第165話 32日目②
下の川に向かう小道。
サラ(ハギに背負われている) 「ハギ、重たくない?」
ハギ 「サラは痩せてるからな。全然平気だよ。
ハハハ。タホは気持ち良さそうに寝てる。」
ハニサ(シロクンヌに背負われてタホを抱いている) 「やっぱり?
さっきまで高い高いって、はしゃいでたけど。」
ハギ 「ヤシムはどうも、マグラとはうまく行かなかったようだな。」
ハニサ 「そうだったの・・・マグラも今日、来るんでしょう?」
ハギ 「ああ。カタグラは身軽だが、マグラはアユ村を離れられんようなんだ。
それでヤシムをアユ村に、呼び寄せたがっていたらしい。
ヤシム自身は行きたいんだろうけど、タホがいるだろう?」
ハニサ 「そうよね。コノカミの孫だものね。
コノカミも、タホを可愛がっているし。」
ハギ 「タホを置いてアユ村に行くっていうのは、ヤシムの中で有り得ない話なんだ。
かと言って、タホを連れて行っていいか?と、
ヤッホやコノカミに相談する気も無いんだよ。
そういうので、ここ数日元気が無かったんだ。
本当なら、今日を一番楽しみにしていて良いはずなんだけどな。」
イナ(ヌリホツマを背負っている) 「そうだったのね。
あたしはまた、クンヌが何か悪さをしたんだとばかり思ってた。
事と次第によっては、クンヌと言えど、突き倒してやろうと、
手ぐすねを引いてたんだけど。」
シロクンヌ 「物騒な女だな。おれは何もしていないぞ。」
ハギ 「おそらくだけど、ヤシムが一番甘えられるのは、シロクンヌなんだよ。
今でもシロクンヌのことが、好きなんだと思うよ。」
ハニサ 「タホが川に落ちて流されちゃって、死にそうになったのを救ったことがあったの。」
イナ 「へー、そうなのね。」
シロクンヌ 「だけどおれは、ヤッホとヤシムはお似合いだと思っているぞ。
いつも言い合いをしてるけど、あれで仲が良いんじゃないか?」
ヌリホツマ 「去年の夏、ヤッホが蜂に刺されて、体が硬直して死にかかった事があったじゃろう。」
ハギ 「あったな。地バチの蜂追いに行って、戻って来た時に、村の中で刺されたんだ。
服の中に、蜂が入り込んでいたみたいだな。
ヌリホツマが何か薬を塗って、それで助かったんだろう?
山で刺されていたら、万事休すだったかもな。」
ヌリホツマ 「オトギリソウじゃ。熊の胆(くまのい)もなめさせた。
あの時ヤシムは泣いてわしにすがって来ての・・・
ヤッホはヤッホで、ヤシムが風邪をひいてノドが痛いと言っておると、
何度もわしに薬を所望に来ておった。
まあ、そういう二人じゃよ。
サラ、オトギリソウは見晴らし岩に登る途中にいっぱい生えておる。
後で一緒に採るぞ。」
サラ 「はい。先生、薬の作り方も教えてください。」
オジヌ(ナクモを背負っている) 「昨日、サチからブリ縄を習っただろう。
今日、持って来たんだ。」
サチ 「樹に登るの?」
オジヌ 「うん。せっかく昨日教えてもらったのに、今日やらないでおくと、
忘れてしまいそうな気がしてね。」
クマジイ(シオラムに背負われている) 「サチはブリ縄まで使えるのか!」
シオラム 「そうだぞ。女登りと言うやつで、下から股が見られんように上手に登るんだ。」
カイヌ 「ブリ縄って何?」
オジヌ 「これだよ。樹登りの道具なんだ。」
クマジイ 「ミヤコの衆は、樹に登って何をしておったんじゃ?」
サチ 「杉の枝打ちをする事が多かったよ。
丸木舟にするための樹を育てるの。」
カイヌ 「どうして枝打ちするの?」
サチ 「枝が育つと、丸太にした時に、そこがフシになっちゃうでしょう?
フシ穴が出来ると、舟にした時には水が入って来るから。
だから早めに枝打ちしておくの。」
クマジイ 「若杉から育てるんじゃな?」
サチ 「そう。お爺さんのお爺さん、そのまたお爺さんの頃から育てた杉で、
丸木舟を造るの。」
シオラム 「海の舟には、魂(たま)が宿っておるんだぞ。」
ヤッホ 「下の川に出たよ。まだアニキの姿は見えないか?」
ヤシム 「見えないよ。ヤッホ、意外に速いんだね。」
ヤッホ 「どうだ、見直しただろう? 揺れは気にならないか?」
ヤシム 「見直した。揺れも気にならない。
ねえ、いっこ聞いてもいい?」
ヤッホ 「何だい?」
ヤシム 「こないだ、サチが私に髪飾りを作ってくれたでしょう?」
ヤッホ 「ああ、あれ、似合ってたよな。
あれは、サチの熊肉を食べた時だっただろう?
ミヤコから、アニキにお客さんが来た日。」
ヤシム 「そう。その時、エミヌ達と話してて、以前は私から誘ってばかりで、
ヤッホは誘ってくれなかったって言ったでしょう?
そしたらヤッホは、おれが誘っても良かったのか?って言ったの、覚えてる?」
ヤッホ 「ああ、当たり前じゃないって言われたよな?」
ヤシム 「うん。でも何で、ヤッホからは誘っちゃいけないと思っていたの?」
ヤッホ 「いや、おれは誘ったんだよ。2回くらい。
そしたら、今日は駄目って言われたんだよ。
だから、おれが誘っても駄目なんだって思っていたんだ。」
ヤシム 「そうだったの。それは多分、月のものの日だったのよ。
それ以外に、ヤッホからの誘いを断る理由なんか無かったもの。」
ヤッホ 「そうだったんだな・・・
おれはそういう事に疎(うと)かったからな。勘弁してくれよ。
ヤシムから、いろいろ教わったんだ。
教えてくれたのが、ヤシムで良かったよ。」