第222話 47日目①
翌日の夕刻。祈りの丘。サルスベリの近く。
シロクンヌ 「あそこに見える小山がそうだな。」
シロイブキ 「そうだ。あの向こうが洞窟だな。おれはあそこに小屋を建てて住むよ。
今日はそこから真っ直ぐここに向かった。
昨日から気をつけて見ていたが、ヒトが野営した気配は全く無いぞ。」
マシベ 「オロチですが、何者かがかくまっておるという事は考えられませんか?」
ササヒコ 「ふむ・・・」
ムマヂカリ 「シカ村でもその話は出た。
シカ村の衆も、心当たりを探しておるんだ。
全く痕跡は無いと言っていた・・・」
ハギ 「スワでも痕跡が見つかって無いんだよな・・・」
シロクンヌ 「イエの者は、ハグレに当たったりしているそうだが、不審な者はいないと言うんだ。」
シロイブキ 「オロチはこの土地の者ではない。それは間違いないよな?
そんなのが居れば、人の噂に上らんはずがない。」
ササヒコ 「ふむ。塩街道の者でもない。どこか遠方から流れて来たはずだ。」
テイトンポ 「それも、流れて来たばかりだな。よそで悪さをしておらんだろう?」
ムマヂカリ 「うん。どこぞの誰かが居なくなったとか、そういう話は無いんだ。」
マシベ 「姉は背中を怪我しておると言うし、普通なら近場で傷を癒すのでしょうが・・・
顔に怪我をしておれば、見れば印象に残るし、
痕跡も残さず立ち去ると言うのは、なかなかもって・・・」
シロイブキ 「かくまわれている可能性は、低いだろう?
ハグレにすがる事もなく、遠方に立ち去ったのだろう。
おれは、オロチは並々ならぬ輩(やから)だと思うぞ。
このまま成長すれば、ハタレの統領になるだろうな。」
イナ 「それもそうだけど、オロチは絶対に復讐に動き出すわよ。生きていればね。」
シロクンヌ 「復讐と言っても、まさしく逆恨みなのだが、ハタレにそんな理屈は通用せんからな。
復讐の対象者は、第一にミツでそれからイワジイ、シップウだろうが、全員旅に出る。
しかしその事を、オロチは知らんはずだ。
だからこの近所で、また何かをやらかすかも知れん。」
イナ 「生きていれば、必ず舞い戻って来るわよ。」
ハギ 「顔に傷痕が残るんだろう?眼木なんかで、大きく顔を隠している奴は要注意だ。」
ササヒコ 「ふむ。そう言う触れを出しておかねばな。」
夕食の広場。
ササヒコ 「みんな聞いてくれ。今日から新しく仲間が増えた。知っている者もおるだろう。
ソマユだ。ソマユ、立ってくれ。
ソマユはアユ村から来た。ここではタガオと暮らす。
明るい性格で、みんなとも・・・」
テイトンポ 「明日の釣り大会だが、どの辺りでやる?」
ハギ 「飛び石の少し上流はどうかな?岩場が多い辺りだ。」
ササヒコ 「ブドウ虫はたくさん捕れたのか?」
サラ 「300匹以上いるよ。」
ムマヂカリ 「さすがサラだな。釣りなら岩場がいいんだろう?」
テイトンポ 「よし、ではハギが言うそこでやるか。」
ヤッホ 「針はどうするんだい?」
ハギ 「今夜この後、大ムロヤで作ろうか?大雑把に作っておいて、あとは河原で本人が研ぐんだ。」
テイトンポ 「ああそれがいい。
糸は用意しておくとして、
針を作る、ウキを作る、錘(おもり)を作る、そう言う所から始めた方が面白い。
もちろん、作り方がわからなければ人に聞けばいいし、手伝ってもらってもいい。」
ササヒコ 「それならこうしてみてはどうだ。シロクンヌ達はあさって出立する。
明日の夜は、しばしのお別れ会だ。釣りの後に、木の皮鍋をやろう。」
