第112話 16日目④
アケビの谷。
サチ 「父さん、凄いね!」
エミヌ 「アハハハハ! シロクンヌ、丸まるとしちゃって、面白いよ。
歩けるの?」
シロクンヌ 「歩けるさ。手首から先が出ているから、カブテだって使えるぞ。
しかしたくさん採ったものだな。
枯らすような採り方はしてないだろう?」
エニ 「そこはしっかりと見極めて切り石を入れているわよ。
こんなにたくさんのアケビ、枯らしてしまっては大損だもの。」
クズハ 「シロクンヌの言う通りにやったけれど、
これだけの蔓(つる)を全部体の周りに巻いてしまって、重すぎないの?」
エミヌ 「サチが目印用の蔓を持ってるだけで、私達、何も持って無いよ。」
シロクンヌ 「それでいいさ。おれも重くは無い。
蔓を着込んだようなものだ。
ジクジクはするがな(笑)。
さあ、帰ろう。ハニサはどうしているかな。」
帰りの道。
エミヌ 「サチは、後ろでずっとカブテの練習をしてるよ。
森に向かって投げては取りに行ってる。」
シロクンヌ 「こいつは重くは感じないが、振り向くのが難儀でな。」
エミヌ 「アハハ。この格好で村に帰ったら、みんなが驚くよ。」
シロクンヌ 「村までは行かんよ。曲げ木工房までだ。」
エミヌ 「そうか。そこに、少し置いていくんだったね。
ナジオとシオラム伯父さん、スッポン池を掘ってるのかな。」
シロクンヌ 「シオラムはシオ村に出向して長いのか?」
エミヌ 「17の時からだって聞いてるから、25年近くなるはず。」
シロクンヌ 「ではナジオは向こうで生まれたのだな。」
エミヌ 「うん。ねえ、もうすぐ落とし穴の所じゃない?」
シロクンヌ 「そうだ。この長い登り坂を上って、下りきったら水場だな。」
エミヌ 「掛かってると思う?」
シロクンヌ 「サチは、考え考え掘っていただろう?」
エミヌ 「そう。場所はすぐに決めたのに、穴の形を考えてたのかな?
でも見たら、深さだって、半回し(35㎝)くらいしかなかったよ。
オコジョが落ちたって逃げちゃうような穴だった。」
サチ 「父さん、この坂の向こうが水場でしょう?」
シロクンヌ 「登った後に、長い下り坂があるぞ。
見に行くのか?」
サチ 「坂の上まで行って、見てみる。」
エミヌ 「走って行っちゃったけど、坂の上からじゃあ、落とし穴まで遠いでしょう?」
シロクンヌ 「うん。穴の様子は分からんな。」
エニ 「サチが走って行ったわね。
イチかバチかの賭けがどう出るか。」
クズハ 「サチは元気ね。
帰り道、ずっと、カブテを投げ続けていたわよ。」
サチ 「父さーーん!掛かってるーー!」 坂の上で叫んでいる。
エミヌ 「なんで、あそこで分かるの?」
シロクンヌ 「ん? まさか!」
体に蔓を巻き付けたまま、シロクンヌは走り出した。
帰りの道。水場。
段差の上、樹の根本に掘ったサチの落とし穴。
小さな穴だが、それは、恐るべき穴であった。
その穴に落ちたのは、足だった。
熊の左の後ろ足だった。
熊は、樹の枝に置かれたエサを取ろうと立ち上がり、エサに近づいて落ちたのだ。
落ちた際に熊はバランスを崩し、崖に向かって倒れ込んだ。
それを想定して、サチは穴を掘っていた。
根と根の間を上から掘り、崖では無い側の根の下まで、横に掘り広げていたのだ。
熊の足は、穴底と、その上の根に、完全に挟まってしまっていた。
つまり熊は、崖に向かって倒れ込んで、足が抜けずにそのまま逆さに宙吊りになっていた。
いくらもがいても、小さく狭い穴からは、足が抜けることはなかった。
エミヌ 「すごいすごい! これを狙ってたの?」
サチ 「そう。」
エニ 「イチかバチかってこういう事だったのね!」
クズハ 「サチ、凄いじゃない! こんなに大きな熊を捕まえたのよ!」
シロクンヌ 「蔓を外すのを手伝ってくれ! サチ、父さん、驚いたぞ!」
サチ 「私も驚いた。」 ほめられて嬉しそうだ。
エミヌ 「相当もがいたみたいね。今は疲れて大人しくなっているようだけど、
近づくと危ないね。」
クズハ 「シロクンヌ、熊の内臓は、ヌリホツマが欲しがるわよ。干して薬にするの。
あ! そう言えば、生きてる熊からしか取れない、なにか特別のものがあるみたい。
シロクンヌは、分かる?」
シロクンヌ 「いや、どうするかな・・・
せっかくのサチのお手柄だ。
こんな大きな雄熊を生け捕りにするなどとは、思ってもみなかったからな。
ヌリホツマを、ここに連れて来るしかないか。」
エニ 「クマジイも、熊に詳しいのよ。」
シロクンヌ 「足は、樹の根の下に、完全に挟み込まれている。
熊が起き上がらない限りは、おそらく抜けない。
ここはこのままにして、村に戻ろう。蔓は置いて行けばいい。」
エミヌ 「あ! オジヌだ。向こうからオジヌが来た。」
シロクンヌ 「丁度いい時に来た。オジヌがいれば安心だ。みんなはオジヌと村に戻ってくれ。
おれは走って戻って、ヌリホツマを背負ってくる。」
エミヌ 「ここで待ってちゃいけない?」
シロクンヌ 「もし足が外れて、熊が暴れ出したら危険だぞ。」
エミヌ 「少し離れた所にいる。」
シロクンヌ 「それでもいいが、オジヌと一緒に行動してくれよ。
他にも熊がいるかも知れない。」
オジヌ 「どうしたんだ? あの熊!」
シロクンヌ 「オジヌ、みんなを頼むぞ。おれは先に戻る。
シオラムとナジオには、すぐこっちに来るように言うよ。」
オジヌ 「クマジイとカイヌが、川沿いにいるはずだよ。」