縄文GoGo

5000年前の中部高地の物語

縄文ヒョウタン 作業小屋のハニサ 第26話 5日目②

 

 

 

           作業小屋。

 
シロクン  「本当だ。ハニサの言った通りだ。いろんなものが山積みになってるな。
        ハニサはここで一人で居ることが多いのか?」
ハニサ  「そうだよ。あたし作業衣に着替えるね。
      元々ここは男の人達の作業場だったの。弓矢を作ったり石斧を作ったり・・・
      だけどあたしが器を作り始めてから、あたし専用みたいになっちゃったの。」
シロクン  「ハニサは、村の男達から切り離されてたってことか?」
ハニサ  「多分ね。」 
シロクン  「ここで一人で居て、寂しかったろう?」
ハニサ  「ぜーんぜん。前にも言ったでしょう?
      あたし、土いじりしていれば、それだけで楽しいもん。」
 
    ハニサはザックリした貫頭衣に着替えていた。
 
シロクン  「なるほどなあ。その衣装を見たら、男はそそられるかも知れんな(笑)。」
ハニサ  「そうなの?これが動きやすいの。」
シロクン  「ヒョウタンもいっぱいあるな。
        さっきオオ豆くずしを掬(すく)ったシャクシ、あのヒョウタンジャクシ、
        面白い形をしていたけど、あれはクマジイが作ったのか?」
ハニサ  「そうだよ。クマジイのシャクシは人気なの。
      ハグレの人とかね、ウサギとかキノコとか持って、交換してくれって来るんだよ。
      ヒョウタンも欲しいみたい。」
シロクン  「そうだな。ヒョウタンは育てなきゃ無いからな。
        山には生(な)ってない。
        あそこに積み上げられてるのは、カワウソの毛皮か?」
ハニサ  「そう。カワウソはね、兄さんの天敵なの(笑)。
      何度も川の仕掛けを壊されているから。
      いっぱい魚を食べちゃうし。
      だから血まなこになってカワウソ狩りをしてるの。」
シロクン  「肉はカッパ鍋にするんだろう?おれ、結構好きなんだよ。」
ハニサ  「シロクンヌは好きなんだ。カッパ鍋って、好みが分かれるでしょう?あたしは苦手。
      でも毛皮は防寒着に最適だよね。すごく暖かいもの。
      じゃあ、あたしは作業を始めるね。今日は新作に取りかかるんだ。」
シロクン  「ここなら邪魔にならんだろ?おれはここで髪飾りを彫っているよ。」
ハニサ  「そうだ!忘れてた!先に足型、取っておこうよ。
      木の皮、そこに積んであるから取ってくれる。あたしは粘土版、用意する。」
シロクン  「これだな。たくさんあるな。
        サクラ、サワグルミ、クルミ、ヤチダモ、こっちは全部シナノキか。
        お!ダケカンバもたくさんあるぞ。シラカバはと・・・」
 
    足型を取り終わると、二人は黙々と自分の作業を進めた。
    シロクンヌはしばらく木彫りに没頭した。 そして、ふとハニサを見た。
    ハニサは、背筋を伸ばし、作業台を挟む様に大きく脚を開いて丸太椅子に座っている。
    脚を開いて行う作業に、貫頭衣は向いているのだ。
    作業台の上で、器はすでに器の形を成し、これから加飾が始まる様だ。
 
    ハニサの顔は・・・しかしそこには、別のハニサがいた!
    並んで朝食をとる時の、あどけないハニサではない。
    昨日の大泣きした時のハニサでも、もちろんない。
    ムロヤでの初夜に見た、おぼろに浮かんだ驚くべき美しさを湛(たた)えたハニサとも違うのだ。
    いや待て、おれはこのハニサを見たことがあったはずだ。  そうだ・・・
    この村に来た最初の夜、この器の作り手だと明かされた時に見せた、誇らしげな顔のハニサだ。
    その時におれは、美しい娘だと思った。
    この娘ならば、これを作り上げたのかも知れんと思ったはずだ。
    しかしあの時は、恥じらいの方が勝っている様だった。
    今そこにいるのは、誇りと自信に満ち溢れ、光を放つほどに美しいハニサなのだ。
    (これが、ハニサなんだ!)シロクンヌは愕然とした。
 
