第126話 18日目⑤
ハニサのムロヤ。
シロクンヌは毛皮の上に寝転がっている。
ハニサが寄り添うように座っている。
ハニサ 「あー、なんか、やっと二人きりになれた!って感じだね。」
シロクンヌ 「そうだな。昨日、ハニサは、神域ですぐに寝てしまったからな。」
ハニサ 「うん。いろいろ思い出したりして、やっぱり疲れてたのかな。」
シロクンヌ 「ハニサもハタレから酷い目に遭っていたんだな。
だから、ハタレに対する憎悪の情が、人一倍強かったのかも知れん。」
ハニサ 「それはあたしも思った。
忘れてはいたけど、きっと心の奥の方には、何かがあったんだね。」
シロクンヌ 「ハニサは護られていたのだな。」
ハニサ 「そうだね。供宴の場では、オジヌがずっと横にいてくれたんだもん。
だからあいつら、手が出せなかったんだよ。」
シロクンヌ 「そしてその様子を、謎の人物は見ていたのだろうな。」
ハニサ 「その人、オジヌに、よくハニサを護ったって言ったからね。
その人も、見ててくれたんだね。
ねえシロクンヌ、また会えるんでしょう?
あたしシロクンヌが旅立ってしまったら、もう会えないと思っていたから、
会いに来るって言ってくれた時、死ぬほど嬉しかったの。
アマテルのおかげだ。」
シロクンヌ 「あの時は、サチに諭(さと)された。
遠慮して頼み事もして来んくせに、会いに来いと叱りつける勢いだった。
さっきも、ずぶ濡れになってカブテの練習をしておったが・・・
できれば来年の明り壺の祭りには戻っていたい。
ハニサとアマテルに会いたいのはもちろんだが、
やはり、何かを感じるんだ。」
ハニサ 「呼び寄せられたという・・・それのこと?」
シロクンヌ 「そうだ。この村には、やはり何かがあると思えてならんのだ。
ハニサは、明らかに護られていた。
オジヌのような11歳など、そうそうおるものでは無いし、
謎の人物にしても、その時居合わせたのは、単なる偶然とは思えない。
何と言えばいいか・・・天の計らい、とでも言うのかな。
そんなものを感じるんだ。
もしかすると、次の祭りでも、何かがあるかもしれないだろう?」
ハニサ 「天の計らい・・・
アユ村で綺麗な夕陽を見た時に、アユ村のカミがそんな言葉を使ってたよね・・・
シロクンヌ、あたし、分かったよ。
あたしが光り出したのって、シロクンヌに会ってからだよ。
それにシロクンヌに会ってから、あたし、体が丈夫になった。
これって、光の子を無事に産むためなんだよ。
シロクンヌがあたしを光らせたんだ。
その光は、子に宿った。
天の計らいで護られていたのは、あたしと言うよりは、アマテルだよ。
シロクンヌの子を、光の子を、あたしが無事に産むためなんだ。
ああ! あたし幸せだ!
シロクンヌは他の女の人を光らせてないでしょう?
あたしだって、相手がシロクンヌでなければ、絶対に光ってないと思う。
もしそうなら、これって、お互いに唯一無二の相手ってことでしょう?
あたしの言ってる事、おかしい?
でもいい。誰が何と言おうと、あたしは勝手にそう信じていられるもん。
あたしとシロクンヌが唯一無二の相手、幸せだー!」
シロクンヌ 「ハニサ・・・唯一無二の相手・・・ハニサとおれが・・・
きっとそうなんだろうな。
ハニサ、今日背負子を作っただろう?
明日、晴れたらあれに乗せてやる。
サチと三人で、岩の温泉に行こう。
宿したお祝いだ。」
ハニサ 「行く! サチと三人って、スワの旅を思い出すね!」
シロクンヌ 「湯中りするといけないから、ハニサは浴びるだけだぞ。
そうだ、今日作った桶を持って行こう。
おれが何度も湯を掛けてやる。」
ハニサ 「うん。ねえ、カブテの腕前を見せてね。」
ハギのムロヤ。
ハギ 「栗実酒はまだまだあるから、遠慮無くやってくれよ。」
タカジョウ 「このイワナ、燻(いぶ)しが加わって、酒の肴に持って来いだな。」
ハギ 「二日掛けてそうとう獲ったからな。お祭りで余った分は、火棚で燻し吊りだ。」
サラ 「このオオヤマネコの毛皮の座布団、気持ちいい。」
カタグラ 「そうだろう? おれの自信作だ。」
ハギ 「この毛布、全部オコジョの冬毛だろう? ぜいたくだなあ。」
タカジョウ 「シップウに甘掴みで狩らせたから、皮には爪痕も矢穴も無いぞ。」
ナジオ 「オコジョの冬毛は、シオ村の女達の憧れの的だよ。
しかし、イワナのとなりで火棚からスダレみたいにぶら下がってる物が、
おれはどうも気になって・・・」
サラ 「サンショウウオ、可愛くないの?」
ナジオ 「いや、一匹くらいならどうという事も無いが・・・」
サラ 「ハギは、可愛いよね?」
ハギ 「・・・慣れなきゃ、しょうがないだろうな・・・」
カタグラ 「何匹いるんだ?」
サラ 「35匹。」
タカジョウ 「食べるのか?」
サラ 「乾燥させて、薬にするの。」
ハギ 「良かった! サラの好物って訳じゃ無いんだな。」
サラ 「私が食べると思ってたの?」
ハギ 「い、いや、思って無いさ。
そうだ、サラはネバネバ、作り方知ってるのか?」
サラ 「知ってるよ。ツルマメ村の人から習ったから。作ってあげようか?」
ハギ 「じゃあ、今度作ってくれ。」
ナジオ 「ネバネバって何だ? タカジョウは知ってるか?」
タカジョウ 「いや、知らん。」
カタグラ 「おれも知らん。何かをくっつけるのか?」
ハギ 「食べ物だよ。オオ豆から作るんだ。
少しネバネバしてて、臭うんだけど、くせになるぞ。」
タカジョウ 「すぐに出来るのか?」
サラ 「仕込んでから何日かかかるよ。
何で仕込む? 枯れススキか、トチの枯れ葉か。
それとも何か、他の葉っぱがいい?」
ハギ 「その辺はよく分からんから、サラに任せるよ。」
サラ 「分かった。明日、仕込むね。
それからツルマメ村の人が言ってたけど、昔はオオ豆って無かったんだって。
ツルマメを育ててるうちに、生った中の大きい豆を選んで蒔いていたら、
そのうちにオオ豆が出来たんだって。」
ナジオ 「へー、それは知らなかった。オオ豆は塩の礼で時々シオ村に届くんだよ。」
ハギ 「みんなも試しに食ってみろよ。臭いけど美味いんだ。」