シロのイエのクンヌ 第33話 5日目⑨
ハニサのムロヤ。
シロクンヌはムシロにあぐらをかいて、髪飾りを削っている。
その背中に、ハニサが寄りかかっている。
ハニサ 「テイトンポの訓練って、厳しかったの?」
シロクンヌ 「厳しかったぞ。今、生きているのが不思議なくらいだ(笑)。
だけど不思議なことに、大怪我はしなかったんだよな。」
ハニサ 「小さい怪我は、したの?」
シロクンヌ 「最初の一年はひどかったな。
わざと怪我するように仕向けていたと思う。
すり傷や打ち身程度の小さい怪我だけど。」
ハニサ 「わざとなの?それってひどくない?」
シロクンヌ 「そうだろう? 12の頃はそれで悩んだよ。
でも悩んだところで、逆らえないのだから一緒だな。
やれと言われれば、黙ってやるしかなかった。
ところがそうしてる内に、怪我しないコツも身に付いたし、
驚いたのは、怪我がすぐに治るようになったんだ。」
ハニサ 「最初から、それが狙いだったってこと?」
シロクンヌ 「今思えば、そうだったんだろうな。
あ!言い忘れていた!今日、クズハから服もらったぞ。」
ハニサ 「編めたんだね。よかったね。
そうだ、シロクンヌ、黙って居なくなったでしょう。
どこ行ってたの?」
シロクンヌ 「黙ってじゃないぞ。ちゃんと、ことわって出たんだぞ。
覚えてないか?」
ハニサ 「そうなの? 私、覚えてない。」
シロクンヌ 「耳に入ってなかったのかも知れないな。
器のことで、頭がいっぱいだったんだよ。」
ハニサ 「そうなのかな・・・」
シロクンヌ 「器を作ってる時のハニサは、すごく綺麗だったよ。」
ハニサ 「ほんと?」
シロクンヌ 「ああ、ほんとだ。
おれがずっとハニサの顔を見ていたの、気付かなかったろう?」
ハニサ 「知らなかった。見られてたの? 恥ずかしい。」
シロクンヌ 「正直に言うとな、おれはみとれていたな、ハニサに。
それくらい、美しかったんだよ。」
ハニサ 「・・・シロクンヌにそんなこと言われたら・・・あたし、のぼせちゃう。」
シロクンヌ 「もうちょっとで、出来そうだぞ。ハニサ、ここに来て頭につけてみてくれ。」
ハニサ 「上手! 器用なんだね!
大きいね。でも、軽い!」
シロクンヌ 「ハニサの器の渦巻きに似せたんだぞ。
気に入ってくれたか?」
ハニサ 「ほんとだ! 渦巻きだ!
こんなのこの村で、だれも持ってないよ。
こんなに大きな髪飾りなんて・・・ありがとう!」
シロクンヌ 「待て待て、まだ完成じゃない。
細かいところを仕上げて、ヌリホツマに渡すんだ。
そうそう、明日も火を焚くが、あさっても焚くぞ。作業場で。
あさってはニカワ作りだ。」
ハニサ 「明日、あたしも行きたかったな。
でも今作ってるの、シロクンヌとあたしの、大事な器だから・・・
明日の乾き具合でしか出来ないことがあるから、あたしはやっぱり行けないな。
あさってなら行けるから、あさって行ってもいい?」
シロクンヌ 「ああ、いいよ。」
ハニサ 「・・・ねえ、シロクンヌって、シロサッチって名前だったの?」
クンヌというのはイエの言葉で、イエのカミとでもいう意味だな。
この村ではササヒコがカミだろ? そのカミだ。」
ハニサ 「テイトンポもイエの人なの?」
シロクンヌ 「いや、違う。
なんて言えばいいのかな・・・
イエが見付けてきた、優れた能力のある人だ。
イエの依頼で、イエの誰かを鍛えてる人だな。
でも今は、その役目も終わったんだと思う。
だから、イエの言い伝えとかは知らない。」
ハニサ 「そうなんだ。」
シロクンヌ 「おれには3人の子がいると言っただろう?
その中の一人が、将来クンヌになる。
おれにも母親の違う同い年の兄弟がいて、おれがクンヌになったんだよ。」
ハニサ 「優秀だったんだね。」
シロクンヌ 「それからな、テイトンポは頼りになるぞ。
正直に言うと、クズハとくっつけてしまえば、
ハニサのことも守ってくれると思ったんだ。
おれが、守ってやれないからな。」
ハニサ 「・・・グスン、・・・グスン・・・アーンアンアンアン」 泣きだした。
シロクンヌ 「ハニサ・・・」
ハニサ 「あたし、今日、シロクンヌが居なくなったから、
もう、会えないんじゃないかと、思って、
アーンアンアンアン・・・ここに、見に来たの。
そしたら荷物があったから・・・」
シロクンヌ 「ばかだな・・・黙って出て行ったりしないぞ。」
ハニサ 「だって、あたし、聞こえなかったし、
ここからも、黙って、いなくなってるかもと、思ったの。」
シロクンヌ 「そうだったか。だからズブ濡れだったんだな・・・
そうだ、ハニサ・・・」
ハニサ 「なに?」
シロクンヌ 「待ってろよ(持参の袋から、何かを採り出している)・・・これこれ。」
ハニサ 「糸玉?大きいね。綺麗な色!」
シロクンヌ 「貝紫だ。服のお礼に、それをクズハにあげてくれ。」
ハニサ 「この大きいままで、いいの?」
シロクンヌ 「ああ。浜辺でおれが染めたんだよ。」
ハニサ 「貝紫って?」
はがす部位が大事だ。間違えやすい。
すると膜が出るから、それを黒切りで切ると白っぽい液が出て来る。
それを集めて染めるんだ。
その液は保存が効かないから、浜染めするんだよ。
不思議なんだぞ。
最初はただ濡れているだけに見えるんだが、日に当てると、見る見る紫に変わる。
一度染まると、洗っても落ちないぞ。
色落ちせずに、ずっと綺麗なままなんだ。」
ハニサ 「へー!貝で染めるんだね。
母さん、きっと喜ぶよ!
ここらでは見かけない色だもの。
明日、お日様の下で見てみよう。
きっともっと綺麗に見えるんだろうな。」
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