岩の温泉 第73話 12日目②
岩の温泉。
シロクンヌは、魚の串を鉢巻きに挿している。
以前、テイトンポがやったやり方だ。
以前、テイトンポがやったやり方だ。
シロクンヌ 「なるほど、岩だらけだ。これは岩の温泉と呼ぶしかないなあ(笑)。」
ハニサ 「ごめん。シロクンヌ、あたしまた寝てた。」
シロクンヌ 「いいさ。背中から降ろすぞ。」
ハニサ 「あの奥、湧き出してる所なのかな?
湯気がもうもうとしてて、よく見えないね。」
シロクンヌ 「あそこにイオウとやらがあるんだな。
それは後で採るとして、
まず入る前に火をおこして、このヤマメを遠焼きにしておこう。
できるだけ水気を飛ばして食った方が美味いからな。
それから下に湧き水があったから、
服を脱いだら温泉の湯で洗濯して、清水ですすぐ。」
ハニサ 「シロクンヌが絞ってくれたら、すぐに乾くよね。」
シロクンヌ 「奥は熱いな。やけどしそうだ。イオウもたくさんあるぞ。
途中、深い所があるから、
ハニサはあの細長い岩から向こうへは行ってはダメだぞ。」
ハニサ 「分かった。
ここはスワの温泉とは全然違うんだね。」
シロクンヌ 「うん。臭いが強いし、湯が土色っぽく濁ってる。
湯中(ゆあた)りするから、長くは浸かるなというのも分かるな。」
ハニサ 「入って、出て、を繰り返せって言ってたね。
ねえ、昨日ので、本当にオオカミって居なくなったの?」
シロクンヌ 「多分な。
群れの頭数は多かったが、なんと言うか、おぼこいやつらだった。
統領がまだ若いんだろうと思う。
力はあるが経験不足。
おれ達とオオカミとは知恵比べみたいな所があるだろう?
同じ獲物を追い回して、どっちが先に獲るかの競争だ。
厄介なのは老練な統領の群れなんだ。
頭数は少ないが、皆えりすぐりのオオカミだ。
他の群れならそいつが統領、そんなオオカミの集まりだ。
頭数が少ない方が、分け前が多いだろう?
10頭でやる仕事を、4頭でやる。
そういう群れが、村のそばを縄張りにすると、手強いんだよ。
実際、オオカミに負けてしまって、
獲物が獲れなくなって、捨て去られた村もある。」
ハニサ 「そうなの? そういう群れが来たりするんじゃない?」
シロクンヌ 「そんな群れは、滅多にいない。大抵は、昨日みたいなオオカミだ。
よし、ハニサ、一度出るぞ。」
ハニサ 「こうやって岩に座っていると、風が気持ちいいね。」
シロクンヌ 「そうだな。
ムロヤの中では気付かなかったが、ハニサの日焼けがよくわかる。
ここから日焼けしてるんだな。
お腹は真っ白だ。」
ハニサ 「ほんとだ。シロクンヌはあんまり目立たないね。
よく裸になるからだよ(笑)。」
シロクンヌ 「ハハハ。確かにそうだな。
そうだ、帰りにハニサが驚くものがあるぞ。」
ハニサ 「なんだろ? あたしが寝てたってことだよね?」
シロクンヌ 「そうだ。帰りのお楽しみだ。
もう一度浸かったらメシにしよう。
裸のままで、食ってみようか(笑)」
ハニサ 「アハハ。まだ服も乾いてないしね。」
シロクンヌ 「本当に温泉って気持ち良いよなー。
さっきクズハからもらった草履(ぞうり)、あれ、履き心地最高だったな。」
(クズハがシロクンヌに草履を作ることになるエピソード)
ハニサ 「シロクンヌ、ハシャギ回ってたね(笑)。」
シロクンヌ 「それを見ていたテイトンポが、おれにも作ってくれって何度も言うもんだから、
分かったって言ってるでしょっ!ってしかられてたな(笑)。」
ハニサ 「アハハハハ。テイトンポ、しょげてたね。
・・・ねえ、ハタレに立ち向かおうとしてる人って、世の中に多いの?」
シロクンヌ 「どうした? 急に。
そうか、ハニサはあの三人組から、よっぽど強烈な印象を受けたんだろうな。」
ハニサ 「だって生まれて初めて出会ったんだよ?
あんな奴らがいるなんて、想像もしてなかった・・・」
シロクンヌ 「うん。だがその話は、湯に浸かりながらではのぼせてしまう。
今度ゆっくり聞かせてやるよ。
メシにしようか。」
ハニサ 「どこ行ってたの? 美味しそうに焼けてるよ。」
シロクンヌ 「のどが渇いただろう?
冷えてるぞ。こぼすなよ。」
ハニサ 「アケビだ! いつの間に採ったの?
あ! 美味しい! 山ブドウの汁ね!」
アケビを半分に割り、種のワタの無い方を容器使いしたのだ。
山ブドウの実を絞り、湧き水で少し薄めたジュースで満たしていた。
それをアケビのワタ入りの半割りと共に、ハニサに差し出した。
ハニサ 「これ美味しいね! アケビのワタも美味しい。
アケビ、いっぱい生(な)ってたの?
分かった! あたしが驚くものって、アケビでしょう?
アケビがいっぱい生ってるんだ!」
シロクンヌ 「やっぱりこれ食べたら、気付くよな(笑)。
これを採ったのは、地図の道からかなりそれた場所なんだ。
ほら、地図ではブナの森のへりを通るように書いてあるだろう?」
ハニサ 「これ、ブナの葉っぱの絵だね。その横が道なんだ。」
シロクンヌ 「おれは、試しに森の中に入ってみたんだ。広い森だぞ。
そこを突き抜けた所にある谷だから、あまり知られてないのかも知れない。
手付かずな気がした。
あれだけの蔓(つる)があれば、籠(かご)もたくさん編めるぞ。」
ハニサ 「今、蔓採りに丁度いい時期よね。
母さん、欲しがるんじゃないかな。」
シロクンヌ 「クズハは籠も編むんだったな。蔓で籠を編むのも、力仕事だぞ。」
ハニサ 「スワに背負って行ったあたしの背負い袋も、母さんが作ってくれたんだよ。
兄さんが使ってるウケ(魚を獲る仕掛け)も組んだし。」
シロクンヌ 「ウケまで組むのか! クズハは見かけによらず、力持ちなんだな。」
ハニサ 「美味しかったー。
ねえ、そこの崖に粘土が見えてるでしょう? 掘ってみたい。」
シロクンヌ 「わかった。岩のここ、剥がれそうだな。
この石で叩いてみるか。
どうだ?剥がれたこいつで、掘れないか?」
ハニサ 「ありがとう。使い易そうだね。」
ハニサ 「いい粘土だよ。」
シロクンヌ 「ハ、ハニサ・・・」
光り輝く全裸のハニサが、シロクンヌにニッコリ微笑んだ。