針を作るのは、結構難儀だよ。たくさん要るんだろう?」
テイトンポ 「おう。だから曲がり針ではなく、直針でやる。
鹿の骨で作る直針なら、簡単に出来るだろう?」
ヤッホ 「その手があったか。コツをつかめば、直針で釣れるね。
針はその場で作ってもいいか。骨を持って行って、河原研ぎですぐ出来る。」
緑枠内の物が直釣針。長野県北相木村考古博物館。
これらは栃原岩陰遺跡からの出土品で、約1万1千年前のもの。
岩陰(川が浸食した洞窟)内で火が焚かれ、そこで出た大量の灰が酸性土壌を中和し、様々な骨角器が非常に良好な状態で出土した。
直釣針は中央を糸で結び、エサをつけ川に垂らす。魚が食べた時、軽く引くと直針が横向きになり魚に引っ掛かり釣り上がる。
ナジオ 「エサは何を使うの?」
テイトンポ 「ザザ虫だ。河原の石をひっくり返すと見つかるぞ。」
シロクンヌ 「ただ直針にザザ虫は、はずれやすいんだよな・・・」
サラ 「父さん、ブドウ虫は?」
テイトンポ 「ブドウ虫なら最高だが、この辺にはおらんだろう?」
サラ 「アケビの谷には山ブドウもたくさんあるんでしょう?
お祭りの前に山ブドウを採りに行く時に、私も行って探してあげるよ。
まだサナギになる前だと思うから、いっぱい見つかるかもしれないよ。」
テイトンポ 「そうか!それなら探してみてくれ。」
あそこには、野ブドウがいっぱい生えておるぞ。」
ハニサ 「サチがあたしに、虹の髪飾りを作ってくれた、あれって野ブドウだよね?」
サチ 「そう。あそこには一杯生えてたよ。」
サラ 「じゃあ、そこでも探してみる。」
ササヒコ 「舟下りと木の皮の道、それと釣りか。
いい案をいただいた。他にも何かあれば、教えて欲しい。
アケビの谷の話が出た所だし、明日の山狩りの相談をしたい。
このあと男衆とイナとアコは、大ムロヤに集まってもらいたい。
そうだ、大事な事を言っておらんかったな。
ミツだが、シロクンヌ、サチ、タカジョウと共にミヤコへ旅立つ事となった。
出発日は、五日後の予定だ。
それからタガオだが、アユ村のソマユとここで暮らすこととなる。
ソマユは三日後に、シロクンヌが迎えに行く事になっておる。
みんな、よろしく頼むな。
そしてシオラムは、あさってシオ村に向かう。
ナジオはこっちに残り、当面はスワ方面で活動する。
詳しくは、本人達から聞いてくれ。ではしばらく後に、大ムロヤで。」
大ムロヤ。
ササヒコ 「・・・これで塩の事は分かってもらったと思う。
だから明日は、ブナの実集めが大事な仕事だ。
あとシロクンヌ、説明してくれ。」
シロクンヌ 「まず、いまだにオロチ捕縛の報告が無い。
オロチが12歳。顔に怪我をしている。姉が14歳。背中に怪我をしている。
イワジイ、怪我の程度は?」
イワジイ 「浅くはないぞい。シップウの爪の一撃じゃからの。
二人共、かなり出血しておった。
タカジョウの話では、シップウの爪に肉が付いておったようじゃから、
治りも遅かろうし、傷痕は残るじゃろうな。」
テイトンポ 「命に係わる傷なのか?」
イワジイ 「おそらく、それは無かろうな。二人共、自分の足で立ち去ったからの。
ただし、傷口から悪い物が入れば別じゃが。
高熱が出て、命を落とすかも知れん。
オロチはミツに向かって、必ず仕返しするぞとほざきおった。」
シロクンヌ 「今ウルシ村の周りだが、フジのシロの里から12名の者が来ておるんだ。
女も混ざっていて、二人一組となって張り屋作りをしている。
その者達も、今はオロチを探している。
痕跡も探していると言う事な訳だ。
火を焚けば煙も出るし、燃えカスも残る。鳥や獣を狩れば、羽根や死骸が残る。
そういう物も見つかっておらんのだ。
死んでいれば、カラスが騒ぐし獣も動く。
すでに遠くに逃げ去ったのかも知れんが、
どこかでジッと身を潜めている可能性が高い。
そこは明日行く事になっているブナの森ではないかと、おれは踏んでいるんだ。
ブナの森は、下の川の川筋だ。
シップウにやられた後に上流に逃げればたどり着く場所だ。」
ヤッホ 「オロチっていう奴は、かなり狂暴なんだろう?」
イワジイ 「そうじゃ。人を殺める事など、なにほどの物とも思っておらん。
シップウが来なければ、わしは殺されておった。」
テイトンポ 「気掛かりなのは、毒矢だ。それについてはどうなのだ?」
毒採りの知識がもしあれば、毒を取り出しているだろうな。
明日は、樹の上にも注意を払う必要がある。
それからその森は、方向を見失いやすいんだ。うっかりすると迷ってしまう。
組を作って移動して、ボウボウを持ち合おう。」
ササヒコ 「あと、熊狩りの準備もして行く。
イワジイは、明日の朝には黒切りの里に戻ってもらい、
その後洞窟に寄って、ヒスイの里のカワセミ村まで足を運んでもらう事になっておる。
明日、ブナの森に行く者を決めようと思う。
志願する者は、手を挙げてくれ。」