    ハニサはシロクンヌの視線に気付く様子もなく、なめらかに手を動かし続けている。
    ハニサの手の動きには、ほとんど滞(とどこお)りがない。
    傍らにある粘土の塊(かたまり)から、いくらかをつまみ取ると、
    両手で挟み少し捏(こ)ね、器本体に張り付けてゆく。
    そして指先で、形を整えてゆく。
    その指先の動きも美しいのだ。
 
    いや、指先だけではない。手首も肘も、肩の動きもなめらかで美しい。
    見ている内に、そうやってどんどん形が成されてゆく。
    ただの土くれが、ハニサの手を経ると、別の物に生まれ変わっているようにも見える。
    ハニサは今、何かを生みだしている。 土くれに、命を与えている。
    今のハニサはおぼろに照らされて、美しいハニサではない。
    自ら光り輝き、周りを照らす美しいハニサなのだ。
    明らかに、ハニサは光りを発している。
    シロクンヌは時の立つのを忘れ、ハニサをずっと眺めていた。
    するとハニサがつぶやき始めた・・・
 
ハニサ  「夜、ムロヤでお話する時に、あたし、シロクンヌの背中にしがみ付いてるでしょう?
     そうしてると時々、大きな背中に吸い込まれちゃうじゃないかと思うことがあるの。
     ほら、これがその時のあたしだよ。
     ここのところがね、シロクンヌの大きな背中なの。
     あたしの足は、吸い込まれちゃったんだ・・・
     あたしの下半身は、シロクンヌに溶かされちゃってる。
     だけどシロクンヌの背中にしがみ付いていれば、あたしには何も怖いものは無いの。
     細かい模様とか入れてみようかな・・・」
シロクン  「お、おれは、あちこち、ぶらぶらと訪ねてみるよ。」
 
    シロクンヌはハニサに圧倒された自分を感じた。
 
 
          ━━━ 幕間 ━━━
 
ヒョウタンは、世界最古の栽培植物の一つだと言われています。
にがくて食用には適しませんが(無理に食べると中毒症状が出ます)、実が容器使いに最適です。
日本ではヒョウタンの野生種は見つかっていませんから、ヒトが栽培したと言っていいと思います。
日本最古のヒョウタンは滋賀県の遺跡から出ていて、9600年前の物です。
それ以前に、大陸から渡来したのでしょう。
 

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ちなみにヒョウタンの種の寿命は意外に短く、三年たつと発芽しないと言われます。
春に播種して秋に実が茶色に色づく一年草なのですが、毎年育てなければヒョウタンは維持できません。
 
ヒョウタンは水の運搬には最適で、特に舟による渡航には欠かせなかったでしょう。
カラになったら浮きにもなります。
ヒョウタンの原産地はアフリカですが、人類の移動と共に、ヒョウタンも移動したとも言われています。
最近のDNA研究から、アメリカ大陸で出土した一万年前のヒョウタンが、アジア系だと分かっています。
アジアのどこかから、舟で到達した人がいたのかも知れません。
 
それから、ヒョウタンで煮炊きすることも不可能ではありません。
直火でも出来ますし(耐用回数は少ないと思う)、
少し火から離せば、時間はかかりますが、耐用回数は増えると思います。
 
縄文時代ヒョウタンで全形が出土した例は少なく、縄文前期の曽畑遺跡(熊本県)の物は、クビレの無い電球型。
復元できる他地域のものも、同様の形だと言われています。
 
 
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登場人物 シロクン 28歳 タビンド 特産物を遠方の村々に運ぶ   ササヒコ 43歳 ウルシ村のリーダー  ムマヂカリ 26歳 ヒゲの大男   ヤッホ 22歳 ササヒコの息子   ハギ 24歳 ヤスが得意  タホ 4歳 ヤッホとヤシムの息子 ヤシムと暮らしている  クマジイ 63歳 長老だが・・・   クズハ 39歳 ハギとハニサの母親   タマ 35歳 料理長  アコ 20歳 男勝り   ヤシム 24歳 タホの母親  ハニサ 17歳 土器作りの名人 シロクンヌの宿   ヌリホツマ 55歳 漆塗り名人 巫女  ホムラ 犬 ムマヂカリが可愛がっている

      

用語説明 ムロヤ=竪穴住居  大ムロヤ=大型竪穴建物  カミ=村のリーダー  コノカミ=この村のリーダー           グリッコ=どんぐりクッキー  黒切り=黒曜石  神坐=石棒(男性器を模した磨製石器)                 塩渡り=海辺の村が作った塩を山の村に運ぶ塩街道があった。ウルシ村から東にシカ村→アマゴ村・・・七つ目がシオ村