テイトンポ 「いいな。河原でやるんだろう?釣りの流れでやれば盛り上がるぞ。」
ヤシム 「魚の鍋なの?」
ササヒコ 「いや、釣った魚は串焼きだ。鍋はアナグマだ。ムジナ汁といこう。」
ヤッホ 「父さん、あれだな?明日の朝、早出して獲って来るよ。」
ムマヂカリ 「おれも行く。ハギも付き合え。シカ村の帰り道で、アナグマの巣を見つけたんだ。
この時期のアナグマは、脂を蓄えて最高に旨いぞ。」
オジヌ 「これ見てよ。あれからカイヌと河原で割ったんだ。」
ミツ 「これとこれとこれで元の石だね。綺麗に割れてる。」
サチ 「こっち、ナタで何回も使えそう。」
イナ 「お昼に河原でやってたのがこれ?」
オジヌ 「そうだよ。石割り。ぶつけて割るんだ。ミツが巧いんだよ。」
カイヌ 「僕のも見て。これ、なかなかじゃない?」
イナ 「ホントねえ。どうやって石を探すの?」
ハギ 「オジヌとカイヌ、明日の朝、早出してアナグマの巣を煙攻めに行くぞ。
暗い内に出るからな。
あ!イナも行くか?」
イナ 「もちろん行くわよ。近くなの?」
クマジイ 「それならマシベと協力して森小屋を作ればいいんじゃな?」
シロクンヌ 「ああ頼む。その後、マシベはそこに一人で住むんだ。」
クマジイ 「樹の上の小屋は火が焚けんから、冬は無理じゃぞ。」
マシベ 「地面にも小屋を作ってな、寝起きはそっちだよ。」
クマジイ 「ほう。なんか凄いもんが出来そうじゃな。わしも遊びに行っていいか?」
マシベ 「もちろんだ。泊まって行けばいい。」
タマ 「ほい、待たせたね。」
シロクンヌ 「来た来た。マシベ、これ何か分かるか?」
マシベ 「お!ネバネバですな!私はこれが大好きでしてな!まさかここで食べられるとは!」
シロイブキ 「ネバネバ?うっ、ニオイがキツイな。」
タガオ 「おお、ネバネバだ!匂いで分かる。」
ソマユ 「ネバネバって何?」
ハニサ 「サラが作ったの。オオ豆を仕込むんだって。食べると美味しいんだよ。」
ソマユ 「えー!ハニサは食べた事あるの?」
ハニサ 「うん、こないだ食べた。みんな、足のニオイがするって言うんだよ。」
ソマユ 「そう、それが言いたかった。カタグラの足のニオイに似てる。」
ハニサ 「アハハ。カタグラも自分でそれ言ってた。」
アコ 「また足のニオイ談義か。どうしてもそこに行くな(笑)。」
シロクンヌ 「でもこれ、美味しいんだぞ。旅立つ前に食べておきたかったんだ。」
タガオ 「上手に作ってある。旨いぞ。ソマユも食べてみろ。」
ソマユ 「食べたよ。美味しいね。くせになる味。」
シロイブキ 「確かに美味しい。しかしこれでオオ豆なのか?
それにこっちは、オオ豆栽培が盛んなんだな。」
シロクンヌ 「そうなんだ。西の方ではあんまり見かけんよな?
オオ豆くずしって言うのも旨いんだぞ。」
タマ 「ほい。そのオオ豆くずしだよ。出来立てだ。熱いから気をつけておくれよ。」
シロイブキ 「オオ豆くずし?初めて見るな・・・ ふーふー熱っ、旨い。」
ソマユ 「そうだ、ハニサ、あれ作ってよ。栗の友蒸し。」
シロクンヌ 「おお、作ってくれ。ナマ栗、もう無いのか?」
ハニサ 「聞いて来るね。有れば作るよ。」
タマ 「有るよ。そう言うと思ってね、取ってあるんだ。」
シロクンヌ 「おお!さすがタマだ!ハニサ、頼む。」
ハニサ 「うん!」
ササヒコ 「タマ、明日は女衆も釣りを楽しめ。
夜は河原で木の皮鍋をやるぞ。準備は男衆がやる。」