出発!スワの湖へ 第44話 8日目①
早朝の広場
ムマヂカリ 「干し肉だ。念のために持って行けよ。」
シロクンヌ 「すまんな。貰って行くよ。」
ササヒコ 「ヌリホツマからだ。革袋の中は漆櫛だ。五つある。
どこかの村で世話になったら、渡してくれ。
軽いし、荷物にもならんだろう?」
シロクンヌ 「ありがとう。世話になった時は、よろしく伝えておく。」
クズハ 「ハニサ、夜、寒いといけないから、これを持ってお行き。
寒ければこれを着るんだよ。」
ハニサ 「母さんありがとう!母さんの匂いがする。」
ヤッホ 「ハニサはそんなかわいい背負い袋を持ってたんだな。
それに比べてアニキの背負い袋はでっかいな!」
シロクンヌ 「どこに泊まるか分からんだろう?だから毛皮や何かが詰まってる。
あと、タビンドの七つ道具もな(笑)。」
ヤッホ 「アニキ、向こうに行ったら、沈んだ村の話、聞いてきてくれよ。
おれは絶対、本当の話だと思ってるんだ。
出来たら、おれ自身で聞いて回りたいくらいなんだから。」
シロクンヌ 「わかった。何人かに聞くようにする。」
クマジイ 「シロクンヌ。よく覚えるんじゃぞ。今、地面に書いて見せる。
川に沿って行くと、湖のここに出る。
子宝の湯は、ここじゃ! 忘れるでないぞ。」
シロクンヌ 「覚えた。二人で浸(つ)かって来るよ。」
テイトンポ 「分かっておるな! 何かあったら、ノロシを上げろよ!」
クズハ 「シロクンヌが一緒だから大丈夫だとは思うけど、ハニサ、疲れたら休むのよ。
シロクンヌ、ハニサをくれぐれもよろしくね。」
シロクンヌ 「まかせてくれ! もし何かあった時には、必ずおれが護って見せる!」
アコ 「ハニサ、帰ってきたら、いろいろ教えてくれよな。」
ハニサ 「分かった。楽しい話ができるといいな。」
タマ 「ほい、山芋のトロロだ。
二人とも、ズズッとすすって行きな。精がつくよ。」
シロクンヌ 「みんな有難う!祈りの丘の草むしりもせんで、すまんな。
じゃあ、おれ達は出発するよ。」
ササヒコ 「それは気にせんでいい。みやげ話を聞かせてくれれば十分だ。
シロクンヌ、飛び石まで、見送らせてくれ。」
飛び石を渡り、しばらく歩いた場所。
ハニサ 「みんな、あたし達の姿が見えなくなるまで、見送ってくれたね。」
シロクンヌ 「・・・・・」
いずれ、あの様に見送られる日がまた来る。
その時見送られるのは、自分一人だ。
ハニサは向こうに残っている。
そう思った時、シロクンヌは、激しく胸を締め付けられた。
ハニサ 「どうしたの?」
シロクンヌ 「いや、何でもない。みんな、いいやつらだな。」
ハニサ 「あ!兄さん! 兄さんが向こうから歩いて来る!」
シロクンヌ 「そう言えば、ハギはさっき、居なかったが・・・」
ハギ 「お出かけだな。この先、かなり行った所だが、川に仕掛けをしておいた。
通り掛かる頃には、何匹か入っていると思う。
竹竿を立てて目印にしてあるから、すぐに分かるよ。」
ハニサ 「兄さん、ありがとう!」
シロクンヌ 「わざわざ、出向いてくれたのか! ありがとう!」
ハギ 「そこらはおれの、仕掛け場なんだ。よく行くんだよ。
近くに器も三つ置いてあるし、二つは水を入れて火に掛けてある。
そこで一服してくれ。
帰りもそこを使ってくれていいよ。」
ハニサ 「兄さん・・・」 涙ぐんでいる。
シロクンヌ 「湯もあるのか! 助かるよ。」
ハギ 「シロクンヌだけなら何の心配もないんだが、ハニサがいるからな。
ハニサ、初めての遠出だろう?
無茶はせず、シロクンヌの言う事を聞くんだぞ。」
ハニサ 「うん。」
シロクンヌ 「何かあれば、おれが絶対にハニサを護るよ。」
ハギ 「頼むな、シロクンヌ。 ハニサ、楽しんで来いよ!」
━━━幕間━━━
縄文時代の日本本土に、竹は生息していたのか?
実はこれが、よく分からないのです。
タケ亜科のプラントオパールが出ていますから、笹か竹かその両方かが生息していたのは確かです。
笹類(篠竹など密集して生える細い竹。成長しても皮が落ちない)はあったが、竹(成長すると皮が落ちる)は無かったと言う人が多いようです。
真竹の化石は中新世(2300万~500万年前)に形成された地層から出ていますから、かつて日本に自生していたのは間違いなさそうです。
しかしその後、氷期の寒さで絶滅した可能性もある。
縄文遺跡からは竹の大型依存体(種や実、茎や葉など)は出ていないとされています。
(ところが、出ていると言う人もいますから、ややこしいのですが・・・)
孟宗竹(節に環が一つ)が中国から持ち込まれたのはハッキリしていますが、問題は真竹(節に環が二つ)。
真竹は120年に一度花が咲き、その時、竹やぶ中の竹が一斉に咲きます。
そしてその後、一斉に枯れる。
地下茎でつながっているので、竹やぶ全体で一つの生物、そんな様相を呈するのです。
そしてその花の咲く年というのが、日本中の真竹の竹やぶで、数年の違いしかないそうです。
つまり日本中の真竹は遺伝子的に非常に近しく、それも持ち込み説の裏付けになっています。
もちろん、自生し続けたという説もあり、たとえば九州では生き延びたと言うのです。
それが最終氷期終了後に、おそらく16000年前くらいから徐々に北上した・・・
それにしても、開花・結実が120年に一度なので、人為的移植があったかも知れませんね。
真竹の移植は、地下茎の先端50㎝くらいを切って植え替えるそうです。
地上に出ている、長い竹そのものを移し替える必要はありません。
その移植を、縄文人が実行していたとしても不思議は無いと思います。
この物語では、5000年前の中部高地に竹は存在した、ということになっています。
自生なのか移植なのか、移植ならばどこから持ち込まれたのか、それは分からないが、
温暖化が進んだ7000年前くらいには中部高地に真竹の竹やぶがあってもおかしくは無い。
真竹は稈や枝や葉だけでなく、皮まで利用できます。(タケノコは苦いが食用となります)
特に稈の利用範囲は極めて広く、有用植物の筆頭格です。
そんな真竹の移植を、縄文人が試みなかったはずは無い、と思えてならないのです。
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