第162話 31日目②
大ムロヤ。
ハニサ 「荷物置き場ってここでしょう? 結構たくさんあるよ。」
ムマヂカリ 「おれも運ぶ事になったから、心配いらんよ。
この分なら、明日は晴れだぞ。」
ハニサ 「うん! 絶対、晴れて欲しいね!」
ムマヂカリ 「スサラも楽しみにしておるんだ。
この村に来て、初めての遠出だからな。」
イナ 「スサラってムマヂカリの奥さん?」
ハニサ 「そう、お兄ちゃんの奥さんのサラのお姉さん。
スサラは子供係だから、村にいるか、村のそばでドングリ拾いか、そういう事が多いの。」
イナ 「お子さんは?」
ハニサ 「タヂカリっていう男の子が一人。6歳だよね?」
ムマヂカリ 「そうなんだが・・・もしかすると、二人目が出来たかも知れん。」
イナ 「わー! おめでとう!」
ハニサ 「えー! 良かったねー。」
ムマヂカリ 「まだ分からんのだが、念のために、明日はおれが背負子で背負って行きたいのだが、
えこひいきに思われるかな?」
イナ 「何言ってるのよ。背負ってあげなよ。同じ姿勢でつらくなったら、歩けばいいんだから。」
ハニサ 「そうだよ。誰もえこひいきなんて思わないよ。ただ、冷やかされるかもだけど(笑)。」
イナ 「背負子も担ぎ手も、余るくらいなんでしょう?」
ムマヂカリ 「では、そうするか!
ハニサがシロクンヌに背負われて旅に行っただろう。
それをスサラは羨ましがっておってな。
明日はおれが背負ってやる事にするよ。」
イナ 「それが良いわよ。そう言えば、バンドリってあたしの分もあるかしら?」
ムマジカリ 「数はあるんだ。だがイナはやせてるからな。イナには少し大きいと思うが。」
イナ 「そんなの平気よ。少し後ろに垂れるくらいよね。
身代わり人形、こんなにたくさんあるのね。
どれもみんな個性的。あたしも、一丁、凄いのを作るよ。」
ハニサ 「ありがとう! 粘土をちょっと湿らせた方がいいかも。」
イナ 「奉納はいつなの?」
ハニサ 「夜宴から帰ったらすぐ。その後にアコの魂写しの儀もあるし。」
イナ 「それなら、この粘土、いっぱい使ってもいいね?
アコの後にスサラか。勢いのある村ね!」
森。
サチ 「父さん、最近ね、ヤシムがちょっと元気ないよ。」
シロクンヌ 「そう言えば、朝も見かけなかったな。何かあったのかも知れんな。」
ほらあれ、大きいだろう? あれがヒノキだぞ。」
サチ 「ああ、ヒノキってヒバの事だったんだね。
ヒバなら知ってる。ミヤコの近くにもいっぱい生えているよ。」
シロクンヌ 「そうか。呼び方が違っていた訳だ。」
サチ 「ミヤコでも、ヒバの皮は重宝に使ってるんだよ。
ヒバの皮で編んだ袋には、虫が付かないし、カビも生えないもんね。
でもあのヒバの樹は、ねじれてないね。だから皮で屋根が葺(ふ)けるのかな?」
シロクンヌ 「ねじれる? ヒノキはねじれないぞ。」
サチ 「父さん、これはヒバじゃない。葉の裏が、全然違う。
やっぱりこの樹は、ミヤコには無い樹だ。」
シロクンヌ 「竹林も無いと言っていたよな。ヒノキも北の方には無いのだろうな。
ヒノキの皮は凄いんだぞ。いいか? 剥いで見せるぞ。
まず横に一本切れ目を入れる。
そしてここを持って、後ろに下がりながら持ち上げると・・・
な?ベリベリ剥げるだろう?
すると赤い皮が見えるな? この赤い皮が、いずれ黒皮になるんだ。
10年経てば、その黒皮も剥いでいいんだ。
するとまた赤い皮が出る。それが黒皮になり、10年後には剥いでいい。
その繰り返しなんだぞ。」
サチ 「でもそんな事して、樹は傷まないの?」
シロクンヌ 「そう思うだろう? だけど赤い皮が残っていれば、樹は傷まんのだ。
赤い皮の下を剥ぐとダメだぞ。あと、夏の前の頃に剥ぐのもダメだ。
どんな樹もそうだが、その頃は水をいっぱい吸い上げるだろう?
桜の皮も、その頃なら剥ぎやすい。
ヒノキもそうだ。赤い皮の下が、剝がれやすくなっているからな。
今剥いだこの皮はな、この樹から初めて剥いだ皮だ。
だから黒皮ではない。
荒皮と言うんだ。
荒皮は、黒皮に比べると質が落ちる。使えないことは無いがな。
黒皮は、質も良いし、量も多いんだ。
ところが見渡しても、黒皮のヒノキが見当たらない。
つまりここの連中は、ヒノキの皮剥ぎをしていないんだ。
サチ、ブリ縄を使って、ここらのヒノキは皮を剥いでおくぞ。
来年は、違う場所のヒノキの皮を剥ぐ。そしてそれを覚えておくんだ。
村の周りを10年かけて一周すれば、
ヒノキはおれ達に、檜皮(ひわだ)の恩恵を与え続けてくれるんだよ。」
曲げ木工房。
イナ 「歩き回っていたらお腹が減っちゃった。
お昼にしましょうよ。キジとヤマドリとウサギが狩れたわ。」
ササヒコ 「ほう! イナは狩りも上手いんだな。」
イナ 「言ってくれれば、魚も突いて来るわよ。
コノカミ、今度一緒にカモを狩りに行きましょうよ。
弓が巧いんでしょう?」
ササヒコ 「おお、美人に誘われては、断わる訳にはいかんな。
今日でもいいぞ。
スッポンの世話の仕方は教わったから。」
イナ 「それなら、お昼はグリッコにして、食べたらすぐに行きましょうよ。」
ササヒコ 「ではいろり屋に行こうか。自慢の弓も取りに行かねばならんし。」
イナ 「これは皆さんで食べてね。
狩りはどこに行くの?」
ササヒコ 「飛び石の川の上流だな。
ウルシ林と祈りの丘の間を抜けて行こう。
崖を降りるが、平気だろう?」
イナ 「へっちゃらよ。コノカミは、弓作りも巧いって聞いたけど・・・」